【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~

朝日みらい

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第17章 ざまぁ、公爵子息

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 王の裁きが下りた日、王都の空は雲ひとつない蒼さを見せていました。  
 それはまるで、濁った過去がようやく洗い流されたかのような青でした。

 ルネ・ヴァルモンドの裁定は、王宮正殿にて執り行われました。  
 大理石の床にひざまずく彼の姿は、かつての華やぎを失い、見る影もありません。  
 豪奢だった髪は乱れ、金色の光もどこか鈍く濁っています。

「陛下! 私は罠にかけられたのです!」  
 必死の弁明が響き渡りましたが、誰も耳を貸そうとはしません。  
 その声には、もはや威厳も気品もありませんでした。

「証拠は揃っている。」  
 玉座の王が静かに言葉を落とします。  
「お前の帳簿、印章、そしてクラリッサ・ヴェイルの記した記録。  
 いずれも、お前の罪の証左である。」

 侍従が封を掲げ、手紙の一節を読み上げました。

「――“あの日、王都の財務官が不自然に屋敷を訪れた”と記録されています。  
 それは金庫が空になった日と一致します。」

 ルネの顔が引きつり、場の空気が重く張り詰めました。  
 貴族たちが息を潜める中、アルフォンス様が一歩前に出ました。

 灰色の瞳が真っ直ぐルネを射抜きます。  
 その静かな光には怒りも罵倒もなく、ただ冷たい真実だけが宿っていました。

「……お前が笑った女こそ、真実の貴婦人だ。」  
「なに……?」

「お前が恥と呼んだ“情”は、俺を人に戻した。  
 お前が棄てた“心”こそが、俺たちの誇りだ。」

 その声が王宮の天井に吸い込まれる。  
 誰もが息をひそめたまま動けない――まるで時が止まったようでした。

「ざまぁみろ、公爵子息。」

 その一言は低く、淡々と、それでいて不思議なほど美しく響きました。  
 氷が砕ける音にも似た、静かな勝利の宣言。

 わたしは息を呑みました。  
 あの冷たい瞳が今はどこまでも熱を宿している――その目で見つめられた瞬間、胸の奥で涙がこぼれそうになりました。

 ルネはもはや言葉もなく、うつむいたまま鎖に引かれて連れ出されました。  
 石畳を引きずる音だけが響き、扉が静かに閉じたあと、残ったのは溶けるような静寂のみ。

 その沈黙の中で、王が重々しく言葉を発します。
「ヴァルモンド家は解体とする。爵位、剥奪。」

 その音が響いた瞬間、長い冬が完全に終わった気がしました。  
 わたしは静かに頭を垂れました。  
 復讐の喜びではなく、“過去と向き合えた”という清らかな安堵が胸に広がっていました。



 正殿を出ると、昼の陽光がまぶしいほどに差し込んでいました。  
 白い石壁に反射する光が温かく、春の匂いさえ感じます。  
 庭園の花壇では、王都の花々が風に揺れていました。

 その光の中でアルフォンス様が静かに立っていました。  
 人々が遠巻きに見つめる中、彼だけがまっすぐにわたしへ歩み寄ります。

「終わったな」

「……はい」

「お前がよく耐えた。もう振り返るな」

 その言葉に頷きながら、なぜか胸の奥が温かく震えます。  
 彼が不器用に手を伸ばし、わたしの頬に触れました。  
 指先がわずかに震えて、それでも確かに優しかった。

「この手で、痛みも涙も拭えるならいいが……」

「もう十分です。だって、あなたはわたしを見てくださった」

 目が合った瞬間、ふっと彼が息をつき、口元をかすかに緩めます。  
 これまでの冷たさの中に、初めて見せる“安らぎ”の笑み。

「行こう。お前の春の庭が待っている」

「はい……アルフォンス様」

 並んで歩き出した瞬間、胸の内で何かがほどけました。  
 嘲りも屈辱も、もう何ひとつ怖くありません。  
 この人の隣にいる限り、わたしの心は凍えないのです。



 夜、宿に戻ると、灯の下でペンを取りました。

『十七通目。  
 今日、あの人の言葉が、長い過去を終わらせました。  
 ざまぁ、というひとことで全てが報われた気がします。  
 でも私が本当に望んでいたのは復讐ではなく、誇りを示すことでした。  
 彼と共に、胸を張って前を向きたい。』

 手紙を書き終え、外を見ると夜空に月が浮かんでいました。  
 雪のない、穏やかな春の月です。  
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