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黒髪の少年
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「…もういいよ、自分で歩くから。」
ユリウスはローブで包み込んだまま離してくれない。石鹸なのか、ユリウスからは清廉ないい香りが漂ってくる。こんなに密着していると、体温まで伝わってきて、そわそわしてしまう。
そんな俺の言葉なんて無視し、ユリウスは部屋までずっと俺を離してくれはしなかった。きっとまた逃げ出されると思われているに違いない。
部屋に辿り着くと、やっと離してもらえた。
ユリウスは俺を下ろすと、無言のまま部屋の有り様を眺めている。
部屋の中は、まあ想像通りの有り様だ。
ほとんど手付かずの朝食はすっかり冷めきっており、脚に掛け布が巻かれたソファは元の位置から窓辺近くまで大分引き摺られていた。
一度頭を抱えたユリウスが、中庭に垂らされた掛け布をゆっくりと引き上げていく。
「…長さが足りないように思うのですが。」
「あれぐらいなら、飛べるぞ。」
「飛び降りたのですか?」
「まあな。」
羽織っていたマントを脱がされ、手足を何度も確認される。
「お怪我はありませんね。」
「これぐらい、別にどうってことないだろ。」
「ノア様!」
ユリウスのあまりの剣幕に、身体がびくっと跳ね上がる。
「これぐらいなどではございません!」
ユリウスが声を荒げるなんてことは、今まで一度もなかった。
初めて見るその姿に、跳ね上がった身体はその場に釘付けになり、硬直してしまう。
「…だっ、て」
「ここを出て、一体何処へ向かうおつもりだったのですか?初めて此処をお出になった際も、そして今も、何故わたしがお側にいないときに限って…」
「だって、ユリウスが!」
ユリウスの普段は凪のような薄茶の瞳は、俺の姿をとらえたまま、今は激しく揺らいでいるように見える。
「わたしが?」
「…ユリウスが、来ないから!」
「遅れてしまったことは申し訳ございません。ですが、ここから逃げ出そうとした理由にはならないはずです。」
「逃げ出そうなんて思っちゃいない!」
俺の睨む視線から目を逸らし、ユリウスは引き上げた掛け布を解き始めた。
全てを解き終え、それらを丁寧に畳み終わると、深い溜め息が吐かれる。
「…やはり、わたしではルドルフ様の代わりは務まりませんか…」
「違っ」
「ここを出て、どうしようと?」
「ユリウスに…」
「わたしに?」
「ユリウスに会いに行こうと思ったんだ!何かあったのかとか、俺の護衛なんて嫌になってしまったんじゃないかとか、お前がいつも通り来ないから!」
激しく揺らいでいたユリウスの瞳が、一度大きく見開かれると、訝しむようなものに変わる。
「それなのに、なんだよ!ユーリって!あいつ誰だ?朝に来れなかったのも、あいつのせいなんだろ?ユーリなんて気安く呼ばせやがって!お前は、俺だけの護衛なのに!」
「ノア様…」
なんか、段々腹が立って来た。なんで俺だけが責められなきゃならないんだ。
あいつ、ユリウスのことを知っているみたいな言い方をしていた。
一緒に連れて行って欲しいだと?
は?ユリウスは俺のだ。
「一番に優先するって言っていたのに!なんで他の奴を優先してるんだよ!ユリウスが嘘をつくのが悪いんだ!」
ずっとモヤモヤと心に溜まっていた澱を全部吐き出すと、はあはあと息が上がっていた。
「…わたしを探しに此処を出ようとしたのですか?」
はあ、はあ、まだ息が上がっている。
「あ?そう言ってるだろ。」
「…本当に。」
右手を口にあてると、ユリウスは俯いてしまった。
「俺だって、もう分かってるよ。一人でここを抜け出したって、何処にも行くとこなんてない。それとも、ユリウスが何処か遠くまで連れ出してくれるか?」
「いえ、それは無理です。」
そこは、即答なのな。
顔を上げたユリウスの表情は、いつものすんとしたものに戻っていた。
「だろ。だから、ユリウスに会いに行こうとしたのは、本当だってば。」
「…ノア様。」
「ユリウスのせいで朝ごはんもまだ全然食べてないから、腹が減った。」
朝ご飯を食べていないのはユリウスのせいじゃないけど、とりあえずユリウスのせいにしておく。
「冷めてしまいましたね。温め直して来ましょうか?」
「いや、いい。ユリウスは食べたのか?」
「いいえ。わたしもまだです。」
「じゃあ、このまま食べよう。」
「はい。」
いつもより遅れてしまったけど、いつも通りの朝ごはんだ。
ユリウスがいるからな。
冷めきったスープを口にしていると、ユリウスがパンを手渡してくれる。俺の好きなジャムが増し増しに塗られている。
「ありがと。」
食べ始めると、あらためて食欲に火がつく。
「今後は、わたしなんかを探そうと、無謀なことは決してしないで下さい。いいですね。」
「ん。」
口横についたジャムをユリウスが拭いてくれる。
これもいつもの事だ。
「どんなに遅れようと、何があろうと、必ずここへ参りますから。」
「ん。分かった。あ、父さんにはこのことは内緒な。ばれたら、どうなるかわかんないから。」
もしばれたら、ユリウスが護衛から外されるかもしれない。それは、絶対に避けたい。
「ですが、王には…」
「いいから、絶対、二人だけの秘密だ!そうしたら、遅れてきたことは許してやる。」
「…承知しました。」
ユリウスは暫く逡巡していたが、頷いてくれた。
腹も満たされた。
「で、あいつ誰?」
とっても気になっているし、さっきのことを思い出すだけで、またモヤモヤとしてくる。
なんでこんなに、モヤモヤするんだろう?
