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第18章 25通目の手紙
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王都を離れる馬車の中で、わたしはずっと窓の外を眺めていました。
遠ざかる城壁、うねる緑の丘。
王城の白い塔が霞に消えたとき、ようやく息ができるような気がしました。
肩にかけられた外套の温もりは、アルフォンス様のものです。
隣の彼は黙したまま窓を見ていましたが、その横顔には以前よりも穏やかな光が宿っていました。
「お前は静かだな」
「はい。ようやく終わったのだと、そう思って」
「そうか。……だが、まだ終わっていない」
驚いて顔を向けると、彼の唇がわずかに動きました。
「お前の25通目を、まだ受け取っていない」
胸の奥がくすぐったくなり、思わず笑ってしまいました。
「そうでしたね。これで、最後の一通になるのですね」
「書くのか?」
「ええ。帰ったらすぐに」
*
数日後、グラウベル領に戻ると、屋敷は春そのものの景色に変わっていました。
白花の庭が再び咲き誇り、温室の中では若いつぼみたちが息づいています。
「お帰りなさいませ、奥様!」
ソフィとリオネルが駆け寄り、涙ぐみながら笑いました。
その懐かしい声に胸がいっぱいになります。
「ただいま。……ただいま戻りました」
見上げた空は眩しく、もう雪はどこにもありません。
あの氷の季節は、すべて過去になったのです。
*
夜。
暖炉の火が静かに揺れる書斎で、わたしは深呼吸をしてからペンを取りました。
長い旅の終わりに、ようやく書くことのできる最後の一通――
25通目の手紙。
『25通目。
これまで泣きながら書いた手紙も、想いを隠すために書いた手紙も、
今夜のように静かで穏やかな気持ちで書けたことはありません。
今はもう、涙の代わりに笑顔を書けそうです。』
ペンを置いた瞬間、背後からそっと温もりが近づいてきました。
気づけば肩に温かい手が置かれています。
「……やはり書いていたか」
振り向くと、アルフォンス様が立っていました。
淡い光の下で、その灰色の瞳がやわらかく笑んでいます。
「これで25通目だそうだな」
「はい。これで終わりです」
「終わりか」
彼は少しだけその言葉を噛みしめるように繰り返しました。
それから、わたしの肩を軽く引き寄せます。
背が触れ、息が混じる距離で囁かれました。
「もう手紙はいらない。これからは、俺がその言葉を聞く。」
「……そんなことを仰ると、筆が持てなくなってしまいますわ」
「それもいい」
唇の端が小さくゆるみ、そのまま彼の額がわたしの肩に触れました。
初めて見るほど安らかな表情。
あの厳格な氷の侯爵が、今は穏やかな春の人のように。
「お前がこの手で俺を作り直した。
25通の手紙が、俺を人間にしたんだ」
「そんな……わたしはただ、思いを綴っただけです」
「お前の思いが、俺の心を動かした。
それがすべてだ」
胸の奥がじんと熱くなり、言葉が出ませんでした。
彼の手がわたしの頬へ伸び、優しく触れます。
その指先の温もりに、知らず涙がこぼれました。
「せっかくの25通目だ。笑顔だけ書くつもりだったのにな」
「涙も、手紙の一部だろう」
小さく笑うその声が、耳元でやさしく溶けていきました。
長い時間をかけて、ようやく触れた確かな幸福の音でした。
*
深夜、外に出ると、白花の庭が月明かりに照らされていました。
風がそよぎ、花々がささやくように揺れます。
アルフォンス様が後ろから腕を回し、わたしを抱きしめました。
その腕の中で、わたしは小さく息をつきます。
「春は、もう終わりませんね」
「ああ。これからはずっと続く」
その言葉に、心から微笑みました。
庭を渡る風が白花の香りを運び、まるで過去の痛みを優しく包み込んでいくようでした。
『25通目、完。
これから先は、共に紡ぐ“未来の手紙”として綴っていきます。』
