秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ

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剣術大会

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薄暗い灯りに照らされ、ぐったりと眠り込むノア様の頬には黒く艶やかな髪が張り付いている。

汗ばむ額を冷たく濡らした布巾で何度も拭いては、張り付いた髪を指で掬いあげる。いつもはさらさらと靡く黒髪も、今は熱のせいかしっとりとしている。

部屋の中はしんとしており、ノア様がお作りになった何かが時折カタカタと音を鳴らしている。

わたしが帰宅してしまうと、ノア様はこのお部屋に一人きりだ。

いつもならいるはずのない時間にこうしてここにいると、部屋の風景はいつもとは違うように見えてくる。

「…ん」

寝返りを打つノア様の吐息は、先ほどまでの熱っぽいものと比べだいぶ落ち着いてきたようだ。

もう一度冷たい布巾で額を拭うと、少しだけ表情が和らいだような気がする。

「少し、楽になりましたか?」

「…ん」

薬が効いてきたのだろう。

ふらふらとするノア様の姿に慌ててルドルフ様を呼びに行くと、ルドルフ様は冷静に対応して下さった。

ルドルフ様に連れられてきた医師は特段何かの病気ではないだろうと、念のため薬を処方し明日になっても熱が下がらなければまた呼ぶよう指示して部屋を去って行った。

どうゆう理由でノア様があの場におられたのかはわからない。

わかるのは、ずっとここで過ごされてきたノア様にとって、あれだけの群衆の中に身をおくことは相当な疲弊を招いただろうと言うことだ。

五妃の後ろにいる見慣れない侍女が初めは目についた。

侍女とは言っても、各妃たちにつけられた侍女たちは皆相当な腕を持つものばかりで、恐らくは王直属の配下の者たちだ。

余計なことは話さない、言わない寡黙な者たちだ。

五妃の侍女以外はすんとして侍っているように見えるが、恐ろしいほど周囲を警戒しているのが遠目にもわかる。

一人だけが無防備で、そわそわと落ち着かないように見えていた。

ベールに覆われた顔は見えない。

なんとなく気になり視線を送るたび、目が合ったような錯覚に陥った。

小柄で華奢な、少しだけ猫背のその侍女は……ノア様?

まさか、そんなはずは。

何度も確認するように目を向けたが、少しだけ垣間見える素肌の白さや、ちょこちょことした動きの一つ一つがノア様のように思えてならない。

厳しい決勝の最中、観客席に立つ侍女のベールが一瞬だけ風に靡いて口元が見えたとき、確信した。

ノア様だ。

今すぐ駆け付けてお守りしなければと、そう思った。

気がつくと辺りは歓声に包まれており、多くの観衆がいる中で、祈るように手を組んで立ち尽くすノア様の姿だけが目に入っていた。

捲れあがったベールは元通りで、顔はすっかりと隠れている。

試合のことなど忘れて、ほっとした。

誰よりも一番に結果をお伝えしたかったのに、色々と足止めが多く、ノア様の元を訪れる時間はだいぶ遅くなってしまった。

試合よりも何よりも、初めてこの部屋を出られたノア様の護衛を務められなかったことが、一番悔やまれる。

寝返りのせいでずり落ちた肌掛けをかけ直すと、薄らとノア様が目を開いた。

薄紫の瞳が、ぼんやりとわたしの姿を映し出す。

「…ん?…ユリ、ウス?」

「気がつかれましたか?」

「…どして?」

「発熱されたのです。心配しました。少し落ち着かれましたか?」

「…んんん、どうだろ、わかんない。まだ、ぼうっとする。」

ノア様は天井を見上げて、何度かゆっくりと瞬きをしている。

「まだ深夜です。どうかゆっくりおやすみ下さい。」

「……ん。そこの引き出し、開けて。」

指さされた引き出しを開けると、細々とした小さな部品の傍に手のひらほどの黒い箱が入っている。

「その箱、とって。」

「こちらですか?」

「そう、それ。」

手渡した箱を受け取ると、蓋を開けて中から取りだしたのは、コインより少し大きなメダルだ。

「はい。」

「…?」

「大会が終わったら、渡そうと思っていたんだ。俺が作ったやつ。」

金色のメダルには文字が刻まれており、金色の鎖が繋がっている。

「ノア様が?」

「そうだよ。だからずっと寝不足でさ。熱もそのせいかもな。」

「…わたしに、ですか?」

「そうだよ。優勝して欲しかったけど、できなくても俺の優勝はユリウスだからさ。あ、でも本物の金じゃないぞ。メッキで悪いな。」

受け取ろうと手を伸ばしたところで、まだ熱のせいか赤らんだ頬をしながらメダルを渡そうとしていた手を引っ込めてしまわれる。

「本当に優勝したんだから、こんなのいらないか?なんか、すごい勲章とアミュレットを貰っていたもんな。」

俯くノア様の手には、ぎゅっとメダルが握りしめられている。

「いえ。頂けるのであれば、頂戴したいです。」

「本当に?」

ぱっと顔をあげたそのお顔は嬉しそうに綻んでいて、わたしの心は和んでいく。

「はい。是非。」

「じゃあ、ちょっと頭をかがめて。」

ゆっくりと上半身を起こしたノア様から、おぼつかない手つきでわたしの首にメダルが掛けられた。

「優勝おめでとう、ユリウス。」

「ありかだき幸せでございます。」

「…なんか、その台詞、固いな。」

「そうでしょうか。」

「ユリウスらしいな。」

そう言って笑うノア様の頬は赤いままで、熱が下がり切った訳ではない。

「今晩は、ずっと、ここにいるのか?」

「ルドルフ様を通して、王からも許可を得ております。」

「そうか。なんか、こんな時間にユリウスがここにいるなんて、不思議だな。」

「そうですね。」

「もう少し、話していてもいいか?」

「少しだけですよ。」

わたしも渡すべきかどうか、ずっと迷っていた。

お渡しすべき相手は、ノア様の他にいない。

そこに他意はない。



























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