【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~

朝日みらい

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第16章 王の召喚

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 王都に春の風が吹きはじめたある日、再び王城から召喚の使者が訪れました。  
 銀色の封蝋が施された文書。差出人は――陛下その人です。

「ルネ・ヴァルモンド公爵子息に、不正の疑いあり。  
 クラリッサ・ヴェイル、当人に関する証言を求む。」

 読み終えた瞬間、心臓が波打ちました。  
 思いがけない展開に指先が震えます。

 そばで立つアルフォンス様は、いつになく静かな顔でした。  
「いよいよ、王が動いたか。奴の噂が真実を追い越したらしい」

「わたしが、証言を……?」

 その問いに彼は頷きます。灰色の瞳が真っ直ぐにわたしを見ていました。  
「お前の中に、真実がある。お前の手紙こそが鍵だ。」

「……手紙?」

 驚いて彼を見返すと、アルフォンス様は静かに微笑みました。  
「記録だ。日付も出来事も、心の動きまで正確に残っている。  
 あの男が王家の金庫の金を持ち出した時も、お前は夜会の日付を書き残していた」

 わたしは息をのんで頷きました。  
 あの“痛みを記した日々”が、今は誰かを救うための記録になる。  
 その不思議なめぐり合わせに胸が震えました。

「……はい、陛下の御前で、わたくし自身の言葉でお話しします」

「無理はするな。だが、俺はお前を誇りに思う」

 その一言に、すべての恐れが溶けていく気がしました。



 翌日、王城の玉座の間。  
 壮麗な天井画の下に、重い沈黙が降りています。  
 王の前には、鎖を着けられたルネ・ヴァルモンドが跪いていました。  
 彼の顔には未だ自信と傲慢の影があり、わたしを見る瞳も嘲るようでした。

「陛下、誤解でございます。  
 私はただ、領地の資金を保管していただけで――」

「ほう、ではなぜ王家の印章を勝手に使用した?」

 王の問いに、ルネは口を詰まらせます。  
 側近が一歩前に出て告げました。

「この件について、当時の王都夜会に記録を残す者がいます。クラリッサ・ヴェイル侯爵夫人。」

 呼ばれた瞬間、全視線がいっせいにこちらを向きました。  
 心臓が跳ねる音を胸の奥で押し殺し、静かに階段を上ります。

「クラリッサ・ヴェイル――申せ」

「はい、陛下」

 頭を下げ、手紙の束を胸に抱えて前に進みました。  
 王の前で膝をつき、封をひとつひとつ開きます。

「ここにございますのは、わたくしが日々母へ書き綴った書簡です。  
 内容の多くは私事でございますが……中に、事件の日付が記されております」

 息をのむ音が広間に走ります。  
 王の示唆により、侍従が一通を読み上げました。

「第七通――“あの日、王都の金庫が開かれ、貴族たちは夜会で新しい装飾品を誇っていた”」

 その日付は、まさに横領事件が発生した当日と一致していました。  
 ルネの顔色がみるみるうちに青ざめていきます。

「ま、待ってください! ただの私信に過ぎません!」

「だが、偶然にしては出来すぎているな。  
 しかもお前の屋敷の出入りがその日、帳簿で確認されている」

 王の冷たい声に、場の空気が氷のように張りつめました。

 ルネはしばらく沈黙していましたが、やがて笑い声をあげました。  
「……なるほど。手紙で罪を暴かれるとは。  
 やはりお前は、俺の足かせでしかなかったな、クラリッサ!」

 その叫びより早く、別の声が響きます。  
 重く深い――聞き慣れた声。

「違う。お前を暴いたのは、真実だ。  
 そしてその真実を守ったのは、この女だ。」

 アルフォンス様が、ゆっくりと前に進み出ていました。  
 玉座の間の光が彼の外套を照らし、その姿は凛然として揺るぎありません。

「お前が笑った女こそ、真実の貴婦人だ。  
 俺は彼女に、誇りを教えられた。」

 その言葉に、広間が静まり返りました。  
 視線がわたしに集まっても、もう怖くありません。  
 わたしはただ、胸の中にある熱を抱きしめていました。

 やがて、王がゆっくりと頷きました。

「罪状、明白。ルネ・ヴァルモンド、爵位剥奪および国外追放を命ず。」

 高らかな宣告とともに、長かった過去が終わりました。  
 鎖を引かれ、失意に沈むルネの姿が遠ざかっていきます。



 玉座の前の階段に立ち尽くしていると、アルフォンス様がそっと近づいてきました。  
 その手が、わたしの肩に触れます。

「……よくやった」

「いえ、わたしの書いた手紙が、たまたま役に立っただけです」

「たまたまではない。お前が信じて書いた言葉が、正義になった」

 その声に、胸の奥で何かが熱く弾けました。

「アルフォンス様……」

「帰ろう。雪の国が――あの庭が、お前を待っている」

 灰色の瞳が穏やかに笑いました。  
 その笑みに、わたしも涙をこぼしながら微笑みました。



 その夜、宿舎で最後の灯を落とす前に、わたしはまた手紙を書きました。

『十六通目。  
 今日、わたしは過去の鎖を断ちました。  
 昔の痛みが、今では誇りに変わっています。  
 そして、あの人の隣に戻ることを心から願いました。』

 窓の外では、春風が花びらをさらっていきます。  
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