【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~

朝日みらい

文字の大きさ
11 / 20

第11章 王都からの呼び声

しおりを挟む
 春の光に包まれたある日、屋敷に王都からの早馬が駆けつけました。  
 執事のリオネルが慌ただしく扉を叩き、青い封蝋のついた文を差し出します。

「クラリッサ様、王都より急報でございます。王命の書簡にございます」

「王都から?」

 胸の奥で、ひやりとしたものが走りました。  
 白花の揺れる穏やかな朝に、こんな形で届くとは夢にも思わなかったのです。

 封を切ると、鋭い筆跡で書かれていました。

 ――王の召喚により、辺境侯爵夫人クラリッサ・ヴェイル、直ちに王都へ出向せよ。  
 付記:公爵家子息ルネ・ヴァルモンドの件、弁明の余地あり――

 あの名を見た瞬間、視界がにじみました。  
 決して思い出したくなかった名前。  
 それでも、運命は再びその扉を開かせようとしています。

 背後でアルフォンス様が文を読み、沈黙ののちに低く言いました。

「……噂が王都に届いたか」

「噂、ですか?」

「ルネとやらが、自分を正当化するため“辺境の女に成り上がられた”と言いふらしているらしい。  
 王都では、半ば事実のように語られている」

「そんな……!」

 拳を握る手が震えました。ようやく掴みかけた穏やかな日々。  
 それをあの人が踏みにじるつもりなのでしょうか。

「わたし、一度行かねばなりません。真実を確かめてまいります」

 自分でも驚くほど、声は凛と響きました。  
 アルフォンス様は少し目を細め、窓の向こうの空を見上げます。  
 白花が風に散り、光がふたりのあいだに降りそそいでいました。

「王都は容易ではない。お前が向かえば、また傷つくことになる」

「それでも、逃げたままではいられません。  
 あの夜、泣かなかったわたしを、誇りに思いたいから」

 そう告げると、彼の眉がかすかに震えました。  
 そして、静かに歩み寄ってきます。

「……ならば行け。ただし、必ず帰ってこい」

 灰色の瞳が真っ直ぐにわたしを見つめます。  
 その眼差しにこめられたものは、どんな言葉よりも熱くて。

「約束します。必ず戻ります」

 そう答えると、彼は無言のまま頷き、わたしの肩を抱き寄せました。  
 強く、けれどどこか不器用に。まるで失いたくないものを確かめるように。

「……お前を送り届けるのは、俺の役目ではない。  
 だが、お前を迎えに行くのは、俺の意志だ」

 低い声が胸の奥に響き、息が止まりそうになりました。  
 彼の掌の温もりが背中を包み、春の光がそれを照らします。



 翌朝、王都行きの馬車が用意されます。  
 白花が舞う庭で、ソフィとリオネルが見送りに並んでいました。

「奥様、必ずご無事で。また春には戻ってきてくださいね!」  
「旦那様もすぐ後から……と信じておりますよ」

 ふたりの声に微笑み返し、わたしは手綱を握りました。  
 馬車の扉が閉まる瞬間、アルフォンス様が小さく手を差し入れます。  
 その掌に包まれていたのは、一輪の白花。

「これを持って行け。春の証だ」

 わたしはその花を胸に抱き、目を細めました。  
 淡い光の中で、彼の髪が風に揺れます。

「……行ってまいります、アルフォンス様」

「帰ってこい、クラリッサ」

 低く、確かな声。  
 その響きを胸に刻みながら、馬車はゆっくりと走り出しました。  
 見送りの姿が遠ざかり、白花の庭が霞の向こうへ消えていきます。

 わたしは小さく息をつき、膝の上で手紙帳を開きました。

『十一通目。  
 再び王都へ向かいます。  
 恐れずに、真実を見つめてきます。  
 でも心だけは、あの春の庭に置いていこうと思います。』

 インクが乾くころ、窓の外には、雪に代わる新しい季節の風が吹いていました。  
 わたしはその風に祈るように目を閉じました。

(待っていてください、アルフォンス様。  
 きっとまた、あなたのもとへ帰ります)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王妃はただ、殺されないことを願う

柴田はつみ
恋愛
一度目の人生で、愛する国王の剣によって結婚半年で殺されたお飾り王妃リリアナ。彼女は運命に抗うことなく、隣国から送られた「呪いの血を持つ王妃」として処断された。 しかし、リリアナは婚礼直後に時を戻して転生する。二度目の人生、彼女に残された時間は、運命の冬至の夜会までの半年間。 リリアナは、以前のような無垢な愛を国王アレスに捧げることをやめ、「殺されない」ため、そして「愛する人を裏切り者にしたくない」ために、冷徹な「お飾りの王妃」として振る舞い始める。

