【完結】二十五の誓い ― 傷物令嬢の私と銀の騎士 ―

朝日みらい

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第四章 傷物令嬢 ― 嘲笑の中で

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 あれから七年が経ちました。

 わたし――リリアナ=エルヴェールは、いまや王都社交界でも名の知れた“侯爵令嬢”として振る舞っています。  
 淑女の中の淑女。優雅で、いつも微笑みを絶やさない、理想のご令嬢。  

 ……そう見せなければならなかったのです。  

 アレンが去ってからというもの、父は社交界での立場を取り戻すために、わたしを徹底的に教育しました。  
 マナーも、言葉遣いも、踊りも。  
 一糸の乱れも許されない生活。  
 まるでガラス細工のように、ただ“完璧”であることを要求されました。

「リリアナ様、次の舞踏会のお召し物が決まりましたわ」
「ええ。ピンクのドレスでお願いします。侯爵家主催ですもの、地味では困ります」

 ソフィアは相変わらず側仕えとして働いてくれています。  
 彼女の優しい笑顔だけが、変わらずわたしを癒してくれるものでした。

「それにしても、あのロドリック伯爵さま……ずいぶん熱心ですね」  
「ロドリックさま……ええ、最近はどこへ行ってもお会いしますわね」  

 王都でもっとも名高い青年伯爵、ロドリック=バセット。  
 青い瞳と金髪の美貌、完璧な立ち居振る舞い、媚びない物腰。  
 社交界のご令嬢たちの憧れの的。  
 そして――いずれ、わたしの婚約者になる人。

 ……けれど、一度も心がときめいたことはありません。

 彼はいつも優しい笑みを向けながら、まるで獲物を見極めるような目でわたしを見ます。  
 どこか冷たい、氷のような光を宿す視線。  
 社交の場では完璧なのに、その笑顔の奥にあるものはわかりません。

「リリアナ嬢、今日もたいへんお美しい。その傷を隠すのは惜しいね」

 舞踏会の夜、彼はそう言ってわたしの頬に指を伸ばしました。  
 頬に残った薄い傷跡。  
 三年前の舞踏会で照明器具が落下し、破片が頬をかすめたときにできた傷です。  
 幸い命に別状はなかったものの、痕は完全には消えませんでした。

「……お気遣いありがとうございます」
「でも君のような人には、それくらいの欠点があってちょうどいい」

 微笑む彼の声は、氷の針のように冷たい。  
 同席していた令嬢たちの微笑ましい笑い声が、背中に刺さるようでした。

「“傷物令嬢”が今日もご登壇なさったわよ」
「まぁ、本当に傷がなければ完璧だったのにね」

 笑いをこらえた囁き声。  
 わたしはただ笑顔を保ち、優雅に会釈を返しました。  
 涙を流すことは、もうできません。あの日、アレンを失った時に全部使い果たしてしまったのです。

 仮面のような笑みを浮かべたまま、彼の腕を取って踊りの輪に加わります。  
 ロドリックの導く手は冷たく、強すぎました。

「……痛いですわ、ロドリックさま」
「ああ、失礼。君があまりに綺麗で、つい力が入ってしまってね」

 その言い方に、一瞬ぞくりと背筋が冷たくなりました。  
 優雅にさえ見える微笑の裏に、どこか危うい影。  
 彼の目的が“愛”ではなく“所有”であること――女の勘で、わかっていました。

 そうして数ヶ月が過ぎ、噂は王都中に広まりました。  
 “ロドリック伯爵と傷物令嬢リリアナの婚約話”。  
 社交界の誰もが祝福する美しい絵図。  
 でも、わたしの心はどんどん窒息していきました。



 ある雨の夜のこと。  
 わたしが庭園でひとり座っていると、傘もささずにソフィアが駆けてきました。

「お嬢さまっ、そんなところにいらしては風邪をひきます!」  
「少しだけ雨の音を聞いていたの。……この音、丘の風に似てると思わない?」  
「丘……ですか?」  
「ええ。あの白薔薇の丘。アレンと約束した場所」

 わたしはそっと胸元のペンダントを握りしめました。  
 中には、あのとき彼からもらった小さな銀の指輪がしまわれています。  
 子供の頃の小指のサイズのままのそれを、いまもずっと肌身離さず持っていました。

「ねぇ、ソフィア。人は、生涯でひとりしか愛せないのでしょうか」  
「……お嬢さま」  
「もし本当にそうなら、わたしはもう、だめですね」  

 ふと視線を上げた先に、空がひらけていました。  
 雨雲の隙間から、ひとつだけ輝く星。  
 あれが、25番目の星――。  


 翌朝、婚約の正式な発表が行われました。  
 父は誇らしげに頷き、ロドリックは満足げに微笑んで。

「君の傷も、隠せばいい。結婚すれば、全て忘れられるさ」

 そう囁かれた瞬間、胸の奥で何かが崩れ落ちる音がしました。  

 忘れられる?  
 あの日の約束も、彼の笑顔も――全部?

「……わたしには、忘れられないわ」

 たとえ世界の誰が笑っても、彼がいない限り、幸福にはなれないのです。



 夜の静けさの中、わたしはひとりで窓を開けました。  
 風が頬を撫で、白いカーテンを揺らします。

「25番目の星……どうか、アレンを導いて」  
 そう祈りながら、ペンダントを強く握りしめました。  

 そのとき遠くの空で、ひとすじの流星が流れたのです。  
 まるで誰かの答えのように。  

 わたしは涙をこらえながら、微笑みました。  

「必ず……わたしたちはまた会える」  

 そう信じていないと、立ち上がれなかったのです。 
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