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第16章 王の召喚
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王都に春の風が吹きはじめたある日、再び王城から召喚の使者が訪れました。
銀色の封蝋が施された文書。差出人は――陛下その人です。
「ルネ・ヴァルモンド公爵子息に、不正の疑いあり。
クラリッサ・ヴェイル、当人に関する証言を求む。」
読み終えた瞬間、心臓が波打ちました。
思いがけない展開に指先が震えます。
そばで立つアルフォンス様は、いつになく静かな顔でした。
「いよいよ、王が動いたか。奴の噂が真実を追い越したらしい」
「わたしが、証言を……?」
その問いに彼は頷きます。灰色の瞳が真っ直ぐにわたしを見ていました。
「お前の中に、真実がある。お前の手紙こそが鍵だ。」
「……手紙?」
驚いて彼を見返すと、アルフォンス様は静かに微笑みました。
「記録だ。日付も出来事も、心の動きまで正確に残っている。
あの男が王家の金庫の金を持ち出した時も、お前は夜会の日付を書き残していた」
わたしは息をのんで頷きました。
あの“痛みを記した日々”が、今は誰かを救うための記録になる。
その不思議なめぐり合わせに胸が震えました。
「……はい、陛下の御前で、わたくし自身の言葉でお話しします」
「無理はするな。だが、俺はお前を誇りに思う」
その一言に、すべての恐れが溶けていく気がしました。
*
翌日、王城の玉座の間。
壮麗な天井画の下に、重い沈黙が降りています。
王の前には、鎖を着けられたルネ・ヴァルモンドが跪いていました。
彼の顔には未だ自信と傲慢の影があり、わたしを見る瞳も嘲るようでした。
「陛下、誤解でございます。
私はただ、領地の資金を保管していただけで――」
「ほう、ではなぜ王家の印章を勝手に使用した?」
王の問いに、ルネは口を詰まらせます。
側近が一歩前に出て告げました。
「この件について、当時の王都夜会に記録を残す者がいます。クラリッサ・ヴェイル侯爵夫人。」
呼ばれた瞬間、全視線がいっせいにこちらを向きました。
心臓が跳ねる音を胸の奥で押し殺し、静かに階段を上ります。
「クラリッサ・ヴェイル――申せ」
「はい、陛下」
頭を下げ、手紙の束を胸に抱えて前に進みました。
王の前で膝をつき、封をひとつひとつ開きます。
「ここにございますのは、わたくしが日々母へ書き綴った書簡です。
内容の多くは私事でございますが……中に、事件の日付が記されております」
息をのむ音が広間に走ります。
王の示唆により、侍従が一通を読み上げました。
「第七通――“あの日、王都の金庫が開かれ、貴族たちは夜会で新しい装飾品を誇っていた”」
その日付は、まさに横領事件が発生した当日と一致していました。
ルネの顔色がみるみるうちに青ざめていきます。
「ま、待ってください! ただの私信に過ぎません!」
「だが、偶然にしては出来すぎているな。
しかもお前の屋敷の出入りがその日、帳簿で確認されている」
王の冷たい声に、場の空気が氷のように張りつめました。
ルネはしばらく沈黙していましたが、やがて笑い声をあげました。
「……なるほど。手紙で罪を暴かれるとは。
やはりお前は、俺の足かせでしかなかったな、クラリッサ!」
その叫びより早く、別の声が響きます。
重く深い――聞き慣れた声。
「違う。お前を暴いたのは、真実だ。
そしてその真実を守ったのは、この女だ。」
アルフォンス様が、ゆっくりと前に進み出ていました。
玉座の間の光が彼の外套を照らし、その姿は凛然として揺るぎありません。
「お前が笑った女こそ、真実の貴婦人だ。
俺は彼女に、誇りを教えられた。」
その言葉に、広間が静まり返りました。
視線がわたしに集まっても、もう怖くありません。
わたしはただ、胸の中にある熱を抱きしめていました。
やがて、王がゆっくりと頷きました。
「罪状、明白。ルネ・ヴァルモンド、爵位剥奪および国外追放を命ず。」
高らかな宣告とともに、長かった過去が終わりました。
鎖を引かれ、失意に沈むルネの姿が遠ざかっていきます。
*
玉座の前の階段に立ち尽くしていると、アルフォンス様がそっと近づいてきました。
その手が、わたしの肩に触れます。
「……よくやった」
「いえ、わたしの書いた手紙が、たまたま役に立っただけです」
「たまたまではない。お前が信じて書いた言葉が、正義になった」
その声に、胸の奥で何かが熱く弾けました。
「アルフォンス様……」
「帰ろう。雪の国が――あの庭が、お前を待っている」
灰色の瞳が穏やかに笑いました。
その笑みに、わたしも涙をこぼしながら微笑みました。
*
その夜、宿舎で最後の灯を落とす前に、わたしはまた手紙を書きました。
『十六通目。
今日、わたしは過去の鎖を断ちました。
昔の痛みが、今では誇りに変わっています。