【完結】ロザリンダ嬢の憂鬱~手紙も来ない 婚約者 vs シスコン 熾烈な争い

buchi
恋愛
後ろ盾となる両親の死後、婚約者が冷たい……ロザリンダは婚約者の王太子殿下フィリップの変容に悩んでいた。手紙もプレゼントも来ない上、夜会に出れば、他の令嬢たちに取り囲まれている。弟からはもう、婚約など止めてはどうかと助言され…… 視点が話ごとに変わります。タイトルに誰の視点なのか入っています(入ってない場合もある)。話ごとの文字数が違うのは、場面が変わるから(言い訳)

沈黙の指輪 ―公爵令嬢の恋慕―

柴田はつみ
恋愛
公爵家の令嬢シャルロッテは、政略結婚で財閥御曹司カリウスと結ばれた。 最初は形式だけの結婚だったが、優しく包み込むような夫の愛情に、彼女の心は次第に解けていく。 しかし、蜜月のあと訪れたのは小さな誤解の連鎖だった。 カリウスの秘書との噂、消えた指輪、隠された手紙――そして「君を幸せにできない」という冷たい言葉。 離婚届の上に、涙が落ちる。 それでもシャルロッテは信じたい。 あの日、薔薇の庭で誓った“永遠”を。 すれ違いと沈黙の夜を越えて、二人の愛はもう一度咲くのだろうか。

【完結】恋が終わる、その隙に

七瀬菜々
恋愛
 秋。黄褐色に光るススキの花穂が畦道を彩る頃。  伯爵令嬢クロエ・ロレーヌは5年の婚約期間を経て、名門シルヴェスター公爵家に嫁いだ。  愛しい彼の、弟の妻としてーーー。  

【完】瓶底メガネの聖女様

らんか
恋愛
伯爵家の娘なのに、実母亡き後、後妻とその娘がやってきてから虐げられて育ったオリビア。 傷つけられ、生死の淵に立ったその時に、前世の記憶が蘇り、それと同時に魔力が発現した。 実家から事実上追い出された形で、家を出たオリビアは、偶然出会った人達の助けを借りて、今まで奪われ続けた、自分の大切なもの取り戻そうと奮闘する。 そんな自分にいつも寄り添ってくれるのは……。

婚約お断り令嬢ですわ ~奇行で縁談を潰していたら本命騎士に再会しました~

鍛高譚
恋愛
婚約話? 結構ですわ。 私には――子供の頃に命を救ってくれた“黒髪の騎士”がいるのですから。 公爵令嬢アンネローゼ・フォン・グレイシアは、才色兼備の完璧令嬢……だった。 だが、ある日から突如“奇行”に走り始める。正座で舞踏会に参加? スープにストロー? 謎のポエム朗読? そう、それはすべて――望まぬ婚約をぶち壊すため! 王族、貴族、策略家、演技派……次々と舞い込む政略結婚の話。 アンネローゼはあの手この手で縁談をぶった斬り、恋も名誉も自由も手に入れる! すべての婚約破棄は、たった一人の人に出会うため―― 「破談のアンネローゼ様」が貫く、“本当の婚約”とは? 痛快!恋愛ざまぁ×ラブコメディ×ハッピーエンド! 破談上等のお嬢様が、本物の愛を掴むまでの逆転劇が今、始まりますわ!

離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています

腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。 「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」 そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった! 今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。 冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。 彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――

【完結】エレクトラの婚約者

buchi
恋愛
しっかり者だが自己評価低めのエレクトラ。婚約相手は年下の美少年。迷うわー エレクトラは、平凡な伯爵令嬢。 父の再婚で家に乗り込んできた義母と義姉たちにいいようにあしらわれ、困り果てていた。 そこへ父がエレクトラに縁談を持ち込むが、二歳年下の少年で爵位もなければ金持ちでもない。 エレクトラは悩むが、義母は借金のカタにエレクトラに別な縁談を押し付けてきた。 もう自立するわ!とエレクトラは親友の王弟殿下の娘の侍女になろうと決意を固めるが…… 11万字とちょっと長め。 謙虚過ぎる性格のエレクトラと、優しいけど訳アリの高貴な三人の女友達、実は執着強めの天才肌の婚約予定者、扱いに困る義母と義姉が出てきます。暇つぶしにどうぞ。 タグにざまぁが付いていますが、義母や義姉たちが命に別状があったり、とことんひどいことになるザマァではないです。 まあ、そうなるよね〜みたいな因果応報的なざまぁです。

処理中です...