23 / 102
黒髪の少年
22
しおりを挟む
「遅くなりました。すぐに朝食の準備を…。ずいぶんと、むくれておりますね。」
ルドルフが手際よく朝食の準備を整えてくれる。
「別に。お腹空いてないし。待ってないし。むくれてなんかいないぞ。」
お腹は空いているし、ずっと待っていた。それなのに、口から出るのは真逆の言葉だ。
「ユリウスを待っていたんですね。」
「別に。待ってないって言っただろ!」
ルドルフを責めてもしょうがないのに、つい責めるような強い口調になってしまう。
「王宮で色々ありまして…。とりあえず、召し上がって下さい。」
ルドルフの言葉は、どこか歯切れが悪い。そもそも色々って、漠然としすぎだろ。
「……ユリウスに、何かあったのか?」
「いえ。いや、そうですね。」
一体どっちなんだよ。
ルドルフは一緒に朝食を摂ることもなく、すぐにまた部屋を出て行ってしまった。
中途半端な状況報告が気になって、朝食どころじゃない。
手に取ったパンを一口だけ齧ると、窓辺に行って中庭を見渡す。今日に限ってどの窓も閉められたままで、母様たちの気配が感じられない。
やっぱり何かあったんだ。
こうしちゃいられない。今の状況はチャンスだ。
羽は以前失敗したが、一番単純な方法は試せていない。
寝室から掛け布を何枚も持ち出し、端と端を入念に結びつけると、一番大きなソファの足許にぐるぐるとまきつけ、またしっかりと結びつける。
うわあ、完璧なのでは?
掛け布の強度を確認して、窓から布を垂らしてみても、やっぱり誰も注意してくる人がいない。
念の為、フード付きのマントを羽織って、大きく深呼吸する。
大丈夫。行ける。
別に何処かに逃げ出すつもりじゃない。
ちょっと様子を見て、帰ってくればいい。
何が起こっているのか、確認して来るだけだ。
ユリウスに会いに行こうとしている訳じゃないからな!
ふんっ。
繋がった掛け布をロープ代わりに、ゆっくりと中庭に向かって降りて行く。
何度も母様たちの部屋の窓を確認したが、やっぱり誰も出てこない。
布の長さは十分じゃなかったが、これくらいなら簡単に飛び降りられる。
どんっと飛び降り空を仰ぎ見ると、中庭にいるのはやっぱり俺一人で、こんな簡単な方法でここまで降りられたことにひどく驚いた。
剣術大会のあの日に通った道順を思い出しながらなんとか門まで辿り着くと、さてどうしたものかと途方に暮れる。
そうだよな。
部屋を出ることばかりに気を取られ、門番の存在を忘れていた。
ここまで来て戻りたくなんかない。
「ユーリ!」
植栽の影に隠れ暫く悩んでいると、大きな呼び声が耳に響いてきた。
ユーリ……?
植栽の脇からそっと顔を出し、声の方に目を向けると、険しい顔をしたユリウスが早足でこちらに向かって来るのが見える。
試合中でさえ、いつもと同じ飄々とした様子だったのに、思わず尻込みしてしまうぐらい今の様子は険しい。
少し離れて後ろからついて来るのは、俺と同じ黒い髪をした見知らぬ奴だ。
「待って!ユーリ!」
後ろ姿しか見えないのに、二人の門番が驚いている様子が伝わって来る。
「何故待たねばならないのですか?それに、わたしの名はユーリではございません。」
門から少し離れた所で、ユリウスが振り返った。
「だって、どう見てもユーリだし。ねえ、ここは何処?ユーリも向こうから来たんでしょう?お願いだから、ぼくも一緒に連れて行って。」
「何をお話しされているのか、理解できかねます。あなた様の件については、第一王子がなんとかなさるはずです。」
俺に背を向けたユリウスの表情は見えない。ユリウスが言うように、金髪の兄と数人の騎士が遅れてやって来た。
だいぶ慌てている。
少し離れた所にいるとは言え、思わず飛び出していた俺の姿など、誰の目にも入っていないようだ。
「いや、離して!ユーリといたい!こんな所でユーリに会えるなんて!」
嫌がるそいつは、兄と騎士達に王宮の方へと連れ去られて行った。
ずっとユーリと叫び続けている。
ユーリ、だと?
俺でさえ、ユーリなんて慣れ慣れしく呼んだことなんてないぞ!
誰だよ、あいつ!
同じ黒髪だし!
