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第5章 荒れた庭と小さな微笑み
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翌朝、目を覚ますと、部屋いっぱいに暖かな光が差し込んでいました。
柔らかな毛布の下で、まるで夢の中のような静けさ。
こんな穏やかな朝が自分に訪れるなんて、もう二度とないと思っていました。
「お目覚めになられましたか?」
ドアの向こうから、年配の女性の声がしました。
穏やかなしわの寄った笑顔。その人は、館の家政を任されているらしいカーラさんという方でした。
「ここは将軍様のお屋敷です。少しお加減はどうです?」
「はい……もう大丈夫です。昨日のこと、ちゃんとお礼を言いたいのですが……」
「将軍様なら、早朝から領兵の訓練に行かれました。いつも通りですよ」
「いつも通り……?」
昨夜あんな吹雪の中で、怪我人を助けてくださって、それでも“いつも通り”って。
どれだけ体力のある方なのでしょう……。
カーラさんは微笑んで、盆を差し出しました。
焼きたての黒パンと澄んだスープが湯気を立てています。
「さあ冷めぬうちに。食べて力をつけてください」
「ありがとうございます……」
そっと口に含むと、やさしい味が広がりました。
塩気が少なくても、体にしみこむような温かさです。
不意に胸が熱くなって、スプーンを握る手が震えました。
(王宮の豪華な料理より、ずっとおいしい……)
~~~~~~~~~~
食後、カーラさんに案内されて屋敷の中を歩きました。
辺境の将軍の屋敷と聞いていたので荒れ果てた姿を想像していたのですが、実際は驚くほど整っていました。
石造りの廊下には光がまっすぐ射し込み、壁には戦功ではなく野花の絵がかけられている。
質素なのに、どこか心が落ち着く、不思議な場所でした。
「カーラさん、この絵……」
「奥様――いえ、昔の将軍様の妹君が描かれたものだそうですよ。花を好まれてね」
妹……。
ライナルト様にも、そんな穏やかな面があったのかもしれません。
~~~~~~~~~~
翌日から、少しずつ庭に出るようになりました。
外の空気はまだ冷たく、雪が土の上に残っていました。
それでも、小さな緑の芽が勇気を振り絞って地面を押し分けている。
「……こんな場所でも、ちゃんと春が来るのね」
スカートの裾をたくし上げ、枯れた枝を片付けていくと、いつの間にか通りがかりの兵士たちが立ち止まっていました。
「将軍のお客人、何をしてるんだ?」
「庭仕事だと? あの硬い土を素手で──おい、やめたほうがいいって!」
皆慌てたように止めようとするけれど、わたしは笑って首を振りました。
「ただの草むしりです。花壇を作れたら、春にはきっと花が咲きますから」
兵士たちは顔を見合わせて、やがて小さく笑います。
「……変わった人だな」
「でも、変わってるのが悪いことじゃねぇさ。ちょっと手伝ってやるか」
そうして何人かが一緒に枝を運び始め、あっという間に庭が少しだけ広くなりました。
誰かが笑い、誰かの笑いにつられてまた笑い。
笑い声が風に乗って流れていきました。
その光景を、少し離れた高台から見下ろしていた人がいました。
冷たい風の中でも姿勢を崩さず、ただ静かに眺める影。
黒衣の将軍――ライナルト様です。
気づいた途端、胸がきゅっと締めつけられました。
「あ……」
手が止まったのを見て、カーラさんが小声で囁きました。
「将軍様、ああ見えてよく見ていらっしゃるんですよ。お庭も、兵たちも、人の心もね」
「人の……心まで?」
カーラさんはにっこり笑いました。
「それは内緒です」
~~~~~~~~~~
夕方。
手も頬も赤くなって、庭の片隅で一休みしていたとき。
「無理をするな」
低い声に顔を上げました。
影が差し込み、目の前に黒衣の将軍が立っています。
「ら、ライナルト様……!」
「名を知っているのか」
「昨日、名乗っておられましたから」
その言葉に、彼の表情がほんのわずか柔らかくなった気がしました。
風が頬をかすめて、会話の間が静まり返ります。
わたしは両手を合わせて言いました。
「お世話になりっぱなしで、何かお役に立てたらと……少しでも綺麗にできたらなって……」
「庭仕事など、貴族の娘がすることではない」
「そうかもしれません。でも、花は身分を選びません。陽の当たるところを探して咲くだけですから」
口に出した瞬間、彼がわずかに目を細めました。
雪のように冷たい瞳なのに、どこか優しい光が宿っているような気がしました。
「……自由な考え方だな」
「怒られましたか?」
「いや。悪くない」
ふっと口元が緩んだ。
その表情を見た瞬間、胸が一気に熱くなりました。
この人も笑うんだ。
そう思ったら、体中に不思議な温度が広がっていきます。
「冷える。中へ入れ」
「はい……あの、ライナルト様」
「なんだ」
思わず手を伸ばして、裾を少し掴みました。
心臓が早鐘のように鳴る。
「ありがとうございました……助けてくださったことも、今日も、全部」
彼の瞳が一瞬、驚いたようにわたしを見つめ、そして目を逸らしました。
「礼には及ばない。助けられる者を助けただけだ」
そう答えながらも、その横顔はどこか照れているようにも見えました。
~~~~~~~~~~
夜。
暖炉の灯りを見つめながら、カーラさんが焼いたパンの香りが部屋に漂います。
