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ノアとノアール
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ノア様から剣の勝負を持ち掛けられたあの日、向かい合ったノア様に懐かしさを覚えた。
「…普通に勝負しても勝てないのは分かっている。だから、ユリウスは片腕だけな。それと、俺の剣先が少しでも触れたら、俺の勝ちだ。それぐらいのハンデはいいだろ?」
「ええ、構いません。」
ノア様はいつになく真剣な様子で、この勝負にかける意気込みが感じられた。
「ああ、それから、左腕を使えよ。ユリウスの利き腕は左だろう?」
わたしの利き腕が本来左腕であることを知っている者は誰もいない。
ノア様がどのようにして知り得たのか疑問に思うのも束の間、すぐに勝負が開始された。
言われた通りに左腕で剣を振る。その感覚は久しぶりだ。
剣を取るようになりまだ日が浅いノア様とわたしとでは、その差が明らかだ。
ノア様が降参すると言うまで、お付き合いするしかない。
何度も本気で向かってくるノア様の姿に、懐かしいあの方の姿が目に浮かぶ。
…あの方?
あの方とは、一体誰だっただろう。
あの方もこうして、よく勝負を挑んでこられた。
戦闘の場以外では左腕を使うなと、そう言ってきたのは、あの方だ……
自分と勝負するときは、特別に左腕を使ってもいいぞ、と…
向かい合うノア様の表情が変わる。
きっと見据えてくるあの薄紫色の目は…
「……俺の勝ちだ!!!」
切先は微かに右腕を掠め、ノア様が声を上げた。
頭上では、観戦していた妃方の感嘆の声が響き渡る。
「ユリウス、俺の勝ちだぞ!」
その瞬間、忘れていた筈の過去の記憶全てが鮮明に蘇る。
勝負に勝ったと喜ぶノア様の姿に、ノアール様の姿が重なって見えた。
「ノア様、だいぶやつれた様子です。何か、少しでも召し上がれませんか?」
「そうだな。そう言われると、お腹が空いているような気がする。」
「では何か、食べやすいものをお持ちします。お疲れになったのでしょう。」
ニイナ様に目配せをすると、ニイナ様は察してくれたようで、食べ物を取りに部屋を出て行かれた。
「ユリウスがいるから、お前たちも休んでいていいぞ。ずっと付き合わせて、疲れているだろう。」
ただ茫然と身守られていた妃方とルドルフ様も静かに部屋を出て行った。
「ノアール様、」
「なんだ?」
「…ノアール様なのですね。」
「だから何度も言ってるだろう。どうしたんだ?」
ノア様の面持ちは確かにノアール様そのものだが、ノアール様はもっと背が高く身体つきもしっかりとしていた。
このように華奢ではなかった。気のせいか、また一段と小さくなってしまったように見える。
「…ユリウス、あのな、お前に話したいことが…、きっと…」
ニイナ様が運んできてくれた食事を口にしながら、うとうとと微睡み始める姿はノアール様のものではない。
あの方がこのような姿を見せるようなことは決してなかった。
半分ほど召し上がると、瞼は半分以上閉じかけていた。
「…ゆっくり、お休み下さい。」
白く細い腕がすっと伸び、わたしの腕を掴む。
「ノア様?」
「…ユリウス、もう少し、このまま…」
そっと瞼に触れると、その手をくんくんとする。
これはノア様の癖なのかもしれない。
何度もくんくんとしながら、それからゆっくりとノア様は瞼を閉じて眠りについた。
寝室を出るとルドルフ様や妃方が待ち構えていた。
「ノアはどうじゃ?様子がおかしいようだが。」
ナターシャ様が立ち上がって尋ねてくる。
「…ノア様は、たった今お休みになりました。一体何があったのですか?」
「わたしが様子を見に夜中に訪れると、ノア様が倒れていたんだ。声すら出しておらなかった。前日、いや、その日の日中まではどこも変わった様子などなかったはずなのに…」
そう言うルドルフ様が訪れていなければ、発見はもっと遅れていただろう。
護衛から外れ、ノア様がどのように過ごされていたのかは、全く知らなかった。
「なぜ急に…。その日、何かあったのですか?」
「承諾されたのだ。」
「承諾…ですか?」
「ああ。その日、ノア様はシオンとの婚約を承諾された。…その日の晩のことだ。」
ルドルフ様の言葉が、なぜかずくりと胸に突き刺さる。
「その際に、何か…」
「いや。特にいつもと変わった様子はなかった。」
ノア様があのように憔悴され、ノアール様の記憶が混濁している原因が全く分からない。
「ノアールと、そう呼んでいたね。」
「ニイナ様、それは…」
ニイナ様だけは、ノアール様のように振る舞うノア様へ冷静に対応されていた。
やはり母親だからなのだろうか。
「…ノアールか。うん。やはり、そうなのかな。」
「ニイナ様?」
ニイナ様は、何かを考え込みながらぶつぶつと呟いている。
「どうしたんじゃ、ニイナ。何か知っておるのか?」
「ナターシャ様とルドルフ様なら、よくご存知ではありませんか。ノアールと言うその名を。」
名指しされた二人が怪訝そうに向かい合う。
「ノアールとは、そう。この国の初代国王の御名前ですよね。」
ニイナ様の仰る通りだ。
「…普通に勝負しても勝てないのは分かっている。だから、ユリウスは片腕だけな。それと、俺の剣先が少しでも触れたら、俺の勝ちだ。それぐらいのハンデはいいだろ?」
「ええ、構いません。」
ノア様はいつになく真剣な様子で、この勝負にかける意気込みが感じられた。
「ああ、それから、左腕を使えよ。ユリウスの利き腕は左だろう?」
わたしの利き腕が本来左腕であることを知っている者は誰もいない。
ノア様がどのようにして知り得たのか疑問に思うのも束の間、すぐに勝負が開始された。
言われた通りに左腕で剣を振る。その感覚は久しぶりだ。
剣を取るようになりまだ日が浅いノア様とわたしとでは、その差が明らかだ。
ノア様が降参すると言うまで、お付き合いするしかない。
何度も本気で向かってくるノア様の姿に、懐かしいあの方の姿が目に浮かぶ。
…あの方?
