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母さんと母様
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「母さんっ!」
「ノア、その後体調はどうだい?」
母さんと会うのは、剣術大会の夜以来だ。
やっぱり、今日も無造作に編み込んだ赤茶の髪で、黒髪なんかじゃない。
「ちょっと、抱きつかないでよ!もう子どもじゃないんだから!」
母さんがぎゅうぎゅうと抱きついてくる。
「はは!ノアはまだまだ子どもだよ。わたしの、愛しい子だ。」
ルドルフや他の妃たちに見られているので、恥ずかしい。
「…まさか、あなた様がニイナ様…」
ルドルフが驚愕の表情で目を見開いている。
「ああ、ルドルフと言ったね。ノアの護衛だった。ノアの護衛は大変だっただろう?悪かったね。ありがとう。」
「…い、いえ、とんでもございません。まさか、あなた様が、ニイナ様とは知らず…」
「ははは。誰も知らないだろうね。いつもこんな格好だし。」
母さんからは、いつも薬品の匂いがする。薬草を求めてあちこちに出かけて行って、帰ってきたと思えば、たいてい研究所に入り浸りだ。
母様たちと違って、華やかな格好をしている姿は見たことがない。
…地味だ。うん。とっても。
なんなら、母様たちの侍女より地味かもしれない。
今日だって、ベージュ色の何の飾りもないただのワンピースに、変なベストを羽織っている。なんとも言えない微妙な出立ちだ。
「門番に怪しまれてさ。ナターシャ様がいなかったら、こうしてここまで来ることすらできなかったよ。」
「…ニイナ、ナターシャ様がお戻りになってるの?」
急に七妃が立ち上がった。
「ええ、部屋にいるから、何かあれば声を掛けていいと、そう仰っていました。とてもお疲れのようでしたけど、何かあったのですか?」
「…そう。分かったわ。みんな、行くわよ。ニイナも後からいらっしゃい。ルドルフ、後はよろしく頼むわ。」
がたがたと他の母さまたちも立ち上がると、その場を去って行ってしまった。
みんな一妃の元へ向かったようだ。
「城内もどことなく落ち着かない雰囲気だったし、何かあったんだろうか?」
母さんは何も知らないのか?
「…マホってやつのせいだよ。」
「…マホ?」
「そう。マホのせいで、ユリウスが。マホは、渡り人で、俺と同じ黒髪で、んで、あ母さんも黒髪なの?ユリウスは黒髪に好かれるらしくて…」
「ええと、ノア?何言ってるのか、全然わかんないんだけど?」
「とにかく、由々しき問題なんだよ。」
「ナターシャ様もだいぶ疲弊している様子だったし、何かあったんだね。部屋でゆっくり聞かせてくれる?」
母さんにも聞きたいことは山ほどある。
「うん。じゃあ俺、先に戻って待ってるから。」
「いや、わたしもノアの後をついてくよ。こういうの、好きなんだ。」
え、母さんも梯子を登るの?
ルドルフが慌てて駆け寄ってくるが、母さんは聞く耳をもたず、ひょいひょいと俺の後を追ってくる。
「…ニイナ様!」
「大丈夫だよ、ルドルフ。先に行ってるから、お茶を持ってきてくれるかい?喉が渇いちゃってさ。」
こういう所は、ほんとうに母さんらしい。
「母さん、気をつけてね。」
「ノアは普段こうしてるんだろう?ノアにできるんだから、わたしにだって余裕だよ。」
母様たちなら、絶対にしないだろうな。
母さんは飾られたからくりを興味深そうに一通り見回すと、どさっとソファに腰を下ろした。
「…ノアももう、13になるんだね。13年間もここで…。すまないね、ノア。」
「え、ああ。でも、この間はじめて出られたよ。」
「剣術大会か…」
「誰か、心惹かれた人はいたかい?」
心惹かれる???
「ユリウスしか見てなかったから。惹かれるって?」
「…ユリウス。新しい護衛か。不思議な雰囲気の青年だね。」
「ユリウスを知ってるの?」
「ノアが熱を出したときに、少しね。」
不思議?ユリウスが?
どこが?と尋ねようとしたとき、ルドルフがお茶を持って戻ってきた。
母さんは、ごくりごくりとあっと言う間に一杯を飲み干し、ふうと一息ついて、天を仰いだ。
「ノア、一つ一つ、解決していこう。まずは、わたしのことだ。」
「?」
ぐいっと、無造作に編み込んである三つ編みを引っ張ると、赤茶の髪がずり落ちる。
は???
…かつら、だったのか???