湯気の奥で、今日の会話を思い出すと、胸の奥がぽかぽかしました。
「花は身分を選ばない、か……」
小さく呟いたその言葉が、部屋の中でそっと響いた気がしました。
柔らかな毛布の下で、まるで夢の中のような静けさ。
こんな穏やかな朝が自分に訪れるなんて、もう二度とないと思っていました。
「お目覚めになられましたか?」
ドアの向こうから、年配の女性の声がしました。
穏やかなしわの寄った笑顔。その人は、館の家政を任されているらしいカーラさんという方でした。
「ここは将軍様のお屋敷です。少しお加減はどうです?」
「はい……もう大丈夫です。昨日のこと、ちゃんとお礼を言いたいのですが……」
「将軍様なら、早朝から領兵の訓練に行かれました。いつも通りですよ」
「いつも通り……?」
昨夜あんな吹雪の中で、怪我人を助けてくださって、それでも“いつも通り”って。
どれだけ体力のある方なのでしょう……。
カーラさんは微笑んで、盆を差し出しました。
焼きたての黒パンと澄んだスープが湯気を立てています。
「さあ冷めぬうちに。食べて力をつけてください」
「ありがとうございます……」
そっと口に含むと、やさしい味が広がりました。
塩気が少なくても、体にしみこむような温かさです。
不意に胸が熱くなって、スプーンを握る手が震えました。
(王宮の豪華な料理より、ずっとおいしい……)
~~~~~~~~~~
食後、カーラさんに案内されて屋敷の中を歩きました。
辺境の将軍の屋敷と聞いていたので荒れ果てた姿を想像していたのですが、実際は驚くほど整っていました。
石造りの廊下には光がまっすぐ射し込み、壁には戦功ではなく野花の絵がかけられている。
質素なのに、どこか心が落ち着く、不思議な場所でした。
「カーラさん、この絵……」
「奥様――いえ、昔の将軍様の妹君が描かれたものだそうですよ。花を好まれてね」
妹……。
ライナルト様にも、そんな穏やかな面があったのかもしれません。
~~~~~~~~~~
翌日から、少しずつ庭に出るようになりました。
外の空気はまだ冷たく、雪が土の上に残っていました。
それでも、小さな緑の芽が勇気を振り絞って地面を押し分けている。
「……こんな場所でも、ちゃんと春が来るのね」
スカートの裾をたくし上げ、枯れた枝を片付けていくと、いつの間にか通りがかりの兵士たちが立ち止まっていました。
「将軍のお客人、何をしてるんだ?」
「庭仕事だと? あの硬い土を素手で──おい、やめたほうがいいって!」
皆慌てたように止めようとするけれど、わたしは笑って首を振りました。
「ただの草むしりです。花壇を作れたら、春にはきっと花が咲きますから」
兵士たちは顔を見合わせて、やがて小さく笑います。
「……変わった人だな」
「でも、変わってるのが悪いことじゃねぇさ。ちょっと手伝ってやるか」
そうして何人かが一緒に枝を運び始め、あっという間に庭が少しだけ広くなりました。
誰かが笑い、誰かの笑いにつられてまた笑い。
笑い声が風に乗って流れていきました。
その光景を、少し離れた高台から見下ろしていた人がいました。
冷たい風の中でも姿勢を崩さず、ただ静かに眺める影。
黒衣の将軍――ライナルト様です。
気づいた途端、胸がきゅっと締めつけられました。
「あ……」
手が止まったのを見て、カーラさんが小声で囁きました。
「将軍様、ああ見えてよく見ていらっしゃるんですよ。お庭も、兵たちも、人の心もね」
「人の……心まで?」
カーラさんはにっこり笑いました。
「それは内緒です」
~~~~~~~~~~
夕方。
手も頬も赤くなって、庭の片隅で一休みしていたとき。
「無理をするな」
低い声に顔を上げました。
影が差し込み、目の前に黒衣の将軍が立っています。
「ら、ライナルト様……!」
「名を知っているのか」
「昨日、名乗っておられましたから」
その言葉に、彼の表情がほんのわずか柔らかくなった気がしました。
風が頬をかすめて、会話の間が静まり返ります。
わたしは両手を合わせて言いました。
「お世話になりっぱなしで、何かお役に立てたらと……少しでも綺麗にできたらなって……」
「庭仕事など、貴族の娘がすることではない」
「そうかもしれません。でも、花は身分を選びません。陽の当たるところを探して咲くだけですから」
口に出した瞬間、彼がわずかに目を細めました。
雪のように冷たい瞳なのに、どこか優しい光が宿っているような気がしました。
「……自由な考え方だな」
「怒られましたか?」
「いや。悪くない」
ふっと口元が緩んだ。
その表情を見た瞬間、胸が一気に熱くなりました。
この人も笑うんだ。
そう思ったら、体中に不思議な温度が広がっていきます。
「冷える。中へ入れ」
「はい……あの、ライナルト様」
「なんだ」
思わず手を伸ばして、裾を少し掴みました。
心臓が早鐘のように鳴る。
「ありがとうございました……助けてくださったことも、今日も、全部」
彼の瞳が一瞬、驚いたようにわたしを見つめ、そして目を逸らしました。
「礼には及ばない。助けられる者を助けただけだ」
そう答えながらも、その横顔はどこか照れているようにも見えました。
~~~~~~~~~~
夜。
暖炉の灯りを見つめながら、カーラさんが焼いたパンの香りが部屋に漂います。
湯気の奥で、今日の会話を思い出すと、胸の奥がぽかぽかしました。
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