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第六章 黄金の牢獄 ― 婚約の檻
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王都の朝は、どこまでも華やかで、そして冷たかったのです。
目覚めの鐘が鳴り響くたびに、わたしは鏡の前で微笑みを作ります。
侯爵家の令嬢として、そして伯爵ロドリックさまの婚約者として、完璧でなければならないのです。
「お嬢さま、本日は王城での茶会でございます」
「ええ。ドレスは昨日の薄青のものでお願いね」
「承知いたしました。ですが、お顔色が少し冴えませんね……」
「平気ですわ、ソフィア。もう慣れていますもの」
鏡に映る自分に微笑みかけながら、胸の奥が少しだけ痛みました。
頬の傷を覆うための薄化粧。その下にある“本当の顔”は、もうどこかに置き去りにしてしまった気がします。
ロドリックさまとの婚約生活は、誰の目から見ても華やかで幸福そうに見えました。
毎日届く贈り物、夜会で披露される豪奢なドレス。
人々は羨望の眼差しを向け、「完璧なご夫妻になるわ」と囁いておりました。
しかし、わたしの心は少しずつ疲れていったのです。
絹に包まれたこの世界は、まるで金糸の牢獄のようでした。
「リリアナ、もう少し笑ってくれないか」
ロドリックさまがそう言いながら、わたしの顎をそっと持ち上げてくださいました。
その指は冷たく、丁寧すぎる仕草の奥に、見えない支配が潜んでいるように思えます。
「君の笑顔が好きなんだ。まるで人形のように、理想的な笑顔が」
「……わたしは、人形ではありませんわ」
「違うとも。愛しているから言っているのだよ。あまりに完璧で、壊したくなるほどにね」
優しげな声でしたが、その温度のない響きに背筋がすっと冷えました。
わたしは微笑みを保ったまま、ただ視線をそらします。
――感じていました。彼の愛は、愛ではなく所有なのだと。
夜、屋敷のバルコニーから見下ろす王都の灯りは、まるで星の海のようでした。
けれど、その光はどれも誰かの手で固定された、逃げ場のない輝きです。
自分の世界だけが暗く閉ざされてゆくような、そんな錯覚にとらわれました。
「ソフィア……わたし、少しだけ自由になりたいのです」
「お嬢さま……」
「笑ってばかりで息が苦しくなること、ありますでしょう? いつからか、それが日常になってしまいましたの」
ソフィアがわたしの手を握って、優しく頷きました。
「リリアナお嬢さま……あなたは、まだ檻の中だけで生きている方ではありません。
心が自由な方は、どんな金の檻でも飛び越えられますわ」
「……そうでしょうか」
「はい。お嬢さまはきっと、まだ信じていらっしゃる。誰かの“約束”を」
その言葉に、胸が強く、きゅうっと締めつけられました。
――アレン。いま、あなたはどこで空を見ていますか。
それからの日々、婚約披露舞踏会の準備が進みました。
ドレスの選定、招待状の確認、王族への挨拶。
わたしの意見など、誰も求めません。
わたしはただ、用意された台本どおりに“完璧な花嫁”を演じるだけです。
「お嬢さま、披露舞踏会には国王陛下もご臨席なさいます。きっとお喜びになりますわ」
「ええ……誰よりも美しく微笑んでみせます」
そう答える声は、自分のものではない気がしました。
頬の傷も、孤独も、化粧で塗り隠してしまえば、たしかに何も見えなくなるのです。
そう、“幸福な役”の顔だけが残るのですから。
夜、静寂に包まれた寝室で、わたしはそっと窓を開けました。
風が頬を撫で、遠くに星が瞬いています。
その中で、ひときわ強く光る星を見つけました。
――あれが、きっと25番目の星。わたしとアレンの約束の証です。
「ねぇ……アレン。あの頃の約束を、覚えていますか?」
