秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ

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邂逅

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扉を開いたままぴくりとも動かないユリウスは、騎士服ではない軽装をしている。

いつもかっちりとしているユリウスの、少しだけ砕けた感じの姿に目が泳いでしまうう。

ユリウスは黙ったまま動こうとしない。

やっぱりこんな所まで追いかけて来たことを怒っているんだろうか。

「ごめん。急に押しかけて。どうしても伝えたかったことがあって、やっぱり、その…怒ってるよな。俺のせいで…」

まともにユリウスの顔を見られず、下を向いたままぎゅっと拳を握る。

このまま追い返されたら、どうしよう。

追い返されることなんて想定していなかった。

「…いえ、驚いただけです。まさかノア様がいらっしゃるなんて想像もしていませんでしたから。」

ユリウスのいつもと同じ響きの口調に、少しだけほっとする。

「…本当に、怒っていないか?」

顔を上げると、ユリウスは首を振ってそれを否定してくれた。

「ええ、怒る理由がありません。此処へはルドルフ様が連れてこられたのですか?ルドルフ様、お一人で?」

「いや、もう一人…シオンも…。」

「そうですか。…それならばわたしが怒る理由など尚更何もございません。さあ、中へ。」

シオンの名を出すと、ユリウスは少しだけぴくりと反応した。

大きく開かれた扉から中へと足を進める。

先に入り込んでいた狼は、一脚だけある長椅子の下で、既に我がもの顔で寛いでいる。

「…お寒くはございませんか?」

「…大丈夫。」

「マントを脱いで、椅子にかけてお待ち下さい。何か温かいお飲み物を用意します。」

「……ん。ありがと。」

「今は甘めの方が良さそうですね。」

「…うん。」

ユリウスからそう言われると、確かに今は甘い飲み物を欲している。

お湯を沸かしている間、今度はどこからか掛け布を持って来て、膝の上に掛けてくれる。

「…ありがと。」

「いえ、もう少々お待ち下さい。」

「俺も手伝おうか?」

「いえ、ノア様が火傷でもしたら大変です。ここには薬らしい薬も見当たらないので。」

仕方ないので、足元に寝そべっている狼のもふもふを堪能する。

あまり触られるのを嫌がるかと思ったが、ちらっとこちらを一瞥しただけで、大きな尻尾を振り回して俺の顔に擦り付けている。

くすぐったい。

部屋の中には、かたかたとユリウスが飲み物を準備する音だけが響いている。

「…ユリウス。」

「どうかされましたか?」

「…いや、何でもない。…ユリウス。」

「…ノア様?」

名を呼べば答えてくれるのが嬉しくて、思わず笑みが溢れる。

一人でふふふと笑う俺の姿に、ユリウスは首を傾げて不審そうにしている。

明後日になれば、ユリウスはもう此処へはいない。

こんなに近くにいるのに、この先もう会えないかもしれないなんて、嘘みたいだ。

「さあ、どうぞ。」

ユリウスが用意してくれたのは、蜂蜜が入った甘いミルクだ。

立ったまま座ろうとしないユリウスを長椅子に無理矢理座らせて、二人でそのミルクに口を付ける。

「ふわあ、あったかくて美味しいな。」

「それは良かった。まだありますから、おかわりもどうぞ。」

「…ん。ありがとう。」

あっという間に一杯を飲み終えると、もう一杯おかわりをする。

おかわりを半分程飲み進めた所で、此処まで来た目的を忘れそうになっていた自分にはっとした。

「ユリウス!俺は、話があってここまで来たんだ。あの、その、聞いてくれるか?」

「ええ、とっくに聞く準備は整っています。…ノアール様のことですか?」

「ああ、そうなんだけど、その前に、俺があんな事を言ってしまったせいで、ユリウスが牢に入れられるなんて、ほんとにすまなかった。」

「いいえ。わたしは大丈夫です。ルドルフ様がよくしてくださったので、何も不便はありませんでした。」

「でも、俺のせいで…」

「もう気になさらないで下さい。現にこうして出られたではありませんか。」

ユリウスは本当に全く気にしていないといった様子で、俺と同じミルクに口を付けている。

「…あの時、俺が言ったことを覚えているか?」

「ノアール様との記憶が混濁して発してしまった言葉です。そのことも気にしてはおりません。ノアール様が子を…そんなことはございませんから。」

ユリウスはあの時の俺の発言を信じてはいないようだ。

でもそれじゃあ駄目だ。

他の誰でもない、ユリウスだけは真実を知っておくべきだ。

ノアールがどんな想いで子を産んだのか、ユリウスを待ち続けていたのか。

「あれは本当の事だ。俺の記憶違いなんかじゃない。」

「…ノア様、一体何を?」

「いいからちゃんと聞いてくれ。ノアールは本当にお前の子を産んでいる。ノアールは、ユリウスの事を深く想い慕っていた。その事を否定なんかしないでくれ。」

「…ノア様、そんな冗談は流石に…」

「ユリウス、冗談なんかじゃない。お願いだから、信じて欲しい。」

ふいに、ずっと俺の足元にいた狼が立ち上がり、今度はユリウスの足元に寝そべる。

「…そんな、まさか。お前も知っていたのか?」

ん?

ユリウスも狼と話せるんだろうか。

狼と見つめ合うユリウスは、何度も首を横に振って、それから両手で頭を抱え込んでしまった。







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