そして、あの人の隣に戻ることを心から願いました。』
窓の外では、春風が花びらをさらっていきます。
銀色の封蝋が施された文書。差出人は――陛下その人です。
「ルネ・ヴァルモンド公爵子息に、不正の疑いあり。
クラリッサ・ヴェイル、当人に関する証言を求む。」
読み終えた瞬間、心臓が波打ちました。
思いがけない展開に指先が震えます。
そばで立つアルフォンス様は、いつになく静かな顔でした。
「いよいよ、王が動いたか。奴の噂が真実を追い越したらしい」
「わたしが、証言を……?」
その問いに彼は頷きます。灰色の瞳が真っ直ぐにわたしを見ていました。
「お前の中に、真実がある。お前の手紙こそが鍵だ。」
「……手紙?」
驚いて彼を見返すと、アルフォンス様は静かに微笑みました。
「記録だ。日付も出来事も、心の動きまで正確に残っている。
あの男が王家の金庫の金を持ち出した時も、お前は夜会の日付を書き残していた」
わたしは息をのんで頷きました。
あの“痛みを記した日々”が、今は誰かを救うための記録になる。
その不思議なめぐり合わせに胸が震えました。
「……はい、陛下の御前で、わたくし自身の言葉でお話しします」
「無理はするな。だが、俺はお前を誇りに思う」
その一言に、すべての恐れが溶けていく気がしました。
*
翌日、王城の玉座の間。
壮麗な天井画の下に、重い沈黙が降りています。
王の前には、鎖を着けられたルネ・ヴァルモンドが跪いていました。
彼の顔には未だ自信と傲慢の影があり、わたしを見る瞳も嘲るようでした。
「陛下、誤解でございます。
私はただ、領地の資金を保管していただけで――」
「ほう、ではなぜ王家の印章を勝手に使用した?」
王の問いに、ルネは口を詰まらせます。
側近が一歩前に出て告げました。
「この件について、当時の王都夜会に記録を残す者がいます。クラリッサ・ヴェイル侯爵夫人。」
呼ばれた瞬間、全視線がいっせいにこちらを向きました。
心臓が跳ねる音を胸の奥で押し殺し、静かに階段を上ります。
「クラリッサ・ヴェイル――申せ」
「はい、陛下」
頭を下げ、手紙の束を胸に抱えて前に進みました。
王の前で膝をつき、封をひとつひとつ開きます。
「ここにございますのは、わたくしが日々母へ書き綴った書簡です。
内容の多くは私事でございますが……中に、事件の日付が記されております」
息をのむ音が広間に走ります。
王の示唆により、侍従が一通を読み上げました。
「第七通――“あの日、王都の金庫が開かれ、貴族たちは夜会で新しい装飾品を誇っていた”」
その日付は、まさに横領事件が発生した当日と一致していました。
ルネの顔色がみるみるうちに青ざめていきます。
「ま、待ってください! ただの私信に過ぎません!」
「だが、偶然にしては出来すぎているな。
しかもお前の屋敷の出入りがその日、帳簿で確認されている」
王の冷たい声に、場の空気が氷のように張りつめました。
ルネはしばらく沈黙していましたが、やがて笑い声をあげました。
「……なるほど。手紙で罪を暴かれるとは。
やはりお前は、俺の足かせでしかなかったな、クラリッサ!」
その叫びより早く、別の声が響きます。
重く深い――聞き慣れた声。
「違う。お前を暴いたのは、真実だ。
そしてその真実を守ったのは、この女だ。」
アルフォンス様が、ゆっくりと前に進み出ていました。
玉座の間の光が彼の外套を照らし、その姿は凛然として揺るぎありません。
「お前が笑った女こそ、真実の貴婦人だ。
俺は彼女に、誇りを教えられた。」
その言葉に、広間が静まり返りました。
視線がわたしに集まっても、もう怖くありません。
わたしはただ、胸の中にある熱を抱きしめていました。
やがて、王がゆっくりと頷きました。
「罪状、明白。ルネ・ヴァルモンド、爵位剥奪および国外追放を命ず。」
高らかな宣告とともに、長かった過去が終わりました。
鎖を引かれ、失意に沈むルネの姿が遠ざかっていきます。
*
玉座の前の階段に立ち尽くしていると、アルフォンス様がそっと近づいてきました。
その手が、わたしの肩に触れます。
「……よくやった」
「いえ、わたしの書いた手紙が、たまたま役に立っただけです」
「たまたまではない。お前が信じて書いた言葉が、正義になった」
その声に、胸の奥で何かが熱く弾けました。
「アルフォンス様……」
「帰ろう。雪の国が――あの庭が、お前を待っている」
灰色の瞳が穏やかに笑いました。
その笑みに、わたしも涙をこぼしながら微笑みました。
*
その夜、宿舎で最後の灯を落とす前に、わたしはまた手紙を書きました。
『十六通目。
今日、わたしは過去の鎖を断ちました。
昔の痛みが、今では誇りに変わっています。
そして、あの人の隣に戻ることを心から願いました。』
窓の外では、春風が花びらをさらっていきます。
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