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第11章 王都からの呼び声
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春の光に包まれたある日、屋敷に王都からの早馬が駆けつけました。
執事のリオネルが慌ただしく扉を叩き、青い封蝋のついた文を差し出します。
「クラリッサ様、王都より急報でございます。王命の書簡にございます」
「王都から?」
胸の奥で、ひやりとしたものが走りました。
白花の揺れる穏やかな朝に、こんな形で届くとは夢にも思わなかったのです。
封を切ると、鋭い筆跡で書かれていました。
――王の召喚により、辺境侯爵夫人クラリッサ・ヴェイル、直ちに王都へ出向せよ。
付記:公爵家子息ルネ・ヴァルモンドの件、弁明の余地あり――
あの名を見た瞬間、視界がにじみました。
決して思い出したくなかった名前。
それでも、運命は再びその扉を開かせようとしています。
背後でアルフォンス様が文を読み、沈黙ののちに低く言いました。
「……噂が王都に届いたか」
「噂、ですか?」
「ルネとやらが、自分を正当化するため“辺境の女に成り上がられた”と言いふらしているらしい。
王都では、半ば事実のように語られている」
「そんな……!」
拳を握る手が震えました。ようやく掴みかけた穏やかな日々。
それをあの人が踏みにじるつもりなのでしょうか。
「わたし、一度行かねばなりません。真実を確かめてまいります」
自分でも驚くほど、声は凛と響きました。
アルフォンス様は少し目を細め、窓の向こうの空を見上げます。
白花が風に散り、光がふたりのあいだに降りそそいでいました。
「王都は容易ではない。お前が向かえば、また傷つくことになる」
「それでも、逃げたままではいられません。
あの夜、泣かなかったわたしを、誇りに思いたいから」
そう告げると、彼の眉がかすかに震えました。
そして、静かに歩み寄ってきます。
「……ならば行け。ただし、必ず帰ってこい」
灰色の瞳が真っ直ぐにわたしを見つめます。
その眼差しにこめられたものは、どんな言葉よりも熱くて。
「約束します。必ず戻ります」
そう答えると、彼は無言のまま頷き、わたしの肩を抱き寄せました。
強く、けれどどこか不器用に。まるで失いたくないものを確かめるように。
「……お前を送り届けるのは、俺の役目ではない。
だが、お前を迎えに行くのは、俺の意志だ」
低い声が胸の奥に響き、息が止まりそうになりました。
彼の掌の温もりが背中を包み、春の光がそれを照らします。
*
翌朝、王都行きの馬車が用意されます。
白花が舞う庭で、ソフィとリオネルが見送りに並んでいました。
「奥様、必ずご無事で。また春には戻ってきてくださいね!」
「旦那様もすぐ後から……と信じておりますよ」
ふたりの声に微笑み返し、わたしは手綱を握りました。
馬車の扉が閉まる瞬間、アルフォンス様が小さく手を差し入れます。
その掌に包まれていたのは、一輪の白花。
「これを持って行け。春の証だ」
わたしはその花を胸に抱き、目を細めました。
淡い光の中で、彼の髪が風に揺れます。
「……行ってまいります、アルフォンス様」
「帰ってこい、クラリッサ」
低く、確かな声。
その響きを胸に刻みながら、馬車はゆっくりと走り出しました。
見送りの姿が遠ざかり、白花の庭が霞の向こうへ消えていきます。
わたしは小さく息をつき、膝の上で手紙帳を開きました。
『十一通目。
再び王都へ向かいます。
恐れずに、真実を見つめてきます。
でも心だけは、あの春の庭に置いていこうと思います。』
インクが乾くころ、窓の外には、雪に代わる新しい季節の風が吹いていました。
わたしはその風に祈るように目を閉じました。
(待っていてください、アルフォンス様。
きっとまた、あなたのもとへ帰ります)
執事のリオネルが慌ただしく扉を叩き、青い封蝋のついた文を差し出します。
「クラリッサ様、王都より急報でございます。王命の書簡にございます」
「王都から?」
胸の奥で、ひやりとしたものが走りました。
白花の揺れる穏やかな朝に、こんな形で届くとは夢にも思わなかったのです。
封を切ると、鋭い筆跡で書かれていました。
――王の召喚により、辺境侯爵夫人クラリッサ・ヴェイル、直ちに王都へ出向せよ。
付記:公爵家子息ルネ・ヴァルモンドの件、弁明の余地あり――
あの名を見た瞬間、視界がにじみました。
決して思い出したくなかった名前。
それでも、運命は再びその扉を開かせようとしています。
背後でアルフォンス様が文を読み、沈黙ののちに低く言いました。
「……噂が王都に届いたか」
「噂、ですか?」
「ルネとやらが、自分を正当化するため“辺境の女に成り上がられた”と言いふらしているらしい。
王都では、半ば事実のように語られている」
「そんな……!」
拳を握る手が震えました。ようやく掴みかけた穏やかな日々。
それをあの人が踏みにじるつもりなのでしょうか。
「わたし、一度行かねばなりません。真実を確かめてまいります」
自分でも驚くほど、声は凛と響きました。
アルフォンス様は少し目を細め、窓の向こうの空を見上げます。
白花が風に散り、光がふたりのあいだに降りそそいでいました。
「王都は容易ではない。お前が向かえば、また傷つくことになる」
「それでも、逃げたままではいられません。
あの夜、泣かなかったわたしを、誇りに思いたいから」
そう告げると、彼の眉がかすかに震えました。
そして、静かに歩み寄ってきます。
「……ならば行け。ただし、必ず帰ってこい」
灰色の瞳が真っ直ぐにわたしを見つめます。
その眼差しにこめられたものは、どんな言葉よりも熱くて。
「約束します。必ず戻ります」
そう答えると、彼は無言のまま頷き、わたしの肩を抱き寄せました。
強く、けれどどこか不器用に。まるで失いたくないものを確かめるように。
「……お前を送り届けるのは、俺の役目ではない。
だが、お前を迎えに行くのは、俺の意志だ」
低い声が胸の奥に響き、息が止まりそうになりました。
彼の掌の温もりが背中を包み、春の光がそれを照らします。
*
翌朝、王都行きの馬車が用意されます。
白花が舞う庭で、ソフィとリオネルが見送りに並んでいました。
「奥様、必ずご無事で。また春には戻ってきてくださいね!」
「旦那様もすぐ後から……と信じておりますよ」
ふたりの声に微笑み返し、わたしは手綱を握りました。
馬車の扉が閉まる瞬間、アルフォンス様が小さく手を差し入れます。
その掌に包まれていたのは、一輪の白花。
「これを持って行け。春の証だ」
わたしはその花を胸に抱き、目を細めました。
淡い光の中で、彼の髪が風に揺れます。
「……行ってまいります、アルフォンス様」
「帰ってこい、クラリッサ」
低く、確かな声。
その響きを胸に刻みながら、馬車はゆっくりと走り出しました。
見送りの姿が遠ざかり、白花の庭が霞の向こうへ消えていきます。
わたしは小さく息をつき、膝の上で手紙帳を開きました。
『十一通目。
再び王都へ向かいます。
恐れずに、真実を見つめてきます。
でも心だけは、あの春の庭に置いていこうと思います。』
インクが乾くころ、窓の外には、雪に代わる新しい季節の風が吹いていました。
わたしはその風に祈るように目を閉じました。
(待っていてください、アルフォンス様。
きっとまた、あなたのもとへ帰ります)
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