【完結】二十五の誓い ― 傷物令嬢の私と銀の騎士 ―

朝日みらい

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第二章 秘密の庭 ― 禁じられた時間

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 あの日から、わたしは何度も夢を見ました。  
 白薔薇の丘、風の匂い、アレンの笑顔。  
 目を覚ますたびに胸がきゅっと締めつけられて、でも少し誇らしい気持ちにもなるんです。  
 だって、その夢は「約束」を思い出させてくれるから。

 とはいえ現実の屋敷では、侯爵家の令嬢としての日々が待っていました。  
 刺繍の練習、礼儀作法の復習、昼下がりのお茶会――。  
 隙を見つけては屋根裏部屋から外をのぞくのが、いまのわたしの日課です。

 ……ええ、わかっています。  
 貴族の娘が使用人の息子を探すなんて、叱られるに決まっています。  
 でも、今日はどうしても彼と話がしたかったのです。

「リリアナお嬢さま、まさか抜け出すおつもりでは?」  
「しーっ、ソフィア。声が大きいですわ」

 忠実にしてちょっとおしゃべりな侍女ソフィアが、わたしの背後でひそやかに嘆息を洩らします。  
 彼女はわたしの年上の姉のような人で、十中八九、こうして屋敷を抜け出す時には協力者でもあるのです。  

「まったく……お父上にばれたら、今度こそ勘当されますわよ」  
「……少しだけ。ほんの少し庭を見に行くだけですもの」  
「“庭”ねえ。庭の奥にはだーれが待っているのでしょうね?」

 じとりとした視線に、思わず目をそらします。  
 ソフィアは呆れながらも、結局は溜息まじりにカギを渡してくれました。

「十五分だけですからね、お嬢さま」  
「ありがとう、ソフィア。帰ったら紅茶を奢りますわ」

 こっそり抜け出した裏廊下の向こう。  
 陽射しのこぼれる門扉の先に、例の“秘密の庭”があります。  

 広い敷地の中でも人がめったに足を運ばない場所――  
 アレンとわたしが子どものころによく遊んだ、逃げ場のような場所です。

 足を踏み入れると、薄い光の中で花々が風に揺れていました。  
 白薔薇のつぼみがひとつ、またひとつ。  
 わたしは胸がいっぱいになり、思わず駆け寄ります。

「ほんとに……咲いてきたのね」

「リリアナ?」

 驚きに目を丸くして振り向くと、そこにアレンが立っていました。  
 少し背が伸びて、少年らしさが抜けきれないその横顔が陽に透けています。  
 手には剪定用の小さな鋏と、泥のついた軍手。やっぱり働いている姿が一番似合う人です。  

「アレン……やっぱり、ここにいたのね」  
「僕こそ驚いた。もう来ちゃだめだって言われたのに」  
「だって、あなたに会いたかったんですもの」

 わたしが小声で言うと、アレンは途端に目を逸らし、耳の先まで赤く染めました。  
 それがおかしくて、つい笑ってしまいます。

「もう、お嬢さまってば……僕は本気で心配したんですよ」  
「心配なんていりませんわ。だって、こうして無事ですし」  
「でも……侯爵さまに見つかったら大変なことになる」

 真面目な声音。  
 けれど、わたしにはその警告すら優しさに聞こえるんです。

「ねぇ、アレン。わたし、あなたと話すのが一番楽しいの。  
 お茶会よりも、刺繍よりも、ずっと――」

 口にした途端、アレンが顔を上げました。  
 その瞳の真剣さに、思わず息をのみます。

「……僕も、そう思ってる」  
「アレン……」  
「でも――僕は平民の子だ。いずれ、君の世界とは違う場所に行く」

 その言葉に、胸の奥が冷たい水で満たされたみたいでした。  
 アレンが視線を下げる。わたしはそっと近づいて、彼の泥のついた手に触れました。  

「ダメです」  
「え?」  
「そんな顔しないで。アレンがいなくなったら、わたし、きっと笑えません」

 唇が震えるのを感じながら、それだけを伝えました。  
 アレンの手が一瞬ぴくりと動き、それから――ゆっくりと握り返してくれました。

「……リリアナは、強いね」  
「いいえ、全然。アレンがいないと、すぐに泣いちゃいそうです」

 わたしは少し照れくさく笑って、うつむきました。  
 彼の手の温もり、それだけで涙が止まります。

「この庭、いつか見られなくなるのかな……」  
 そっと呟くと、アレンはしばらく考えてから言いました。  

「きっとまた見られるよ。僕が守るから」  
「ほんと?」  
「約束する。――25歳になったら、もう一度ここに立とう」  

 25歳。  
 その言葉を聞くと、ふいに懐かしい痛みが胸をよぎりました。  
 あの丘で交わした“指切りの約束”がよみがえります。

「ふふ……またその数字なのね」  
「だって、25は僕たちの数字だから」

 彼が笑うと、庭の木漏れ日が揺れました。  
 金色の光が花びらに降り注ぎ、やわらかな風が通り抜けます。

「アレン、少しお顔が汚れていますわ」  
 わたしはつい手を伸ばし、指先で彼の頬についた泥をぬぐいました。  
 その距離が近すぎて、息がかかる距離。アレンの瞳が一瞬大きく開かれます。

「あ……すみません、手が……」  
「いいんです。きれいにしておかないと、いつ侯爵が来るか……」

 ふと我に返って笑いましたが、アレンは真っ赤な顔のまま固まっていました。  
 どうやら、わたしのほんの一瞬の仕草が、彼の心を大きく揺らしてしまったようです。

「アレン?」  
「い、いや……リリアナは……ずるいです」  
「なにがですの?」  
「そんなふうに優しくされたら、約束を破れなくなるじゃないですか」

 いつになく真剣な声でした。  
 その言葉が甘く響いて、胸がとくんと跳ねます。  

 もう何も言えなくて、ただ微笑むしかありませんでした。  
 その瞬間、庭の隅から低い声が響きました。

「――リリアナっ!」

 振り返ると、そこに父侯爵が立っていました。  
 血の気が引き、わたしは咄嗟にアレンの前に立ちふさがります。

「お父様、これは……その」  
「令嬢が使用人と密会とは何事だ!」

 怒号が響き渡り、アレンの顔が蒼ざめました。  
 彼は頭を下げ、何か言いかけて……それでもわたしの方を見ました。  

「リリアナ、大丈夫。僕が守る」

 そう言ってわたしの手をぎゅっと握りしました。
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