その下で、これまた無造作に纏められていた髪をほどくと、そこには艶やかな黒髪が現れ出た。
「…黒髪…」
ルドルフの呟く声がきこえる。
「母さん、黒髪だった、の?」
「それだけじゃないよ。」
度の強そうな眼鏡を外すと、二、三回瞬きをして、母さんが俺を見つめる。
俺とは違う。黒い瞳だ。
「…ノア、わたしも渡り人なんだ。」
「ノア、その後体調はどうだい?」
母さんと会うのは、剣術大会の夜以来だ。
やっぱり、今日も無造作に編み込んだ赤茶の髪で、黒髪なんかじゃない。
「ちょっと、抱きつかないでよ!もう子どもじゃないんだから!」
母さんがぎゅうぎゅうと抱きついてくる。
「はは!ノアはまだまだ子どもだよ。わたしの、愛しい子だ。」
ルドルフや他の妃たちに見られているので、恥ずかしい。
「…まさか、あなた様がニイナ様…」
ルドルフが驚愕の表情で目を見開いている。
「ああ、ルドルフと言ったね。ノアの護衛だった。ノアの護衛は大変だっただろう?悪かったね。ありがとう。」
「…い、いえ、とんでもございません。まさか、あなた様が、ニイナ様とは知らず…」
「ははは。誰も知らないだろうね。いつもこんな格好だし。」
母さんからは、いつも薬品の匂いがする。薬草を求めてあちこちに出かけて行って、帰ってきたと思えば、たいてい研究所に入り浸りだ。
母様たちと違って、華やかな格好をしている姿は見たことがない。
…地味だ。うん。とっても。
なんなら、母様たちの侍女より地味かもしれない。
今日だって、ベージュ色の何の飾りもないただのワンピースに、変なベストを羽織っている。なんとも言えない微妙な出立ちだ。
「門番に怪しまれてさ。ナターシャ様がいなかったら、こうしてここまで来ることすらできなかったよ。」
「…ニイナ、ナターシャ様がお戻りになってるの?」
急に七妃が立ち上がった。
「ええ、部屋にいるから、何かあれば声を掛けていいと、そう仰っていました。とてもお疲れのようでしたけど、何かあったのですか?」
「…そう。分かったわ。みんな、行くわよ。ニイナも後からいらっしゃい。ルドルフ、後はよろしく頼むわ。」
がたがたと他の母さまたちも立ち上がると、その場を去って行ってしまった。
みんな一妃の元へ向かったようだ。
「城内もどことなく落ち着かない雰囲気だったし、何かあったんだろうか?」
母さんは何も知らないのか?
「…マホってやつのせいだよ。」
「…マホ?」
「そう。マホのせいで、ユリウスが。マホは、渡り人で、俺と同じ黒髪で、んで、あ母さんも黒髪なの?ユリウスは黒髪に好かれるらしくて…」
「ええと、ノア?何言ってるのか、全然わかんないんだけど?」
「とにかく、由々しき問題なんだよ。」
「ナターシャ様もだいぶ疲弊している様子だったし、何かあったんだね。部屋でゆっくり聞かせてくれる?」
母さんにも聞きたいことは山ほどある。
「うん。じゃあ俺、先に戻って待ってるから。」
「いや、わたしもノアの後をついてくよ。こういうの、好きなんだ。」
え、母さんも梯子を登るの?
ルドルフが慌てて駆け寄ってくるが、母さんは聞く耳をもたず、ひょいひょいと俺の後を追ってくる。
「…ニイナ様!」
「大丈夫だよ、ルドルフ。先に行ってるから、お茶を持ってきてくれるかい?喉が渇いちゃってさ。」
こういう所は、ほんとうに母さんらしい。
「母さん、気をつけてね。」
「ノアは普段こうしてるんだろう?ノアにできるんだから、わたしにだって余裕だよ。」
母様たちなら、絶対にしないだろうな。
母さんは飾られたからくりを興味深そうに一通り見回すと、どさっとソファに腰を下ろした。
「…ノアももう、13になるんだね。13年間もここで…。すまないね、ノア。」
「え、ああ。でも、この間はじめて出られたよ。」
「剣術大会か…」
「誰か、心惹かれた人はいたかい?」
心惹かれる???
「ユリウスしか見てなかったから。惹かれるって?」
「…ユリウス。新しい護衛か。不思議な雰囲気の青年だね。」
「ユリウスを知ってるの?」
「ノアが熱を出したときに、少しね。」
不思議?ユリウスが?
どこが?と尋ねようとしたとき、ルドルフがお茶を持って戻ってきた。
母さんは、ごくりごくりとあっと言う間に一杯を飲み干し、ふうと一息ついて、天を仰いだ。
「ノア、一つ一つ、解決していこう。まずは、わたしのことだ。」
「?」
ぐいっと、無造作に編み込んである三つ編みを引っ張ると、赤茶の髪がずり落ちる。
は???
…かつら、だったのか???
その下で、これまた無造作に纏められていた髪をほどくと、そこには艶やかな黒髪が現れ出た。
「…黒髪…」
ルドルフの呟く声がきこえる。
「母さん、黒髪だった、の?」
「それだけじゃないよ。」
度の強そうな眼鏡を外すと、二、三回瞬きをして、母さんが俺を見つめる。
俺とは違う。黒い瞳だ。
「…ノア、わたしも渡り人なんだ。」
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