【完結】二十五の誓い ― 傷物令嬢の私と銀の騎士 ―

朝日みらい

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第七章 燃ゆる夜 ― 絶望の淵で

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 それは、婚約披露の夜のことでした。

 王都の中央にあるバセット伯爵家の大広間は、まばゆいほどの光に包まれていました。  
 燭台の炎がゆらぎ、金の装飾が天井で反射してきらめきます。  
 貴族たちの笑い声が波のように広がり、芳しい香水と音楽が空気を満たしておりました。

「まあ、お嬢さま……まるで絵画の中の女神のようですわ」  
「ふふ。ありがとう、ソフィア。でも神様になる気はありませんの」

 わたしは鏡に映る自分に、静かな微笑を投げました。  
 真紅のドレスは見事でしたが、その重さが妙に心を締めつけます。  
 見る者すべてを魅了する衣装でありながら、わたしには鎖のように感じられました。

 胸の奥で、何かが囁いている気がいたしました。  
 ――これは祝福の夜ではありません。  
 これは、自由が閉ざされる夜なのです。

「準備は整いましたか、リリアナ」

 扉の向こうから現れたロドリック伯爵が、わたしに笑顔を向けました。  
 絵に描いたように美しい人。けれど、その笑顔の奥の影を、わたしだけが知っています。  

「はい。参りましょう、ロドリックさま」  
 その人の指がわたしの手を取ります。指先の冷たさに、思わず息を呑みました。

 

 披露の時間になりました。  
 百を超える拍手の中、わたしは伯爵の隣に立ち、完璧な微笑を作りました。  
 社交界の華として、理想の令嬢として――わたしは今日、完全に役割を演じ切らなければなりません。

「見せつけてやろうじゃないか、リリアナ。完璧な未来を」

 ロドリックさまの言葉が耳に残りました。  
 未来――それが“完璧”という名の檻を意味することを、彼だけが理解しているのです。  
 杯を掲げる瞬間、王都の貴族たちは歓声を上げ、音楽が鳴り響きました。  
 けれど、わたしの胸にはひとつの違和感がありました。

 ――だれかの視線を感じます。

 その視線は冷たくもなく、好奇でもなく。  
 むしろ、とても懐かしく、まっすぐで、やさしいものでした。  
 胸の奥で心臓がとくんと跳ねました。

(まさか……そんなこと)  

 そう思いながらも、振り返る勇気が出ませんでした。  
 その時、大広間を揺るがす叫び声が響き渡ったのです。

「火だ! 館の外で火が上がっている!」  
「きゃあっ!」  

 人々が悲鳴を上げ、あっという間に場が混乱しました。  
 燭台の影に炎の反射が揺れ、間もなく扉の向こう側から煙が流れ込んできます。  

「リリアナ、こちらへ!」  
 ロドリックさまがわたしの腕を掴みました。  
 その力が強すぎて、思わず痛みに声を上げそうになりました。

「ロドリックさま、離してください。皆を避難させなければ!」  
「いいから来い!」

 わたしは引きずられるように廊下へ連れ出されました。  
 燃えさかる炎の光が、彼の横顔を赤く照らし出します。  
 その表情に、わずかな狂気のようなものを見た気がいたしました。

 やがて、誰もいない地下の扉の前で彼は立ち止まりました。  
「ここまで来れば安全だ」  
 そう言いながら、微笑むその顔がぞっとするほど冷たく見えました。  

「リリアナ。君は本当によくやってくれたよ」  
「どういう意味ですの?」  
「君という“令嬢”がいたおかげで、私の取引は順調に進んだ。  
 まさか香料の箱の中身が禁制品だとは、誰も思わない」

 わたしは息をのむしかありませんでした。  
 耳の奥で嵐が吹いているような錯覚を覚えます。  
 信じていた人が、最初から騙していたなんて。  

「ロドリックさま……あなた……」  
「君が侯爵令嬢でいてくれたおかげだよ。いい飾りだった」  

 笑みを浮かべながら、彼は背後に積まれた木箱に手を置きました。  
 蓋の隙間から、銀の粉が微かに輝いています。  
 王都で取引が禁じられている、毒性の高い魔石の粉――それをわたしも、以前読んだ本で見たことがありました。

「……これを、利用するつもりだったのですね」  
「そうだよ。だが、もう全て燃える。君も、証拠も、綺麗に消える」

 その冷たい笑顔を見た瞬間、背中に寒気が走りました。  
 逃げなければ――そう思って身を引いた瞬間、腕を乱暴につかまれました。

「君だけは逃がさない」  
「放してください! お願いです、ロドリックさま!」  
「無駄だ。君は私の証明だ。私が“全てを手にした男”であるという証だ!」

 わたしの叫びなど届かず、炎がドアを飲み込みました。  
 天井の梁が崩れ、床に倒れこみます。  
 もう息を吸うこともできません。熱くて、苦しくて――。

(アレン……)

 意識が遠のく中で、わたしはただその名を心の中で呼びました。  
 あの丘での約束の声。少年の瞳。風の匂い。  
 そのすべてが脳裏に甦ります。

「本当に、来てくれるのですか……?」

 涙まじりの声が、煙の中に消えていきました。  
 闇に沈むその瞬間――眩しい光が、扉の向こうから差し込みました。

 銀色の閃光。舞い上がる炎を切り裂くような輝き。  
 そこに現れたのは、銀の鎧をまとった騎士でした。  
 月光を背にしたその姿は、まるで光そのものでした。

「リリアナ!」

 呼ばれた声に、わたしははっと息をのみました。  
 その声を、忘れることなどできません。  

「……アレン……?」
「遅くなってごめん。今度こそ、君を迎えに来た」

 崩れ落ちる梁を一閃で払い、アレンが駆け寄ってきました。  
 その腕がわたしを抱き上げ、熱気の中を突き抜けます。  
 彼の胸の鼓動が、耳のすぐそばで鳴っていました。

「もう大丈夫です……?」  
「大丈夫だ。君は、もう絶対に離さない」

 炎の轟きよりも、アレンの声が強く響いていました。  
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