秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ

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雨の夜の出来事

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寝台に横たわると、ユリウスが水を注いで差し出してくれる。

頭の中も身体もふわふわとしている。

冷えた水が心地よく身体に染み渡る。

「…思いの外酔ってしまったようだ。」

「そのようですね。今晩はこのままお休み下さい。もう少し水をお持ちしましょうか?」

「……ん、いや、いい。」

額にかかった髪をユリウスの指が優しく払う。

「…このようなお姿を、他の者には、」

暗がりで表情がよく見えない。

「……ん?」

そっと頬に触れられる手が熱い。

「…それでは、わたしはこれで、」

立ち上がるユリウスの手を取る。まだ離れたくない。このままずっと、もっと側にいて欲しい。

「…ユリウスは、あんなに飲んだのに全然変わらないんだな。」

「そう見えるだけです。…わたしも酔っているようなので、部屋に戻ります。…も待っているでしょうから。」

違うだろう。ユリウスはいつだって、俺を優先してくれていたじゃないか。

この先だって…

「…皆世継ぎを求める。お前も俺にそれを求めているのか?お前も誰かと…。
このままずっと、お前が側にいてくれたら…」

引き留める手に力が入る。ユリウスも気がついているはずだ。

「……ノアール様?」

「俺は、ただずっとユリウスに隣にいて欲しいと、そう思ってる。お前はこの想いがただの勘違いだって言うのか?」

「ノアール様、何を…」

ずっと胸に秘めていた言葉は、一度溢れ出すと止まらない。

「お願いだから、側にいてくれ。お前がいないと……」

ずっと従順に付き従ってくれていたお前の横で、こんな邪な想いを抱いていた俺のことをお前はきっと軽蔑しているだろう。

「…これは、罪なことなのか?許されないことなのか?」

これは罪で、許されない事。何人もの人々が罰せられてきた、罪深いことだ。

彼らの気持ちが痛いほど分かる。

一度芽生えたこの想いを止める事は不可能なんだと。

力のこもった手に引かれ、俺の上に覆い被さるように倒れ込んだユリウスの両頬に手をそえる。

その顔は少しだけ紅潮していて、本人が言うように酔っているのかもしれない。

「ノア…」

何か言おうとするその口を塞ぐように、口付けをする。

硬直する身体に腕を回すと、一度ぴくりとした身体が深く重く俺の上に重なる。

何度も交わされる口付けからは、少しだけ微かに甘い酒の匂いが漂う。

遠くに響く喧騒の声と、叩きつける雨音の中、取り憑かれたようにユリウスだけを求める。

ユリウスの匂い、吐く息、俺の名を呼ぶ声…

重なり合う肌と肌の心地良さに、我を忘れて溺れていった。




ふっと目が覚めると、隣を確認する。

「…ユリウス?」

その姿を探し回るが、ユリウスはいない。

「ああ、そうか、ノアールの記憶の中にいたんだな…」

あの朝は身体を動かせる状態ではなかった。

身体中さわさわと触れてみるが、昨晩と変わった所はない。

ノアールと呼ぶユリウスの熱っぽい声や、首筋にかかる吐息、裸で触れ合った肌の感触だけが生々しく身体に残っている。

「…………!!!」

ユリウスのあんな姿を初めて見た。

いや、見たっていうか、実際にはただの記憶だけど。

思い出すだけで、その気恥ずかしさに震える。

どこかが痛かったような気もするが、途中からは靄がかかったように記憶が霞んでいる。

「…裸で抱き合うと、子ができるんだろうか?」

すごいことを知ってしまった!

「……………!!!」

俺ってば、ノアールってば、ユリウスと!

「ノア様、何をしているのですか?」

思い出しては、ばたんばたんと右に左に寝返りを打って悶えていると、怪訝そうにルドルフが見下ろしていた。

…ルドルフかよ。

「相変わらずの寝相ですな。」

「…ん、ちょっと、夢を、な。それより!ユリウスは!?」

「今日中にはなんとか…」

「出られるのか?」

「陛下がお許しになれば…。なぜあのような事を仰ったのです。あれでは陛下がお怒りになるのもしょうがないではありませんか。」

「…それは」

「シオンのことはどうされるのです。婚約を承諾されたのでは?」

…すっかり忘れていた。

シオンはいい奴だし、確かに俺は承諾した。

ルドルフが深く長い溜め息を吐く。

「…本当にユリウスのことをお慕いしているのであれば、まだ正式な婚約は整っていないのですから、再度熟考することです。」

「…ん。わかった。」

「ユリウスはすでにマホと婚約しております。ノア様がいくらお慕いしていると言っても、わたしたちにはどうすることもできない。お分かりですね。」

「………ん。」

マホ…。

「ユリウスが牢に入れられ、マホは毎日のように抗議に来るので、こちらもまいっているのですよ。」

「……………。」

どうしてマホはあんなにユリウスのことを慕っているんだろう。

ユリウスだって、初めはあんなに蔑ろにしていたはずなのに。

体調が戻ったその日、王宮へ連れ戻されると、泣き叫ぶマホが俺の元へ乗り込んできた。





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