そう心の中でそっと呟き、わたしは彼の胸に寄り添いました。
月が、白花の庭を静かに照らし出しています。
遠ざかる城壁、うねる緑の丘。
王城の白い塔が霞に消えたとき、ようやく息ができるような気がしました。
肩にかけられた外套の温もりは、アルフォンス様のものです。
隣の彼は黙したまま窓を見ていましたが、その横顔には以前よりも穏やかな光が宿っていました。
「お前は静かだな」
「はい。ようやく終わったのだと、そう思って」
「そうか。……だが、まだ終わっていない」
驚いて顔を向けると、彼の唇がわずかに動きました。
「お前の25通目を、まだ受け取っていない」
胸の奥がくすぐったくなり、思わず笑ってしまいました。
「そうでしたね。これで、最後の一通になるのですね」
「書くのか?」
「ええ。帰ったらすぐに」
*
数日後、グラウベル領に戻ると、屋敷は春そのものの景色に変わっていました。
白花の庭が再び咲き誇り、温室の中では若いつぼみたちが息づいています。
「お帰りなさいませ、奥様!」
ソフィとリオネルが駆け寄り、涙ぐみながら笑いました。
その懐かしい声に胸がいっぱいになります。
「ただいま。……ただいま戻りました」
見上げた空は眩しく、もう雪はどこにもありません。
あの氷の季節は、すべて過去になったのです。
*
夜。
暖炉の火が静かに揺れる書斎で、わたしは深呼吸をしてからペンを取りました。
長い旅の終わりに、ようやく書くことのできる最後の一通――
25通目の手紙。
『25通目。
これまで泣きながら書いた手紙も、想いを隠すために書いた手紙も、
今夜のように静かで穏やかな気持ちで書けたことはありません。
今はもう、涙の代わりに笑顔を書けそうです。』
ペンを置いた瞬間、背後からそっと温もりが近づいてきました。
気づけば肩に温かい手が置かれています。
「……やはり書いていたか」
振り向くと、アルフォンス様が立っていました。
淡い光の下で、その灰色の瞳がやわらかく笑んでいます。
「これで25通目だそうだな」
「はい。これで終わりです」
「終わりか」
彼は少しだけその言葉を噛みしめるように繰り返しました。
それから、わたしの肩を軽く引き寄せます。
背が触れ、息が混じる距離で囁かれました。
「もう手紙はいらない。これからは、俺がその言葉を聞く。」
「……そんなことを仰ると、筆が持てなくなってしまいますわ」
「それもいい」
唇の端が小さくゆるみ、そのまま彼の額がわたしの肩に触れました。
初めて見るほど安らかな表情。
あの厳格な氷の侯爵が、今は穏やかな春の人のように。
「お前がこの手で俺を作り直した。
25通の手紙が、俺を人間にしたんだ」
「そんな……わたしはただ、思いを綴っただけです」
「お前の思いが、俺の心を動かした。
それがすべてだ」
胸の奥がじんと熱くなり、言葉が出ませんでした。
彼の手がわたしの頬へ伸び、優しく触れます。
その指先の温もりに、知らず涙がこぼれました。
「せっかくの25通目だ。笑顔だけ書くつもりだったのにな」
「涙も、手紙の一部だろう」
小さく笑うその声が、耳元でやさしく溶けていきました。
長い時間をかけて、ようやく触れた確かな幸福の音でした。
*
深夜、外に出ると、白花の庭が月明かりに照らされていました。
風がそよぎ、花々がささやくように揺れます。
アルフォンス様が後ろから腕を回し、わたしを抱きしめました。
その腕の中で、わたしは小さく息をつきます。
「春は、もう終わりませんね」
「ああ。これからはずっと続く」
その言葉に、心から微笑みました。
庭を渡る風が白花の香りを運び、まるで過去の痛みを優しく包み込んでいくようでした。
『25通目、完。
これから先は、共に紡ぐ“未来の手紙”として綴っていきます。』
そう心の中でそっと呟き、わたしは彼の胸に寄り添いました。
月が、白花の庭を静かに照らし出しています。
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