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第三章 追放 ― 断ち切られた絆
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――その日、屋敷の空気はひどく張りつめていました。
応接室の扉の前で、わたしはただ指先を握りしめて立ち尽くしていました。
中から響いてくる父の怒号、机を叩く音、誰かの低い叫び――。
アレンの声です。
そしてわたしには、扉を開ける勇気がありませんでした。
「……お嬢さま、どうかお下がりください。侯爵さまが……」
背中からソフィアの囁き。けれど、わたしは首を振りました。
自分のせいで――アレンは父の怒りを買いました。
あの日、秘密の庭で見つかったわたしたちを、侯爵はずっと疑っていたのです。
「どうか父を止めて……あの方に、酷いことだけは……」
「リリアナお嬢さま……」
何もできないまま、時間が過ぎました。
そして、重い音を立てて扉が開き――。
中から出てきたのは、顔に傷と泥の跡をつけたアレンでした。
胸元のボタンが取れ、手の甲には赤いあざ。
それでもその瞳だけは、まっすぐに輝いていました。
「アレン……!」
思わず駆け寄ろうとしたわたしの腕を、父が厳しく掴みました。
「リリアナ、見苦しい真似はよせ」
「お父様、お願いです、アレンに罪はありません! 私が――」
「沈黙しなさい。お前がこの男に情けをかけるなど、恥じるべきことだ」
その言葉が突き刺さって、息が詰まりました。
傍らのアレンが、静かに頭を下げます。
父の怒りを真正面から受け止めながらも、ひとことの弁明もせずに。
「お嬢さま……いえ、リリアナ」
名を呼ぶ声が震えていました。
振り返るその瞬間、アレンの手には一輪の白薔薇が握られていました。
花びらが一枚、ぽとりと床に落ちます。
「泣かないで。いつか、この薔薇を25本抱えて迎えに行く」
「アレンっ……!」
気がつけば走り出していました。
父の怒号も、使用人たちの視線も構わず。
ただ、この場から消えようとするアレンの手にすがりたかった。
けれど――。
「下がれ、リリアナ!」
父の声と同時に、護衛がわたしの肩を押さえつけました。
必死に叫ぶ声は涙で震え、もう言葉になりません。
「アレン、行かないで――!」
その叫びに、少年は一瞬だけ足を止めました。
振り返ると、あの優しい瞳がありました。
光の中でほんの少しだけ微笑んで。
「必ず戻る。君との約束を、俺は忘れない」
それが、最後の言葉でした。
次の瞬間、扉が閉まり、アレンの姿は見えなくなりました。
屋敷には重い沈黙が落ち、父の厳しい声が響きます。
「二度と、あの平民と関わることは許さん。
忘れるのだ、リリアナ・エルヴェール。侯爵家の娘としての誇りを持て」
わたしはうなずくこともできず、ただその場に立ち尽くしました。
薔薇の香がまだ袖に残っている気がして、嗚咽がこぼれそうになるのを必死にこらえました。
――その夜、屋敷を出たアレンを誰も見送りませんでした。
けれど、月明かりの差す窓辺に立っていたわたしだけは、確かに見たのです。
遠くの門のそばに、小さな影が立っていました。
風に揺れるマント、手に抱いた白薔薇。
そして彼は、最後に手を掲げて微かに笑いました。
あの笑顔を、わたしは一生忘れません。
日々は淡々と過ぎていきました。
アレンが去った庭には誰も近づかず、白薔薇の茂みは次第に寂れています。
わたしは刺繍や礼儀作法を黙々とこなしながら、笑うことを覚えました。
侯爵家の娘として完璧であるほど、心の奥の空洞が広がっていく感覚。
夜になると密かに窓を開けて、空を見上げました。
――25番目の星を、探すために。
「どこにいるの……アレン」
問いかけても答えはなく、ただ静かな光が空を横切るだけでした。
