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第四章 傷物令嬢 ― 嘲笑の中で
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あれから七年が経ちました。
わたし――リリアナ=エルヴェールは、いまや王都社交界でも名の知れた“侯爵令嬢”として振る舞っています。
淑女の中の淑女。優雅で、いつも微笑みを絶やさない、理想のご令嬢。
……そう見せなければならなかったのです。
アレンが去ってからというもの、父は社交界での立場を取り戻すために、わたしを徹底的に教育しました。
マナーも、言葉遣いも、踊りも。
一糸の乱れも許されない生活。
まるでガラス細工のように、ただ“完璧”であることを要求されました。
「リリアナ様、次の舞踏会のお召し物が決まりましたわ」
「ええ。ピンクのドレスでお願いします。侯爵家主催ですもの、地味では困ります」
ソフィアは相変わらず側仕えとして働いてくれています。
彼女の優しい笑顔だけが、変わらずわたしを癒してくれるものでした。
「それにしても、あのロドリック伯爵さま……ずいぶん熱心ですね」
「ロドリックさま……ええ、最近はどこへ行ってもお会いしますわね」
王都でもっとも名高い青年伯爵、ロドリック=バセット。
青い瞳と金髪の美貌、完璧な立ち居振る舞い、媚びない物腰。
社交界のご令嬢たちの憧れの的。
そして――いずれ、わたしの婚約者になる人。
……けれど、一度も心がときめいたことはありません。
彼はいつも優しい笑みを向けながら、まるで獲物を見極めるような目でわたしを見ます。
どこか冷たい、氷のような光を宿す視線。
社交の場では完璧なのに、その笑顔の奥にあるものはわかりません。
「リリアナ嬢、今日もたいへんお美しい。その傷を隠すのは惜しいね」
舞踏会の夜、彼はそう言ってわたしの頬に指を伸ばしました。
頬に残った薄い傷跡。
三年前の舞踏会で照明器具が落下し、破片が頬をかすめたときにできた傷です。
幸い命に別状はなかったものの、痕は完全には消えませんでした。
「……お気遣いありがとうございます」
「でも君のような人には、それくらいの欠点があってちょうどいい」
微笑む彼の声は、氷の針のように冷たい。
同席していた令嬢たちの微笑ましい笑い声が、背中に刺さるようでした。
「“傷物令嬢”が今日もご登壇なさったわよ」
「まぁ、本当に傷がなければ完璧だったのにね」
笑いをこらえた囁き声。
わたしはただ笑顔を保ち、優雅に会釈を返しました。
涙を流すことは、もうできません。あの日、アレンを失った時に全部使い果たしてしまったのです。
仮面のような笑みを浮かべたまま、彼の腕を取って踊りの輪に加わります。
ロドリックの導く手は冷たく、強すぎました。
「……痛いですわ、ロドリックさま」
「ああ、失礼。君があまりに綺麗で、つい力が入ってしまってね」
その言い方に、一瞬ぞくりと背筋が冷たくなりました。
優雅にさえ見える微笑の裏に、どこか危うい影。
彼の目的が“愛”ではなく“所有”であること――女の勘で、わかっていました。
そうして数ヶ月が過ぎ、噂は王都中に広まりました。
“ロドリック伯爵と傷物令嬢リリアナの婚約話”。
社交界の誰もが祝福する美しい絵図。
でも、わたしの心はどんどん窒息していきました。
ある雨の夜のこと。
わたしが庭園でひとり座っていると、傘もささずにソフィアが駆けてきました。
「お嬢さまっ、そんなところにいらしては風邪をひきます!」
「少しだけ雨の音を聞いていたの。……この音、丘の風に似てると思わない?」
「丘……ですか?」
「ええ。あの白薔薇の丘。アレンと約束した場所」
わたしはそっと胸元のペンダントを握りしめました。
中には、あのとき彼からもらった小さな銀の指輪がしまわれています。
子供の頃の小指のサイズのままのそれを、いまもずっと肌身離さず持っていました。
「ねぇ、ソフィア。人は、生涯でひとりしか愛せないのでしょうか」
「……お嬢さま」
「もし本当にそうなら、わたしはもう、だめですね」
ふと視線を上げた先に、空がひらけていました。
雨雲の隙間から、ひとつだけ輝く星。
あれが、25番目の星――。
翌朝、婚約の正式な発表が行われました。
父は誇らしげに頷き、ロドリックは満足げに微笑んで。
「君の傷も、隠せばいい。結婚すれば、全て忘れられるさ」
そう囁かれた瞬間、胸の奥で何かが崩れ落ちる音がしました。
忘れられる?
あの日の約束も、彼の笑顔も――全部?
「……わたしには、忘れられないわ」
たとえ世界の誰が笑っても、彼がいない限り、幸福にはなれないのです。
夜の静けさの中、わたしはひとりで窓を開けました。
風が頬を撫で、白いカーテンを揺らします。
「25番目の星……どうか、アレンを導いて」
そう祈りながら、ペンダントを強く握りしめました。
そのとき遠くの空で、ひとすじの流星が流れたのです。
まるで誰かの答えのように。
わたしは涙をこらえながら、微笑みました。
「必ず……わたしたちはまた会える」
そう信じていないと、立ち上がれなかったのです。
わたし――リリアナ=エルヴェールは、いまや王都社交界でも名の知れた“侯爵令嬢”として振る舞っています。
淑女の中の淑女。優雅で、いつも微笑みを絶やさない、理想のご令嬢。
……そう見せなければならなかったのです。
アレンが去ってからというもの、父は社交界での立場を取り戻すために、わたしを徹底的に教育しました。
マナーも、言葉遣いも、踊りも。
一糸の乱れも許されない生活。
まるでガラス細工のように、ただ“完璧”であることを要求されました。
「リリアナ様、次の舞踏会のお召し物が決まりましたわ」
「ええ。ピンクのドレスでお願いします。侯爵家主催ですもの、地味では困ります」
ソフィアは相変わらず側仕えとして働いてくれています。
彼女の優しい笑顔だけが、変わらずわたしを癒してくれるものでした。
「それにしても、あのロドリック伯爵さま……ずいぶん熱心ですね」
「ロドリックさま……ええ、最近はどこへ行ってもお会いしますわね」
王都でもっとも名高い青年伯爵、ロドリック=バセット。
青い瞳と金髪の美貌、完璧な立ち居振る舞い、媚びない物腰。
社交界のご令嬢たちの憧れの的。
そして――いずれ、わたしの婚約者になる人。
……けれど、一度も心がときめいたことはありません。
彼はいつも優しい笑みを向けながら、まるで獲物を見極めるような目でわたしを見ます。
どこか冷たい、氷のような光を宿す視線。
社交の場では完璧なのに、その笑顔の奥にあるものはわかりません。
「リリアナ嬢、今日もたいへんお美しい。その傷を隠すのは惜しいね」
舞踏会の夜、彼はそう言ってわたしの頬に指を伸ばしました。
頬に残った薄い傷跡。
三年前の舞踏会で照明器具が落下し、破片が頬をかすめたときにできた傷です。
幸い命に別状はなかったものの、痕は完全には消えませんでした。
「……お気遣いありがとうございます」
「でも君のような人には、それくらいの欠点があってちょうどいい」
微笑む彼の声は、氷の針のように冷たい。
同席していた令嬢たちの微笑ましい笑い声が、背中に刺さるようでした。
「“傷物令嬢”が今日もご登壇なさったわよ」
「まぁ、本当に傷がなければ完璧だったのにね」
笑いをこらえた囁き声。
わたしはただ笑顔を保ち、優雅に会釈を返しました。
涙を流すことは、もうできません。あの日、アレンを失った時に全部使い果たしてしまったのです。
仮面のような笑みを浮かべたまま、彼の腕を取って踊りの輪に加わります。
ロドリックの導く手は冷たく、強すぎました。
「……痛いですわ、ロドリックさま」
「ああ、失礼。君があまりに綺麗で、つい力が入ってしまってね」
その言い方に、一瞬ぞくりと背筋が冷たくなりました。
優雅にさえ見える微笑の裏に、どこか危うい影。
彼の目的が“愛”ではなく“所有”であること――女の勘で、わかっていました。
そうして数ヶ月が過ぎ、噂は王都中に広まりました。
“ロドリック伯爵と傷物令嬢リリアナの婚約話”。
社交界の誰もが祝福する美しい絵図。
でも、わたしの心はどんどん窒息していきました。
ある雨の夜のこと。
わたしが庭園でひとり座っていると、傘もささずにソフィアが駆けてきました。
「お嬢さまっ、そんなところにいらしては風邪をひきます!」
「少しだけ雨の音を聞いていたの。……この音、丘の風に似てると思わない?」
「丘……ですか?」
「ええ。あの白薔薇の丘。アレンと約束した場所」
わたしはそっと胸元のペンダントを握りしめました。
中には、あのとき彼からもらった小さな銀の指輪がしまわれています。
子供の頃の小指のサイズのままのそれを、いまもずっと肌身離さず持っていました。
「ねぇ、ソフィア。人は、生涯でひとりしか愛せないのでしょうか」
「……お嬢さま」
「もし本当にそうなら、わたしはもう、だめですね」
ふと視線を上げた先に、空がひらけていました。
雨雲の隙間から、ひとつだけ輝く星。
あれが、25番目の星――。
翌朝、婚約の正式な発表が行われました。
父は誇らしげに頷き、ロドリックは満足げに微笑んで。
「君の傷も、隠せばいい。結婚すれば、全て忘れられるさ」
そう囁かれた瞬間、胸の奥で何かが崩れ落ちる音がしました。
忘れられる?
あの日の約束も、彼の笑顔も――全部?
「……わたしには、忘れられないわ」
たとえ世界の誰が笑っても、彼がいない限り、幸福にはなれないのです。
夜の静けさの中、わたしはひとりで窓を開けました。
風が頬を撫で、白いカーテンを揺らします。
「25番目の星……どうか、アレンを導いて」
そう祈りながら、ペンダントを強く握りしめました。
そのとき遠くの空で、ひとすじの流星が流れたのです。
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わたしは涙をこらえながら、微笑みました。
「必ず……わたしたちはまた会える」
そう信じていないと、立ち上がれなかったのです。
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