門を通り抜けたユリウスと目が合う。
一瞬の瞬きの後、疾風が巻き起こったのかと思った。
あっという間に俺の元まで駆けつけ、何も言わずさっとローブに隠すよう抱きかかえる。
門番はきっと俺の存在に気がついていない。
「…ユリ…ウ」
「なぜですか?なぜここに?」
「それ、は…」
「何をなさるおつもりで?」
「……ウスが、」
「わたしが?」
淡々とした口調には、静かな怒りが感じられる。
お前が来ないからだろ。
なんでお前が怒ってるんだよ
それになんだよ、ユーリって……
ルドルフが手際よく朝食の準備を整えてくれる。
「別に。お腹空いてないし。待ってないし。むくれてなんかいないぞ。」
お腹は空いているし、ずっと待っていた。それなのに、口から出るのは真逆の言葉だ。
「ユリウスを待っていたんですね。」
「別に。待ってないって言っただろ!」
ルドルフを責めてもしょうがないのに、つい責めるような強い口調になってしまう。
「王宮で色々ありまして…。とりあえず、召し上がって下さい。」
ルドルフの言葉は、どこか歯切れが悪い。そもそも色々って、漠然としすぎだろ。
「……ユリウスに、何かあったのか?」
「いえ。いや、そうですね。」
一体どっちなんだよ。
ルドルフは一緒に朝食を摂ることもなく、すぐにまた部屋を出て行ってしまった。
中途半端な状況報告が気になって、朝食どころじゃない。
手に取ったパンを一口だけ齧ると、窓辺に行って中庭を見渡す。今日に限ってどの窓も閉められたままで、母様たちの気配が感じられない。
やっぱり何かあったんだ。
こうしちゃいられない。今の状況はチャンスだ。
羽は以前失敗したが、一番単純な方法は試せていない。
寝室から掛け布を何枚も持ち出し、端と端を入念に結びつけると、一番大きなソファの足許にぐるぐるとまきつけ、またしっかりと結びつける。
うわあ、完璧なのでは?
掛け布の強度を確認して、窓から布を垂らしてみても、やっぱり誰も注意してくる人がいない。
念の為、フード付きのマントを羽織って、大きく深呼吸する。
大丈夫。行ける。
別に何処かに逃げ出すつもりじゃない。
ちょっと様子を見て、帰ってくればいい。
何が起こっているのか、確認して来るだけだ。
ユリウスに会いに行こうとしている訳じゃないからな!
ふんっ。
繋がった掛け布をロープ代わりに、ゆっくりと中庭に向かって降りて行く。
何度も母様たちの部屋の窓を確認したが、やっぱり誰も出てこない。
布の長さは十分じゃなかったが、これくらいなら簡単に飛び降りられる。
どんっと飛び降り空を仰ぎ見ると、中庭にいるのはやっぱり俺一人で、こんな簡単な方法でここまで降りられたことにひどく驚いた。
剣術大会のあの日に通った道順を思い出しながらなんとか門まで辿り着くと、さてどうしたものかと途方に暮れる。
そうだよな。
部屋を出ることばかりに気を取られ、門番の存在を忘れていた。
ここまで来て戻りたくなんかない。
「ユーリ!」
植栽の影に隠れ暫く悩んでいると、大きな呼び声が耳に響いてきた。
ユーリ……?
植栽の脇からそっと顔を出し、声の方に目を向けると、険しい顔をしたユリウスが早足でこちらに向かって来るのが見える。
試合中でさえ、いつもと同じ飄々とした様子だったのに、思わず尻込みしてしまうぐらい今の様子は険しい。
少し離れて後ろからついて来るのは、俺と同じ黒い髪をした見知らぬ奴だ。
「待って!ユーリ!」
後ろ姿しか見えないのに、二人の門番が驚いている様子が伝わって来る。
「何故待たねばならないのですか?それに、わたしの名はユーリではございません。」
門から少し離れた所で、ユリウスが振り返った。
「だって、どう見てもユーリだし。ねえ、ここは何処?ユーリも向こうから来たんでしょう?お願いだから、ぼくも一緒に連れて行って。」
「何をお話しされているのか、理解できかねます。あなた様の件については、第一王子がなんとかなさるはずです。」
俺に背を向けたユリウスの表情は見えない。ユリウスが言うように、金髪の兄と数人の騎士が遅れてやって来た。
だいぶ慌てている。
少し離れた所にいるとは言え、思わず飛び出していた俺の姿など、誰の目にも入っていないようだ。
「いや、離して!ユーリといたい!こんな所でユーリに会えるなんて!」
嫌がるそいつは、兄と騎士達に王宮の方へと連れ去られて行った。
ずっとユーリと叫び続けている。
ユーリ、だと?