だけど、不思議とそれが、彼からの返事のように思えたのです。
「生きてるよ。まだ諦めてない」――そんな声が聞こえるようで。
応接室の扉の前で、わたしはただ指先を握りしめて立ち尽くしていました。
中から響いてくる父の怒号、机を叩く音、誰かの低い叫び――。
アレンの声です。
そしてわたしには、扉を開ける勇気がありませんでした。
「……お嬢さま、どうかお下がりください。侯爵さまが……」
背中からソフィアの囁き。けれど、わたしは首を振りました。
自分のせいで――アレンは父の怒りを買いました。
あの日、秘密の庭で見つかったわたしたちを、侯爵はずっと疑っていたのです。
「どうか父を止めて……あの方に、酷いことだけは……」
「リリアナお嬢さま……」
何もできないまま、時間が過ぎました。
そして、重い音を立てて扉が開き――。
中から出てきたのは、顔に傷と泥の跡をつけたアレンでした。
胸元のボタンが取れ、手の甲には赤いあざ。
それでもその瞳だけは、まっすぐに輝いていました。
「アレン……!」
思わず駆け寄ろうとしたわたしの腕を、父が厳しく掴みました。
「リリアナ、見苦しい真似はよせ」
「お父様、お願いです、アレンに罪はありません! 私が――」
「沈黙しなさい。お前がこの男に情けをかけるなど、恥じるべきことだ」
その言葉が突き刺さって、息が詰まりました。
傍らのアレンが、静かに頭を下げます。
父の怒りを真正面から受け止めながらも、ひとことの弁明もせずに。
「お嬢さま……いえ、リリアナ」
名を呼ぶ声が震えていました。
振り返るその瞬間、アレンの手には一輪の白薔薇が握られていました。
花びらが一枚、ぽとりと床に落ちます。
「泣かないで。いつか、この薔薇を25本抱えて迎えに行く」
「アレンっ……!」
気がつけば走り出していました。
父の怒号も、使用人たちの視線も構わず。
ただ、この場から消えようとするアレンの手にすがりたかった。
けれど――。
「下がれ、リリアナ!」
父の声と同時に、護衛がわたしの肩を押さえつけました。
必死に叫ぶ声は涙で震え、もう言葉になりません。
「アレン、行かないで――!」
その叫びに、少年は一瞬だけ足を止めました。
振り返ると、あの優しい瞳がありました。
光の中でほんの少しだけ微笑んで。
「必ず戻る。君との約束を、俺は忘れない」
それが、最後の言葉でした。
次の瞬間、扉が閉まり、アレンの姿は見えなくなりました。
屋敷には重い沈黙が落ち、父の厳しい声が響きます。
「二度と、あの平民と関わることは許さん。
忘れるのだ、リリアナ・エルヴェール。侯爵家の娘としての誇りを持て」
わたしはうなずくこともできず、ただその場に立ち尽くしました。
薔薇の香がまだ袖に残っている気がして、嗚咽がこぼれそうになるのを必死にこらえました。
――その夜、屋敷を出たアレンを誰も見送りませんでした。
けれど、月明かりの差す窓辺に立っていたわたしだけは、確かに見たのです。
遠くの門のそばに、小さな影が立っていました。
風に揺れるマント、手に抱いた白薔薇。
そして彼は、最後に手を掲げて微かに笑いました。
あの笑顔を、わたしは一生忘れません。
日々は淡々と過ぎていきました。
アレンが去った庭には誰も近づかず、白薔薇の茂みは次第に寂れています。
わたしは刺繍や礼儀作法を黙々とこなしながら、笑うことを覚えました。
侯爵家の娘として完璧であるほど、心の奥の空洞が広がっていく感覚。
夜になると密かに窓を開けて、空を見上げました。
――25番目の星を、探すために。
「どこにいるの……アレン」
問いかけても答えはなく、ただ静かな光が空を横切るだけでした。
だけど、不思議とそれが、彼からの返事のように思えたのです。
「生きてるよ。まだ諦めてない」――そんな声が聞こえるようで。
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