【完結】二十五の誓い ― 傷物令嬢の私と銀の騎士 ―

朝日みらい

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第三章 追放 ― 断ち切られた絆

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 ――その日、屋敷の空気はひどく張りつめていました。

 応接室の扉の前で、わたしはただ指先を握りしめて立ち尽くしていました。  
 中から響いてくる父の怒号、机を叩く音、誰かの低い叫び――。  
 アレンの声です。  
 そしてわたしには、扉を開ける勇気がありませんでした。

「……お嬢さま、どうかお下がりください。侯爵さまが……」

 背中からソフィアの囁き。けれど、わたしは首を振りました。  
 自分のせいで――アレンは父の怒りを買いました。  
 あの日、秘密の庭で見つかったわたしたちを、侯爵はずっと疑っていたのです。

「どうか父を止めて……あの方に、酷いことだけは……」  
「リリアナお嬢さま……」

 何もできないまま、時間が過ぎました。

 そして、重い音を立てて扉が開き――。
 中から出てきたのは、顔に傷と泥の跡をつけたアレンでした。  
 胸元のボタンが取れ、手の甲には赤いあざ。  
 それでもその瞳だけは、まっすぐに輝いていました。

「アレン……!」

 思わず駆け寄ろうとしたわたしの腕を、父が厳しく掴みました。  

「リリアナ、見苦しい真似はよせ」  
「お父様、お願いです、アレンに罪はありません! 私が――」  
「沈黙しなさい。お前がこの男に情けをかけるなど、恥じるべきことだ」

 その言葉が突き刺さって、息が詰まりました。
 傍らのアレンが、静かに頭を下げます。  
 父の怒りを真正面から受け止めながらも、ひとことの弁明もせずに。

「お嬢さま……いえ、リリアナ」

 名を呼ぶ声が震えていました。  
 振り返るその瞬間、アレンの手には一輪の白薔薇が握られていました。  
 花びらが一枚、ぽとりと床に落ちます。

「泣かないで。いつか、この薔薇を25本抱えて迎えに行く」  
「アレンっ……!」

 気がつけば走り出していました。  
 父の怒号も、使用人たちの視線も構わず。  
 ただ、この場から消えようとするアレンの手にすがりたかった。
 けれど――。

「下がれ、リリアナ!」

 父の声と同時に、護衛がわたしの肩を押さえつけました。  
 必死に叫ぶ声は涙で震え、もう言葉になりません。

「アレン、行かないで――!」

 その叫びに、少年は一瞬だけ足を止めました。  
 振り返ると、あの優しい瞳がありました。  
 光の中でほんの少しだけ微笑んで。

「必ず戻る。君との約束を、俺は忘れない」

 それが、最後の言葉でした。

 次の瞬間、扉が閉まり、アレンの姿は見えなくなりました。  
 屋敷には重い沈黙が落ち、父の厳しい声が響きます。

「二度と、あの平民と関わることは許さん。  
 忘れるのだ、リリアナ・エルヴェール。侯爵家の娘としての誇りを持て」

 わたしはうなずくこともできず、ただその場に立ち尽くしました。  
 薔薇の香がまだ袖に残っている気がして、嗚咽がこぼれそうになるのを必死にこらえました。



 ――その夜、屋敷を出たアレンを誰も見送りませんでした。

 けれど、月明かりの差す窓辺に立っていたわたしだけは、確かに見たのです。  
 遠くの門のそばに、小さな影が立っていました。  
 風に揺れるマント、手に抱いた白薔薇。  
 そして彼は、最後に手を掲げて微かに笑いました。

 あの笑顔を、わたしは一生忘れません。



 日々は淡々と過ぎていきました。  

 アレンが去った庭には誰も近づかず、白薔薇の茂みは次第に寂れています。  
 わたしは刺繍や礼儀作法を黙々とこなしながら、笑うことを覚えました。  
 侯爵家の娘として完璧であるほど、心の奥の空洞が広がっていく感覚。

 夜になると密かに窓を開けて、空を見上げました。  
 ――25番目の星を、探すために。

「どこにいるの……アレン」

 問いかけても答えはなく、ただ静かな光が空を横切るだけでした。

 だけど、不思議とそれが、彼からの返事のように思えたのです。  

 「生きてるよ。まだ諦めてない」――そんな声が聞こえるようで。
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