あの方とは、一体誰だっただろう。
あの方もこうして、よく勝負を挑んでこられた。
戦闘の場以外では左腕を使うなと、そう言ってきたのは、あの方だ……
自分と勝負するときは、特別に左腕を使ってもいいぞ、と…
向かい合うノア様の表情が変わる。
きっと見据えてくるあの薄紫色の目は…
「……俺の勝ちだ!!!」
切先は微かに右腕を掠め、ノア様が声を上げた。
頭上では、観戦していた妃方の感嘆の声が響き渡る。
「ユリウス、俺の勝ちだぞ!」
その瞬間、忘れていた筈の過去の記憶全てが鮮明に蘇る。
勝負に勝ったと喜ぶノア様の姿に、ノアール様の姿が重なって見えた。
「ノア様、だいぶやつれた様子です。何か、少しでも召し上がれませんか?」
「そうだな。そう言われると、お腹が空いているような気がする。」
「では何か、食べやすいものをお持ちします。お疲れになったのでしょう。」
ニイナ様に目配せをすると、ニイナ様は察してくれたようで、食べ物を取りに部屋を出て行かれた。
「ユリウスがいるから、お前たちも休んでいていいぞ。ずっと付き合わせて、疲れているだろう。」
ただ茫然と身守られていた妃方とルドルフ様も静かに部屋を出て行った。
「ノアール様、」
「なんだ?」
「…ノアール様なのですね。」
「だから何度も言ってるだろう。どうしたんだ?」
ノア様の面持ちは確かにノアール様そのものだが、ノアール様はもっと背が高く身体つきもしっかりとしていた。
このように華奢ではなかった。気のせいか、また一段と小さくなってしまったように見える。
「…ユリウス、あのな、お前に話したいことが…、きっと…」
ニイナ様が運んできてくれた食事を口にしながら、うとうとと微睡み始める姿はノアール様のものではない。
あの方がこのような姿を見せるようなことは決してなかった。
半分ほど召し上がると、瞼は半分以上閉じかけていた。
「…ゆっくり、お休み下さい。」
白く細い腕がすっと伸び、わたしの腕を掴む。
「ノア様?」
「…ユリウス、もう少し、このまま…」
そっと瞼に触れると、その手をくんくんとする。
これはノア様の癖なのかもしれない。
何度もくんくんとしながら、それからゆっくりとノア様は瞼を閉じて眠りについた。
寝室を出るとルドルフ様や妃方が待ち構えていた。
「ノアはどうじゃ?様子がおかしいようだが。」
ナターシャ様が立ち上がって尋ねてくる。
「…ノア様は、たった今お休みになりました。一体何があったのですか?」
「わたしが様子を見に夜中に訪れると、ノア様が倒れていたんだ。声すら出しておらなかった。前日、いや、その日の日中まではどこも変わった様子などなかったはずなのに…」
そう言うルドルフ様が訪れていなければ、発見はもっと遅れていただろう。
護衛から外れ、ノア様がどのように過ごされていたのかは、全く知らなかった。
「なぜ急に…。その日、何かあったのですか?」
「承諾されたのだ。」
「承諾…ですか?」
「ああ。その日、ノア様はシオンとの婚約を承諾された。…その日の晩のことだ。」
ルドルフ様の言葉が、なぜかずくりと胸に突き刺さる。
「その際に、何か…」
「いや。特にいつもと変わった様子はなかった。」
ノア様があのように憔悴され、ノアール様の記憶が混濁している原因が全く分からない。
「ノアールと、そう呼んでいたね。」
「ニイナ様、それは…」
ニイナ様だけは、ノアール様のように振る舞うノア様へ冷静に対応されていた。
やはり母親だからなのだろうか。
「…ノアールか。うん。やはり、そうなのかな。」
「ニイナ様?」
ニイナ様は、何かを考え込みながらぶつぶつと呟いている。
「どうしたんじゃ、ニイナ。何か知っておるのか?」
「ナターシャ様とルドルフ様なら、よくご存知ではありませんか。ノアールと言うその名を。」
名指しされた二人が怪訝そうに向かい合う。
「ノアールとは、そう。この国の初代国王の御名前ですよね。」
ニイナ様の仰る通りだ。
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