【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~

朝日みらい

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第12章 再会の夜会

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 王都に着いたのは、夕暮れが金色に染まるころでした。  
 数年ぶりに見る石畳の街並み。遠くで鐘が鳴り、店先には花飾りがあふれています。  
 人々のざわめきが、どこか懐かしくもあり、胸の奥を締めつけました。

 侯爵領の静けさに慣れたわたしには、この喧騒がまるで別世界のようです。

 宿舎に着くと、王城からの使者がすぐにやってきました。  
「クラリッサ・ヴェイル様、殿下より夜会へのご出席を、とのことにございます」

「……夜会、ですか?」

「はい。本日、王都貴族会主催の夜会が王宮大広間にて執り行われます。  
 公爵家子息ルネ・ヴァルモンド殿下も出席の予定にございます」

 ルネ――その名に、背筋が強張ります。  
 けれどわたしは、静かに息を整えて頷きました。

「出席いたします。お招きに預かる以上、避ける理由はありません」

 鏡に映る自分の顔を見つめました。少しやせたけれど、目だけは前より強くなっているような気がしました。  
 あの夜会で泣かなかったわたしに、今日こそ恥じぬように。



 夜。王宮の大理石の階段を上ると、眩い光と音の波が押し寄せてきました。  
 燭台の炎、シャンデリアの光、香水の匂い。  
 貴族たちの衣擦れの音の中を、わたしは真っ直ぐに歩きました。

「――まあ、どなたかと思えば」

 聞き覚えのある声が背から響き、振り向くより早く、懐かしくない笑みが目の前にありました。

 ルネ・ヴァルモンド。

 あの日と変わらぬ金髪と浅い笑み。けれど、その目にはかつてよりも濁った影がありました。

「君がこんなにも……見違えるとはね。辺境の氷原に咲く花とは、誰が想像しただろう」

「ご挨拶ありがとうございます。お変わりありませんね、ルネ様」

「冷たいな。昔みたいに“ルネ様”などと呼ばずともいい」

 軽やかな笑みの奥に、侮蔑が隠しきれていません。  
 彼の視線が、まるで獲物を品定めするようにわたしのドレスを舐めました。

「しかし残念だ。君ほどの才女が、あんな無骨な侯爵の妻とは。  
 ……どうだろう。やはり君は王都の空気のほうが似合う」

 周囲の貴族たちがひそひそと囁き、視線を向けてきます。  
 あの晩餐会の夜と同じように、嘲笑の匂いが漂いました。

 ですが、もうあのころのわたしではありません。

「いいえ。今のわたくしは、雪の国の空気の中でこそ息をしています」

「ふん、強がっても……」

「それに、“氷の侯爵”と呼ばれる方は、とてもあたたかい手をしていますの」

 言った瞬間、ルネの顔から笑みが消えました。  
 ざわり、と場の空気が揺れ、彼の唇が引きつった笑顔を作ります。

「……辺境に染まり、口の利き方も変わったようだな」

「ええ。あの地では言葉に嘘を乗せないのです。冷たい国ですもの。吐いた言葉が凍って、すぐ本音が見えてしまうから」

 場のあちこちで微かな笑いが起こりました。  
 彼の顔が赤くなり、わたしを睨みつけます。

 けれど次の瞬間、さらに空気を支配する別の足音が響きました。

 金の刺繍をほどこした軍装に身を包んだ男――アルフォンス・ヴェイル侯爵。  
 氷の国の冷たい風をそのまままとったかのように、王都の喧騒の中でも静かに歩み出てきます。

「……侯爵、殿下のお出ましを待たずしてとは」

「俺の妻を愚弄する声が聞こえたものでな」

 低い声が広間に落ちると、ざっと波のように人々が道を開きました。  
 ルネが怯えたように一歩下がります。

「ま、待て、侯爵殿……!」

「俺の妻を口にするな。それが貴族としての礼儀だ」

 その一言が、室内の空気を凍らせました。  
 アルフォンス様の灰色の瞳は、氷の刃のように静かで冷たい。  
 けれどわたしの心には、なぜかあたたかさが広がっていきました。

「アルフォンス様……」

 その名を呼ぶと、彼はわたしを一瞬だけ見て、わずかに頬を緩めました。  
 ほんの、ほんの少し。けれどそれだけで十分でした。

 その夜、王都の社交界に新しい噂が流れました。  
 ――氷の侯爵が、辺境の妻を守るため堂々と公爵子息に言葉を放った、と。



 夜会が終わった頃、馬車の中でアルフォンス様は黙っていました。  
 わたしも何も言わず、ただ夜の街の灯を見ていました。

 やがて、彼がふと低く呟きます。

「……よく堪えたな。褒めてやる」

 思わず笑ってしまいました。  
 気取らず、不器用な称賛の言葉。それが何よりも嬉しくて。

「氷の侯爵の誉め言葉は、心に染みるのですね」

「うるさい」

 小さく舌打ちをする声の向こうで、彼がわずかに口もとをゆるめます。  
 窓の外では、王都の夜空に無数の星が輝いていました。

(あの晩餐会の夜、泣かなかったわたしに、ようやくご褒美が届いたのかもしれません)

 そう思いながら、胸の中で小さく笑いました。
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