俺でさえ、ユーリなんて慣れ慣れしく呼んだことなんてないぞ!
誰だよ、あいつ!
同じ黒髪だし!
門を通り抜けたユリウスと目が合う。
一瞬の瞬きの後、疾風が巻き起こったのかと思った。
あっという間に俺の元まで駆けつけ、何も言わずさっとローブに隠すよう抱きかかえる。
門番はきっと俺の存在に気がついていない。
「…ユリ…ウ」
「なぜですか?なぜここに?」
「それ、は…」
「何をなさるおつもりで?」
「……ウスが、」
「わたしが?」
淡々とした口調には、静かな怒りが感じられる。
お前が来ないからだろ。
なんでお前が怒ってるんだよ
それになんだよ、ユーリって……
328
あなたにおすすめの小説
ギャルゲー主人公に狙われてます
一寸光陰
BL
前世の記憶がある秋人は、ここが前世に遊んでいたギャルゲームの世界だと気づく。
自分の役割は主人公の親友ポジ
ゲームファンの自分には特等席だと大喜びするが、、、
不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!
タッター
BL
ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。
自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。
――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。
そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように――
「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」
「無理。邪魔」
「ガーン!」
とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。
「……その子、生きてるっすか?」
「……ああ」
◆◆◆
溺愛攻め
×
明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け
裏乙女ゲー?モブですよね? いいえ主人公です。
みーやん
BL
何日の時をこのソファーと過ごしただろう。
愛してやまない我が妹に頼まれた乙女ゲーの攻略は終わりを迎えようとしていた。
「私の青春学園生活⭐︎星蒼山学園」というこのタイトルの通り、女の子の主人公が学園生活を送りながら攻略対象に擦り寄り青春という名の恋愛を繰り広げるゲームだ。ちなみに女子生徒は全校生徒約900人のうち主人公1人というハーレム設定である。
あと1ヶ月後に30歳の誕生日を迎える俺には厳しすぎるゲームではあるが可愛い妹の為、精神と睡眠を削りながらやっとの思いで最後の攻略対象を攻略し見事クリアした。
最後のエンドロールまで見た後に
「裏乙女ゲームを開始しますか?」
という文字が出てきたと思ったら目の視界がだんだんと狭まってくる感覚に襲われた。
あ。俺3日寝てなかったんだ…
そんなことにふと気がついた時には視界は完全に奪われていた。
次に目が覚めると目の前には見覚えのあるゲームならではのウィンドウ。
「星蒼山学園へようこそ!攻略対象を攻略し青春を掴み取ろう!」
何度見たかわからないほど見たこの文字。そして気づく現実味のある体感。そこは3日徹夜してクリアしたゲームの世界でした。
え?意味わかんないけどとりあえず俺はもちろんモブだよね?
これはモブだと勘違いしている男が実は主人公だと気付かないまま学園生活を送る話です。
【完結】双子の兄が主人公で、困る
* ゆるゆ
BL
『きらきら男は僕のモノ』公言する、ぴんくの髪の主人公な兄のせいで、見た目はそっくりだが質実剛健、ちいさなことからコツコツとな双子の弟が、兄のとばっちりで断罪されかけたり、 悪役令息からいじわるされたり 、逆ハーレムになりかけたりとか、ほんとに困る──! 伴侶(予定)いるので。……って思ってたのに……!
本編、両親にごあいさつ編、完結しました!
おまけのお話を、時々更新しています。
本編以外はぜんぶ、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…
こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』
ある日、教室中に響いた声だ。
……この言い方には語弊があった。
正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。
テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。
問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。
*当作品はカクヨム様でも掲載しております。
無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~
紫鶴
BL
早く退職させられたい!!
俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない!
はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!!
なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。
「ベルちゃん、大好き」
「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」
でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。
ーーー
ムーンライトノベルズでも連載中。
【完結】悪役に転生したので、皇太子を推して生き延びる
ざっしゅ
BL
気づけば、男の婚約者がいる悪役として転生してしまったソウタ。
この小説は、主人公である皇太子ルースが、悪役たちの陰謀によって記憶を失い、最終的に復讐を遂げるという残酷な物語だった。ソウタは、自分の命を守るため、原作の悪役としての行動を改め、記憶を失ったルースを友人として大切にする。
ソウタの献身的な行動は周囲に「ルースへの深い愛」だと噂され、ルース自身もその噂に満更でもない様子を見せ始める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる