【完結】二十五の誓い ― 傷物令嬢の私と銀の騎士 ―

朝日みらい

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第五章 遠い空の下 (アレン視点)

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 王都から遠く離れた北の辺境。  

 冷たく乾いた風が砂を巻き上げる訓練場で、俺は今日もひたすら剣を振っていた。  
腕が焼けるように痛んでも、足が重くなっても、止まる気はなかった。止めれば、寒さに負けてしまう気がするからだ。

 俺の名はアレン=クロフォード。  
かつて侯爵家の屋敷から追放された、執事の息子。  
 今は王国騎士団の見習いとして、この北の砦で鍛錬を積む日々を送っている。

「アレンっ! また夜明け前から剣振ってるのかよ!」  
 後ろからノエルの声が飛んでくる。  
 俺は動きを止めずに答えた。  
「……手を止めたら、凍えるだけだ」  
「おまえって本当、真面目すぎるんだよなぁ」  

 苦笑するノエル。栗色の髪を光に透かしながら、あいつは呆れたように肩をすくめていた。  
 けど、俺の中にあるこの熱はどうしても消えない。  

 それは、あの“約束”の火。  
 剣を振るたび、丘の白薔薇とリリアナの笑顔が浮かぶ。

 ――25歳になったら迎えに行く。  
 幼い俺が、彼女と指を絡めて誓った言葉。  
その約束が、今も俺の血を熱くする。

「おい、アレン! 教官が呼んでるぞ!」  
「……ああ」  
 汗をぬぐい、剣を鞘に収めて駆け出した。  
 風を切って走るたび、少年だった自分が少しずつ遠のいていく気がする。



 訓練後の整列。  
 黒鉄の鎧をまとった教官の怒号が響いた。

「アレン=クロフォード。貴様、また夜間訓練を独断で行ったそうだな!」  
「はい」  
「どれほど鍛錬を積もうと、身分は変わらんぞ。平民が出しゃばるな!」

 訓練生たちがざわついたが、俺は怯まなかった。  
 まっすぐに教官の目を見て言う。

「身分で剣は鈍りません」  
「……何だと?」  
「剣を磨く理由がある者は、誰よりも強くなれると思います。それだけです」

 静寂が流れ、次の瞬間、教官は鼻を鳴らして去っていった。  
 周囲の視線が刺さるが、俺は気にしない。  
あざけりでも驚きでも構わない。必要なのは信じる理由だけだった。

ノエルが肩を叩いてきた。  
「おまえ、また敵を増やしたぞ」  
「構わない」  
「……なぁ、何のためにそんなに強くなりたいんだ?」  
 俺は空を見上げて言った。  
「大切な人を、守るためだ」  



 夕暮れ。  
 訓練場の柵の外で、俺は剣を磨きながら懐から小さな指輪を取り出した。  
少しくすんだ銀の輪。  
リリアナが昔、俺にくれたものだ。

「……リリアナ。君は今、どこで笑っている?」

 風が木立を鳴らし、辺境の空には赤い夕陽が沈んでいく。  
その色は、彼女の髪のように美しかった。

「25歳になったら、必ず迎えに行く。それが俺の生きる理由だ」

 誰もいない空へ、ひとり呟く。  
その声は風に溶け、俺は再び剣を握り締めた。  



 翌朝、砦に急報が届いた。  
北方の盗賊団が国境を越えて村を襲撃している。  
 騎士団の判断で、見習いたちにも出撃命令が下った。

「いいか、これは訓練ではない! 死にたくなければ剣を振り続けろ!」

 初めての戦場。  
 仲間たちが震える中、俺はただ前だけを見ていた。  
 馬蹄の音、矢の風切り音、砂塵、そして怒号。  
その中で俺は、敵の隊長格と刃を交えた。

「ここで倒れるわけにはいかない……!」

 身体中が傷だらけでも、足を止めることはできなかった。  
 リリアナとの約束が、俺を動かしていた。  
剣が震え、鉄を裂き、閃光が走る。

 戦場が静まったとき、俺は立っていた。  
先輩騎士の視線が俺をとらえ、短く言う。  
「……よくやったな、クロフォード。おまえ、本物の騎士だ」

 その言葉に、全身の力が抜けた。  
 片膝をつき、息を吐く。  
 視界の端で金色の光が揺れる。  
 夕陽か、それともリリアナの髪の色か。  



 夜。  
 焚き火の前で俺は一通の手紙を書いた。  
宛先も、届ける術もない手紙だ。

『リリアナへ  
 君は今、幸せでいますか。  
 同じ空の下で、同じ星を見ていると信じたい。  
 25本の白薔薇、どうか枯らさないで待っていてほしい。』

書き上げた紙を火にくべると、炎がふっと揺れた。  
一瞬、涙の跡が光に照らされて輝いた。  



 どんなに冷たい風が吹こうとも、俺の心の中にはあの丘がある。  
白薔薇の香りが、今も俺を導いている。



 翌朝、北風の吹く空の下、俺は剣を掲げて誓った。

「この剣に、もう一度誓う。  
 彼女を守る力を、必ず手に入れる。  
 そして、25歳の俺として、彼女を迎えに行く。」

 そう心に刻み、俺は歩き出した。  
王城へ――運命へ向かう道を。

 それが、銀の騎士となるための最初の誓いの朝だった。
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