【完結】二十五の誓い ― 傷物令嬢の私と銀の騎士 ―

朝日みらい

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第六章 黄金の牢獄 ― 婚約の檻

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 王都の朝は、どこまでも華やかで、そして冷たかったのです。  

 目覚めの鐘が鳴り響くたびに、わたしは鏡の前で微笑みを作ります。  
 侯爵家の令嬢として、そして伯爵ロドリックさまの婚約者として、完璧でなければならないのです。  

「お嬢さま、本日は王城での茶会でございます」  
「ええ。ドレスは昨日の薄青のものでお願いね」  
「承知いたしました。ですが、お顔色が少し冴えませんね……」  
「平気ですわ、ソフィア。もう慣れていますもの」

 鏡に映る自分に微笑みかけながら、胸の奥が少しだけ痛みました。  
 頬の傷を覆うための薄化粧。その下にある“本当の顔”は、もうどこかに置き去りにしてしまった気がします。

 

 ロドリックさまとの婚約生活は、誰の目から見ても華やかで幸福そうに見えました。  
 毎日届く贈り物、夜会で披露される豪奢なドレス。  
 人々は羨望の眼差しを向け、「完璧なご夫妻になるわ」と囁いておりました。  

 しかし、わたしの心は少しずつ疲れていったのです。  
 絹に包まれたこの世界は、まるで金糸の牢獄のようでした。

「リリアナ、もう少し笑ってくれないか」

 ロドリックさまがそう言いながら、わたしの顎をそっと持ち上げてくださいました。  
 その指は冷たく、丁寧すぎる仕草の奥に、見えない支配が潜んでいるように思えます。

「君の笑顔が好きなんだ。まるで人形のように、理想的な笑顔が」  
「……わたしは、人形ではありませんわ」  
「違うとも。愛しているから言っているのだよ。あまりに完璧で、壊したくなるほどにね」

 優しげな声でしたが、その温度のない響きに背筋がすっと冷えました。  
 わたしは微笑みを保ったまま、ただ視線をそらします。  

 ――感じていました。彼の愛は、愛ではなく所有なのだと。

 

 夜、屋敷のバルコニーから見下ろす王都の灯りは、まるで星の海のようでした。  
 けれど、その光はどれも誰かの手で固定された、逃げ場のない輝きです。  
 自分の世界だけが暗く閉ざされてゆくような、そんな錯覚にとらわれました。

「ソフィア……わたし、少しだけ自由になりたいのです」  
「お嬢さま……」  
「笑ってばかりで息が苦しくなること、ありますでしょう? いつからか、それが日常になってしまいましたの」

 ソフィアがわたしの手を握って、優しく頷きました。  
「リリアナお嬢さま……あなたは、まだ檻の中だけで生きている方ではありません。  
 心が自由な方は、どんな金の檻でも飛び越えられますわ」

「……そうでしょうか」  
「はい。お嬢さまはきっと、まだ信じていらっしゃる。誰かの“約束”を」

 その言葉に、胸が強く、きゅうっと締めつけられました。  
 ――アレン。いま、あなたはどこで空を見ていますか。



 それからの日々、婚約披露舞踏会の準備が進みました。  
 ドレスの選定、招待状の確認、王族への挨拶。  
 わたしの意見など、誰も求めません。  
 わたしはただ、用意された台本どおりに“完璧な花嫁”を演じるだけです。

「お嬢さま、披露舞踏会には国王陛下もご臨席なさいます。きっとお喜びになりますわ」  
「ええ……誰よりも美しく微笑んでみせます」  

 そう答える声は、自分のものではない気がしました。  
 頬の傷も、孤独も、化粧で塗り隠してしまえば、たしかに何も見えなくなるのです。  
 そう、“幸福な役”の顔だけが残るのですから。

 

 夜、静寂に包まれた寝室で、わたしはそっと窓を開けました。  
 風が頬を撫で、遠くに星が瞬いています。  
 その中で、ひときわ強く光る星を見つけました。  
 ――あれが、きっと25番目の星。わたしとアレンの約束の証です。

「ねぇ……アレン。あの頃の約束を、覚えていますか?」  
 指輪を握りしめながら、わたしは小さく呟きました。  
 誰にも届かない祈りのような声。それでも願わずにはいられません。
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