【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~

朝日みらい

文字の大きさ
17 / 20

第17章 ざまぁ、公爵子息

しおりを挟む
 王の裁きが下りた日、王都の空は雲ひとつない蒼さを見せていました。  
 それはまるで、濁った過去がようやく洗い流されたかのような青でした。

 ルネ・ヴァルモンドの裁定は、王宮正殿にて執り行われました。  
 大理石の床にひざまずく彼の姿は、かつての華やぎを失い、見る影もありません。  
 豪奢だった髪は乱れ、金色の光もどこか鈍く濁っています。

「陛下! 私は罠にかけられたのです!」  
 必死の弁明が響き渡りましたが、誰も耳を貸そうとはしません。  
 その声には、もはや威厳も気品もありませんでした。

「証拠は揃っている。」  
 玉座の王が静かに言葉を落とします。  
「お前の帳簿、印章、そしてクラリッサ・ヴェイルの記した記録。  
 いずれも、お前の罪の証左である。」

 侍従が封を掲げ、手紙の一節を読み上げました。

「――“あの日、王都の財務官が不自然に屋敷を訪れた”と記録されています。  
 それは金庫が空になった日と一致します。」

 ルネの顔が引きつり、場の空気が重く張り詰めました。  
 貴族たちが息を潜める中、アルフォンス様が一歩前に出ました。

 灰色の瞳が真っ直ぐルネを射抜きます。  
 その静かな光には怒りも罵倒もなく、ただ冷たい真実だけが宿っていました。

「……お前が笑った女こそ、真実の貴婦人だ。」  
「なに……?」

「お前が恥と呼んだ“情”は、俺を人に戻した。  
 お前が棄てた“心”こそが、俺たちの誇りだ。」

 その声が王宮の天井に吸い込まれる。  
 誰もが息をひそめたまま動けない――まるで時が止まったようでした。

「ざまぁみろ、公爵子息。」

 その一言は低く、淡々と、それでいて不思議なほど美しく響きました。  
 氷が砕ける音にも似た、静かな勝利の宣言。

 わたしは息を呑みました。  
 あの冷たい瞳が今はどこまでも熱を宿している――その目で見つめられた瞬間、胸の奥で涙がこぼれそうになりました。

 ルネはもはや言葉もなく、うつむいたまま鎖に引かれて連れ出されました。  
 石畳を引きずる音だけが響き、扉が静かに閉じたあと、残ったのは溶けるような静寂のみ。

 その沈黙の中で、王が重々しく言葉を発します。
「ヴァルモンド家は解体とする。爵位、剥奪。」

 その音が響いた瞬間、長い冬が完全に終わった気がしました。  
 わたしは静かに頭を垂れました。  
 復讐の喜びではなく、“過去と向き合えた”という清らかな安堵が胸に広がっていました。



 正殿を出ると、昼の陽光がまぶしいほどに差し込んでいました。  
 白い石壁に反射する光が温かく、春の匂いさえ感じます。  
 庭園の花壇では、王都の花々が風に揺れていました。

 その光の中でアルフォンス様が静かに立っていました。  
 人々が遠巻きに見つめる中、彼だけがまっすぐにわたしへ歩み寄ります。

「終わったな」

「……はい」

「お前がよく耐えた。もう振り返るな」

 その言葉に頷きながら、なぜか胸の奥が温かく震えます。  
 彼が不器用に手を伸ばし、わたしの頬に触れました。  
 指先がわずかに震えて、それでも確かに優しかった。

「この手で、痛みも涙も拭えるならいいが……」

「もう十分です。だって、あなたはわたしを見てくださった」

 目が合った瞬間、ふっと彼が息をつき、口元をかすかに緩めます。  
 これまでの冷たさの中に、初めて見せる“安らぎ”の笑み。

「行こう。お前の春の庭が待っている」

「はい……アルフォンス様」

 並んで歩き出した瞬間、胸の内で何かがほどけました。  
 嘲りも屈辱も、もう何ひとつ怖くありません。  
 この人の隣にいる限り、わたしの心は凍えないのです。



 夜、宿に戻ると、灯の下でペンを取りました。

『十七通目。  
 今日、あの人の言葉が、長い過去を終わらせました。  
 ざまぁ、というひとことで全てが報われた気がします。  
 でも私が本当に望んでいたのは復讐ではなく、誇りを示すことでした。  
 彼と共に、胸を張って前を向きたい。』

 手紙を書き終え、外を見ると夜空に月が浮かんでいました。  
 雪のない、穏やかな春の月です。  
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王妃はただ、殺されないことを願う

柴田はつみ
恋愛
一度目の人生で、愛する国王の剣によって結婚半年で殺されたお飾り王妃リリアナ。彼女は運命に抗うことなく、隣国から送られた「呪いの血を持つ王妃」として処断された。 しかし、リリアナは婚礼直後に時を戻して転生する。二度目の人生、彼女に残された時間は、運命の冬至の夜会までの半年間。 リリアナは、以前のような無垢な愛を国王アレスに捧げることをやめ、「殺されない」ため、そして「愛する人を裏切り者にしたくない」ために、冷徹な「お飾りの王妃」として振る舞い始める。