ユリウスはローブで包み込んだまま離してくれない。石鹸なのか、ユリウスからは清廉ないい香りが漂ってくる。こんなに密着していると、体温まで伝わってきて、そわそわしてしまう。
そんな俺の言葉なんて無視し、ユリウスは部屋までずっと俺を離してくれはしなかった。きっとまた逃げ出されると思われているに違いない。
部屋に辿り着くと、やっと離してもらえた。
ユリウスは俺を下ろすと、無言のまま部屋の有り様を眺めている。
部屋の中は、まあ想像通りの有り様だ。
ほとんど手付かずの朝食はすっかり冷めきっており、脚に掛け布が巻かれたソファは元の位置から窓辺近くまで大分引き摺られていた。
一度頭を抱えたユリウスが、中庭に垂らされた掛け布をゆっくりと引き上げていく。
「…長さが足りないように思うのですが。」
「あれぐらいなら、飛べるぞ。」
「飛び降りたのですか?」
「まあな。」
羽織っていたマントを脱がされ、手足を何度も確認される。
「お怪我はありませんね。」
「これぐらい、別にどうってことないだろ。」
「ノア様!」
ユリウスのあまりの剣幕に、身体がびくっと跳ね上がる。
「これぐらいなどではございません!」
ユリウスが声を荒げるなんてことは、今まで一度もなかった。
初めて見るその姿に、跳ね上がった身体はその場に釘付けになり、硬直してしまう。
「…だっ、て」
「ここを出て、一体何処へ向かうおつもりだったのですか?初めて此処をお出になった際も、そして今も、何故わたしがお側にいないときに限って…」
「だって、ユリウスが!」
ユリウスの普段は凪のような薄茶の瞳は、俺の姿をとらえたまま、今は激しく揺らいでいるように見える。
「わたしが?」
「…ユリウスが、来ないから!」
「遅れてしまったことは申し訳ございません。ですが、ここから逃げ出そうとした理由にはならないはずです。」
「逃げ出そうなんて思っちゃいない!」
俺の睨む視線から目を逸らし、ユリウスは引き上げた掛け布を解き始めた。
全てを解き終え、それらを丁寧に畳み終わると、深い溜め息が吐かれる。
「…やはり、わたしではルドルフ様の代わりは務まりませんか…」
「違っ」
「ここを出て、どうしようと?」
「ユリウスに…」
「わたしに?」
「ユリウスに会いに行こうと思ったんだ!何かあったのかとか、俺の護衛なんて嫌になってしまったんじゃないかとか、お前がいつも通り来ないから!」
激しく揺らいでいたユリウスの瞳が、一度大きく見開かれると、訝しむようなものに変わる。
「それなのに、なんだよ!ユーリって!あいつ誰だ?朝に来れなかったのも、あいつのせいなんだろ?ユーリなんて気安く呼ばせやがって!お前は、俺だけの護衛なのに!」
「ノア様…」
なんか、段々腹が立って来た。なんで俺だけが責められなきゃならないんだ。
あいつ、ユリウスのことを知っているみたいな言い方をしていた。
一緒に連れて行って欲しいだと?
は?ユリウスは俺のだ。
「一番に優先するって言っていたのに!なんで他の奴を優先してるんだよ!ユリウスが嘘をつくのが悪いんだ!」
ずっとモヤモヤと心に溜まっていた澱を全部吐き出すと、はあはあと息が上がっていた。
「…わたしを探しに此処を出ようとしたのですか?」
はあ、はあ、まだ息が上がっている。
「あ?そう言ってるだろ。」
「…本当に。」
右手を口にあてると、ユリウスは俯いてしまった。
「俺だって、もう分かってるよ。一人でここを抜け出したって、何処にも行くとこなんてない。それとも、ユリウスが何処か遠くまで連れ出してくれるか?」
「いえ、それは無理です。」
そこは、即答なのな。
顔を上げたユリウスの表情は、いつものすんとしたものに戻っていた。
「だろ。だから、ユリウスに会いに行こうとしたのは、本当だってば。」
「…ノア様。」
「ユリウスのせいで朝ごはんもまだ全然食べてないから、腹が減った。」
朝ご飯を食べていないのはユリウスのせいじゃないけど、とりあえずユリウスのせいにしておく。
「冷めてしまいましたね。温め直して来ましょうか?」
「いや、いい。ユリウスは食べたのか?」
「いいえ。わたしもまだです。」
「じゃあ、このまま食べよう。」
「はい。」
いつもより遅れてしまったけど、いつも通りの朝ごはんだ。
ユリウスがいるからな。
冷めきったスープを口にしていると、ユリウスがパンを手渡してくれる。俺の好きなジャムが増し増しに塗られている。
「ありがと。」
食べ始めると、あらためて食欲に火がつく。
「今後は、わたしなんかを探そうと、無謀なことは決してしないで下さい。いいですね。」
「ん。」
口横についたジャムをユリウスが拭いてくれる。
これもいつもの事だ。
「どんなに遅れようと、何があろうと、必ずここへ参りますから。」
「ん。分かった。あ、父さんにはこのことは内緒な。ばれたら、どうなるかわかんないから。」
もしばれたら、ユリウスが護衛から外されるかもしれない。それは、絶対に避けたい。
「ですが、王には…」
「いいから、絶対、二人だけの秘密だ!そうしたら、遅れてきたことは許してやる。」
「…承知しました。」
ユリウスは暫く逡巡していたが、頷いてくれた。
腹も満たされた。
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