指輪を握りしめながら、わたしは小さく呟きました。
誰にも届かない祈りのような声。それでも願わずにはいられません。
目覚めの鐘が鳴り響くたびに、わたしは鏡の前で微笑みを作ります。
侯爵家の令嬢として、そして伯爵ロドリックさまの婚約者として、完璧でなければならないのです。
「お嬢さま、本日は王城での茶会でございます」
「ええ。ドレスは昨日の薄青のものでお願いね」
「承知いたしました。ですが、お顔色が少し冴えませんね……」
「平気ですわ、ソフィア。もう慣れていますもの」
鏡に映る自分に微笑みかけながら、胸の奥が少しだけ痛みました。
頬の傷を覆うための薄化粧。その下にある“本当の顔”は、もうどこかに置き去りにしてしまった気がします。
ロドリックさまとの婚約生活は、誰の目から見ても華やかで幸福そうに見えました。
毎日届く贈り物、夜会で披露される豪奢なドレス。
人々は羨望の眼差しを向け、「完璧なご夫妻になるわ」と囁いておりました。
しかし、わたしの心は少しずつ疲れていったのです。
絹に包まれたこの世界は、まるで金糸の牢獄のようでした。
「リリアナ、もう少し笑ってくれないか」
ロドリックさまがそう言いながら、わたしの顎をそっと持ち上げてくださいました。
その指は冷たく、丁寧すぎる仕草の奥に、見えない支配が潜んでいるように思えます。
「君の笑顔が好きなんだ。まるで人形のように、理想的な笑顔が」
「……わたしは、人形ではありませんわ」
「違うとも。愛しているから言っているのだよ。あまりに完璧で、壊したくなるほどにね」
優しげな声でしたが、その温度のない響きに背筋がすっと冷えました。
わたしは微笑みを保ったまま、ただ視線をそらします。
――感じていました。彼の愛は、愛ではなく所有なのだと。
夜、屋敷のバルコニーから見下ろす王都の灯りは、まるで星の海のようでした。
けれど、その光はどれも誰かの手で固定された、逃げ場のない輝きです。
自分の世界だけが暗く閉ざされてゆくような、そんな錯覚にとらわれました。
「ソフィア……わたし、少しだけ自由になりたいのです」
「お嬢さま……」
「笑ってばかりで息が苦しくなること、ありますでしょう? いつからか、それが日常になってしまいましたの」
ソフィアがわたしの手を握って、優しく頷きました。
「リリアナお嬢さま……あなたは、まだ檻の中だけで生きている方ではありません。
心が自由な方は、どんな金の檻でも飛び越えられますわ」
「……そうでしょうか」
「はい。お嬢さまはきっと、まだ信じていらっしゃる。誰かの“約束”を」
その言葉に、胸が強く、きゅうっと締めつけられました。
――アレン。いま、あなたはどこで空を見ていますか。
それからの日々、婚約披露舞踏会の準備が進みました。
ドレスの選定、招待状の確認、王族への挨拶。
わたしの意見など、誰も求めません。
わたしはただ、用意された台本どおりに“完璧な花嫁”を演じるだけです。
「お嬢さま、披露舞踏会には国王陛下もご臨席なさいます。きっとお喜びになりますわ」
「ええ……誰よりも美しく微笑んでみせます」
そう答える声は、自分のものではない気がしました。
頬の傷も、孤独も、化粧で塗り隠してしまえば、たしかに何も見えなくなるのです。
そう、“幸福な役”の顔だけが残るのですから。
夜、静寂に包まれた寝室で、わたしはそっと窓を開けました。
風が頬を撫で、遠くに星が瞬いています。
その中で、ひときわ強く光る星を見つけました。
――あれが、きっと25番目の星。わたしとアレンの約束の証です。
「ねぇ……アレン。あの頃の約束を、覚えていますか?」
指輪を握りしめながら、わたしは小さく呟きました。
誰にも届かない祈りのような声。それでも願わずにはいられません。
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