秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ

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黒髪の少年

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そろそろ時間だ。

扉をじっと見つめて、その時を待つ。

ユリウスは几帳面な性格なので、ゲームのようにカウントしていると、数回に一度はカウント通りに扉が開く。

カウント通りでなくても、カウント中にはだいたいユリウスがやってくる。

…………?あれ?

来ない?

珍しいこともあるもんだな。

暫くそのまま待ち続けていても、扉が開く気配は全くない。

ユリウスは?俺の朝ごはんは?

お腹すいたんだけど…。

………。

あれ、今日はユリウスがお休みの日か?

ユリウスにだって休みの日はある。前もって伝えられるし、前日も必ずもう一度休みを伝えられて、さらに大丈夫ですか?と付け加えられるのだ。

大丈夫と言うしかない。

昨日は何も言われなかった。念の為ユリウスがいない日をメモしてある帳面を見ても、やっぱり今日はお休みの日じゃない。

ユリウスが休みのときはルドルフが食事を運んで来てくれるのに、今日はルドルフも来ていない。

大丈夫。少し遅れているだけだ。

でも、ユリウスがここに来るようになってから、今まで一度もこんなことはなかった。

きっと、ユリウスだって寝坊してしまう日くらいある。

あんなに几帳面でしゃんとしたユリウスだぞ。しかも騎士だ。寝坊なんてするか?

………。

いつもの日常と少し違うだけなのに、その些細な違いが不安を煽る。

時間だけが、刻々と過ぎていく。

お腹が空いたことより、ユリウスに何かあったんじゃないかと不安は増すばかりだ。

どうしたんだよ。早く来いよ、ユリウス。

扉の前に立ち、首にかけられたアミュレットを握りしめ、その時を待つ。

ユリウスが剣術大会で優勝した日の夜、ユリウスからもらったアミュレットだ。銀製のアミュレットにはアメジストの石が嵌め込まれている。

勲章と共に優勝者に与えられるものらしく、俺が渡したメッキのメダルとは比べ物にならない上級品だ。

あの夜のことは、よく覚えている。

深夜に目を覚ますと、ユリウスが看病してくれていた。

あんな時間までユリウスがいてくれたことが嬉しくて、メダルを渡した後暫くの間一人で喋り続けていた。

初めての外、変な格好、人の多さや騒がしさ、金髪の兄、ユリウスの剣捌き、話すことはいくらでもあった。興奮していたんだと思う。

ユリウスは黙って相槌を打ちながら、俺の話しを聞いてくれた。

熱のせいで話す内容はまとまりがなかったように思う。それでも、いつものようにちゃんと聞いてくれた。

話し終わる頃、何か決心したように、珍しくおずおずとした様子で手渡されたのが、このアミュレットだ。

「わたしはノア様の護衛です。護衛でいる間は今後何よりもノア様を優先します。それでも、わたしが万が一離れている時、ノア様を代わりにお守りできるよう願をかけました。このアミュレットを受け取って頂けますか…」

「でも、せっかくお前が貰ったのに…」

安易に受け取れるような代物ではないと思った。

「優勝できた暁には、ノア様にお渡ししたいとずっと考えておりました。その……それ以上他に他意はございません。何よりも、今回出場できたのはノア様のおかげです。」

「でもなあ。」

「ノア様からはメダルを頂けました。どうか、こちらを受け取って頂けませんでしょうか。」

ユリウスのすっとした切れ長の目が、揺らぐことなくじっと俺を見つめていた。

「…本当に、いいのか?」

「はい。」

「あとで返せと言われても、一度貰ったら返さないぞ。」

「ええ。」

「じゃあ、うん。ありがとう。」

そう言うと、ユリウスが笑ってくれた。

少し口角が上がるくらいのユリウスの笑顔は、とても貴重だ。

首飾りになっていたアミュレットを、今度は俺が首にかけてもらった。

熱を出していた身体に、アミュレットは冷んやりと気持ちよく馴染んでくれた。

その後も何か話しながら、いつの間にか眠っていたらしく、朝になるとユリウスはいなくて、代わりにいたのは久しぶりに会う母さんだった。

朝から大会で、翌朝まで付き添ってくれていたんだ。今になって思えば、はやく休ませてやればよかっただろうに、あの日は興奮していてそんな気遣いもできなかった。

今さらながら、毎日のように俺と過ごしていて、流石のユリウスにも嫌気がさしてきたんじゃないだろうか。

疲れているのかもしれない。

このままユリウスが来なくなったら、また他の護衛に代わるんだろうか…。

「守るって言ってたのに…」

握りしめたアミュレットは、あの日と同じで冷んやりと手に馴染んでいる。

「嘘つき…」

扉に向かって呟くと、がちゃがちゃと開錠する音が聞こえて来る。

入ってきたのは、ルドルフだ。

やっぱり。

ユリウスの嘘つき…。




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