婚約お断り令嬢ですわ ~奇行で縁談を潰していたら本命騎士に再会しました~

鍛高譚
恋愛
婚約話? 結構ですわ。 私には――子供の頃に命を救ってくれた“黒髪の騎士”がいるのですから。 公爵令嬢アンネローゼ・フォン・グレイシアは、才色兼備の完璧令嬢……だった。 だが、ある日から突如“奇行”に走り始める。正座で舞踏会に参加? スープにストロー? 謎のポエム朗読? そう、それはすべて――望まぬ婚約をぶち壊すため! 王族、貴族、策略家、演技派……次々と舞い込む政略結婚の話。 アンネローゼはあの手この手で縁談をぶった斬り、恋も名誉も自由も手に入れる! すべての婚約破棄は、たった一人の人に出会うため―― 「破談のアンネローゼ様」が貫く、“本当の婚約”とは? 痛快!恋愛ざまぁ×ラブコメディ×ハッピーエンド! 破談上等のお嬢様が、本物の愛を掴むまでの逆転劇が今、始まりますわ!

【完結】ロザリンダ嬢の憂鬱~手紙も来ない 婚約者 vs シスコン 熾烈な争い

buchi
恋愛
後ろ盾となる両親の死後、婚約者が冷たい……ロザリンダは婚約者の王太子殿下フィリップの変容に悩んでいた。手紙もプレゼントも来ない上、夜会に出れば、他の令嬢たちに取り囲まれている。弟からはもう、婚約など止めてはどうかと助言され…… 視点が話ごとに変わります。タイトルに誰の視点なのか入っています(入ってない場合もある)。話ごとの文字数が違うのは、場面が変わるから(言い訳)

沈黙の指輪 ―公爵令嬢の恋慕―

柴田はつみ
恋愛
公爵家の令嬢シャルロッテは、政略結婚で財閥御曹司カリウスと結ばれた。 最初は形式だけの結婚だったが、優しく包み込むような夫の愛情に、彼女の心は次第に解けていく。 しかし、蜜月のあと訪れたのは小さな誤解の連鎖だった。 カリウスの秘書との噂、消えた指輪、隠された手紙――そして「君を幸せにできない」という冷たい言葉。 離婚届の上に、涙が落ちる。 それでもシャルロッテは信じたい。 あの日、薔薇の庭で誓った“永遠”を。 すれ違いと沈黙の夜を越えて、二人の愛はもう一度咲くのだろうか。

【完結】エレクトラの婚約者

buchi
恋愛
しっかり者だが自己評価低めのエレクトラ。婚約相手は年下の美少年。迷うわー エレクトラは、平凡な伯爵令嬢。 父の再婚で家に乗り込んできた義母と義姉たちにいいようにあしらわれ、困り果てていた。 そこへ父がエレクトラに縁談を持ち込むが、二歳年下の少年で爵位もなければ金持ちでもない。 エレクトラは悩むが、義母は借金のカタにエレクトラに別な縁談を押し付けてきた。 もう自立するわ!とエレクトラは親友の王弟殿下の娘の侍女になろうと決意を固めるが…… 11万字とちょっと長め。 謙虚過ぎる性格のエレクトラと、優しいけど訳アリの高貴な三人の女友達、実は執着強めの天才肌の婚約予定者、扱いに困る義母と義姉が出てきます。暇つぶしにどうぞ。 タグにざまぁが付いていますが、義母や義姉たちが命に別状があったり、とことんひどいことになるザマァではないです。 まあ、そうなるよね〜みたいな因果応報的なざまぁです。

偽りの婚約者だった私を捨てた公爵様が、今さら泣きついてきてももう遅いです

exdonuts
恋愛
かつて政略で婚約した公爵令息・レオンハルトに、一方的に婚約破棄を言い渡された令嬢クラリス。彼は別の令嬢に夢中になり、クラリスを冷たく切り捨てた。 だが、国外赴任で彼の目が届かなくなった数年後、クラリスは実家を離れて自らの力で商会を立ち上げ、華やかに再び社交界へと舞い戻る。 彼女の隣には、かつて一途に彼女を支え続けた騎士がいた――。 自分の過ちを悟った元婚約者が戻ってきても、もう遅い。 これは、冷遇された令嬢が愛と誇りを取り戻す“ざまぁ”と“溺愛”の物語。

【完結】恋が終わる、その隙に

七瀬菜々
恋愛
 秋。黄褐色に光るススキの花穂が畦道を彩る頃。  伯爵令嬢クロエ・ロレーヌは5年の婚約期間を経て、名門シルヴェスター公爵家に嫁いだ。  愛しい彼の、弟の妻としてーーー。  

【完結】その人が好きなんですね?なるほど。愚かな人、あなたには本当に何も見えていないんですね。

新川ねこ
恋愛
ざまぁありの令嬢もの短編集です。 1作品数話(5000文字程度)の予定です。

処理中です...