【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~

朝日みらい

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第11章 王都からの呼び声

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 春の光に包まれたある日、屋敷に王都からの早馬が駆けつけました。  
 執事のリオネルが慌ただしく扉を叩き、青い封蝋のついた文を差し出します。

「クラリッサ様、王都より急報でございます。王命の書簡にございます」

「王都から?」

 胸の奥で、ひやりとしたものが走りました。  
 白花の揺れる穏やかな朝に、こんな形で届くとは夢にも思わなかったのです。

 封を切ると、鋭い筆跡で書かれていました。

 ――王の召喚により、辺境侯爵夫人クラリッサ・ヴェイル、直ちに王都へ出向せよ。  
 付記:公爵家子息ルネ・ヴァルモンドの件、弁明の余地あり――

 あの名を見た瞬間、視界がにじみました。  
 決して思い出したくなかった名前。  
 それでも、運命は再びその扉を開かせようとしています。

 背後でアルフォンス様が文を読み、沈黙ののちに低く言いました。

「……噂が王都に届いたか」

「噂、ですか?」

「ルネとやらが、自分を正当化するため“辺境の女に成り上がられた”と言いふらしているらしい。  
 王都では、半ば事実のように語られている」

「そんな……!」

 拳を握る手が震えました。ようやく掴みかけた穏やかな日々。  
 それをあの人が踏みにじるつもりなのでしょうか。

「わたし、一度行かねばなりません。真実を確かめてまいります」

 自分でも驚くほど、声は凛と響きました。  
 アルフォンス様は少し目を細め、窓の向こうの空を見上げます。  
 白花が風に散り、光がふたりのあいだに降りそそいでいました。

「王都は容易ではない。お前が向かえば、また傷つくことになる」

「それでも、逃げたままではいられません。  
 あの夜、泣かなかったわたしを、誇りに思いたいから」

 そう告げると、彼の眉がかすかに震えました。  
 そして、静かに歩み寄ってきます。

「……ならば行け。ただし、必ず帰ってこい」

 灰色の瞳が真っ直ぐにわたしを見つめます。  
 その眼差しにこめられたものは、どんな言葉よりも熱くて。

「約束します。必ず戻ります」

 そう答えると、彼は無言のまま頷き、わたしの肩を抱き寄せました。  
 強く、けれどどこか不器用に。まるで失いたくないものを確かめるように。

「……お前を送り届けるのは、俺の役目ではない。  
 だが、お前を迎えに行くのは、俺の意志だ」

 低い声が胸の奥に響き、息が止まりそうになりました。  
 彼の掌の温もりが背中を包み、春の光がそれを照らします。



 翌朝、王都行きの馬車が用意されます。  
 白花が舞う庭で、ソフィとリオネルが見送りに並んでいました。

「奥様、必ずご無事で。また春には戻ってきてくださいね!」  
「旦那様もすぐ後から……と信じておりますよ」

 ふたりの声に微笑み返し、わたしは手綱を握りました。  
 馬車の扉が閉まる瞬間、アルフォンス様が小さく手を差し入れます。  
 その掌に包まれていたのは、一輪の白花。

「これを持って行け。春の証だ」

 わたしはその花を胸に抱き、目を細めました。  
 淡い光の中で、彼の髪が風に揺れます。

「……行ってまいります、アルフォンス様」

「帰ってこい、クラリッサ」

 低く、確かな声。  
 その響きを胸に刻みながら、馬車はゆっくりと走り出しました。  
 見送りの姿が遠ざかり、白花の庭が霞の向こうへ消えていきます。

 わたしは小さく息をつき、膝の上で手紙帳を開きました。

『十一通目。  
 再び王都へ向かいます。  
 恐れずに、真実を見つめてきます。  
 でも心だけは、あの春の庭に置いていこうと思います。』

 インクが乾くころ、窓の外には、雪に代わる新しい季節の風が吹いていました。  
 わたしはその風に祈るように目を閉じました。

(待っていてください、アルフォンス様。  
 きっとまた、あなたのもとへ帰ります)
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