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邂逅
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薄暗がりの中を、二頭の馬が風をきって駆けていく。
風のせいで、深く被ったフードが何度も捲り上がりそうになるのを、ぎゅっと手で押さえて堪える。
「…ノア様、大丈夫ですか?」
「いや、全然大丈夫だから。このまま進んで欲しい。」
馬に乗るのは生まれて初めてだが、記憶の中にある経験のせいか、この感覚がひどく懐かしい。
今はルドルフに抱えられて走っているが、またいつか、一人でも駆け回ることができたらいい。
「だいぶ日が翳ってきました。もう少し急がないと、暮れてしまいます!」
後ろを走るシオンの声が風に乗って響く。
「ノア様、少し辛いやもしれませんが、もう少し速度を上げます。振り落とされないよう、しっかりと掴まっていて下さい。」
ルドルフがさらに速度を上げると、フードを押さえている余裕なんてなくなった。
街中を抜け、木々が生い茂る森の中へと入り込む。
もう誰かに顔を見られる杞憂はない。
…ユリウスは一体どこにいるんだろう。
先に見えるのは、どこまでも連なる木々だけだ。
本当にユリウスはこんな所にいるんだろうか?
ユリウスに会いたいと食い下がる俺に、ルドルフは一度だけだと、そう言って夕刻前までに手筈を整えてくれた。
迎えに来たルドルフと部屋を出ると、例の侍女がまた目の前に立ち塞がる。
「明朝まで。御身体に何一つ危害がないよう。やはり、わたくしも…」
侍女の声を初めて聞いた。
低く抑揚のない声だ。
「人数が増えると人目に付きやすい。これ以上は無理だ。必ず明朝までには連れて帰る。そう伝えてくれ。」
侍女は渋々といった感じで、道を開けてくれた。
ルドルフは一妃と話しを付けてきたのかもしれない。
「…行ってくる。かならず戻るから。」
「どうかご無事で。」
すれ違い様に声を掛けると、侍女はそう言って見送ってくれた。
少しだけユリウスに会いに行くだけなのに、なんだか仰々しい雰囲気だ。
触れ合うことはなかったけど、母さんや母様たちだけでなく、あそこにいた侍女たちもずっと見守っていてくれたんだ。
俺はきっと恵まれているんだな。
深い森の中を進むと、急に視界がぱっと開け、きらきらとした美しい湖が広がっていた。
「…この場所は…」
後ろにいたシオンの呟きが聞こえる。
…ユリウスに会うために此処へ来たのに、何故かシオンが付き添ってくれた。
確かに面識のある騎士は、ユリウスの他にシオンしかいないけど…。
婚約解消を申し出たばかりなのに、申し訳ない。
ばたばたと急いで此処まで来たから、シオンとはまともに話せていない。
「…こんな所まで、すまなかったなシオン。なんか…その、申し訳ない。」
ここが目的地なのか、馬を止めたルドルフの大きな身体を避けるようにして後ろを振り向く。
シオンは俺の言葉なんて聞こえていないかのように、湖に釘付けだ。
確かに、綺麗な湖だ。
日が落ちて、月の光に照らされた水面には辺りの木々が映り込み、合わせ鏡のように見えるその景色は幻想的だった。
暫くの間見惚れていると、森の中から一匹の狼がゆっくりと現れ出てくる。
初めて見る野生の生き物なのに、不思議と恐怖はない。
後ろのシオンが警戒して前に立ち塞がろうとしたが、ルドルフはそれを制した。
二匹の馬も狼を目前にしているのに、驚いて暴れる様子はない。
ここはなんだか、とても不思議な場所だ。
それでいて、とても懐かしい。
馬から降りたルドルフが、俺をそっと下ろしてくれる。
その間、狼はただじっと俺のことを見ていた。
硬そうに見えていた銀色の毛並は、月光に照らされて、よく見るとふわふわとしている。
「…ノア様、ユリウスはあそこに。」
狼に見惚れていた俺に、ルドルフが示した先には、小さな建物があった。
狼はくるりと向きを返ると、ぶんぶんともふもふの尻尾を振り回している。
「…ついて来いと、そう申しております。」
「え!お前、狼と話せるのか!?」
「話せるというか、まあ、この話しをしている時間もないので…。とりあえず、早くユリウスの元へ。わたしとシオンはここまでのようです。」
馬から降りたシオンは、まだ呆然としている。
シオンもきっと、此処へ来たのは初めてなんだろう。
「ユリウスが、あそこにいるんだな…。ありがとうルドルフ。シオンも。俺、行ってくる!」
狼の後を追うように歩き出すと、狼は尻尾で何かを伝えようとしてくる。
ぶんぶん、ぶんぶん、と。
「…え、何?」
ぶんぶん、ぶんぶん、ぶん。
「…俺、早くユリウスに会いたいんだけど。」
ぶんぶん……
目には見えるが、ここからその建物まではそれなりに距離がある。
「…え、まさか、乗れってこと?」
尻尾が一段と大きく振り回された。
「えええ!いいの!?」
ぶんぶん!
背中にそっと跨ると、銀色の毛並みはやっぱりふわふわとしていて、とても肌触りがいい。
あっという間に、建物の入り口まで辿り着いた。名残り惜しいが、狼から降りて扉の前に立つ。
ユリウスが、此処にいる。
ふーっと、大きく息を吐く。
時間はあまりない。
ちゃんと、言いたいことを話さないと。
ノアールと、俺と、二人分の…。
「…戻ってきたのか?」
低く響く、あの声だ。
胸が一つ高なる。
中から扉が開かれる。
俺からユリウスの元を訪ねるのは初めてのことだ。
ユリウスは嫌がったりしないだろうか。
今更そんなことを考えて、緊張してしまう。
開かれた扉の隙間から、狼はするりと中へ入ってしまった。
「……ノア、様?」
ユリウスの姿を目にして、俺の胸はもう一度大きく音を立てて、高まった。
風のせいで、深く被ったフードが何度も捲り上がりそうになるのを、ぎゅっと手で押さえて堪える。
「…ノア様、大丈夫ですか?」
「いや、全然大丈夫だから。このまま進んで欲しい。」
馬に乗るのは生まれて初めてだが、記憶の中にある経験のせいか、この感覚がひどく懐かしい。
今はルドルフに抱えられて走っているが、またいつか、一人でも駆け回ることができたらいい。
「だいぶ日が翳ってきました。もう少し急がないと、暮れてしまいます!」
後ろを走るシオンの声が風に乗って響く。
「ノア様、少し辛いやもしれませんが、もう少し速度を上げます。振り落とされないよう、しっかりと掴まっていて下さい。」
ルドルフがさらに速度を上げると、フードを押さえている余裕なんてなくなった。
街中を抜け、木々が生い茂る森の中へと入り込む。
もう誰かに顔を見られる杞憂はない。
…ユリウスは一体どこにいるんだろう。
先に見えるのは、どこまでも連なる木々だけだ。
本当にユリウスはこんな所にいるんだろうか?
ユリウスに会いたいと食い下がる俺に、ルドルフは一度だけだと、そう言って夕刻前までに手筈を整えてくれた。
迎えに来たルドルフと部屋を出ると、例の侍女がまた目の前に立ち塞がる。
「明朝まで。御身体に何一つ危害がないよう。やはり、わたくしも…」
侍女の声を初めて聞いた。
低く抑揚のない声だ。
「人数が増えると人目に付きやすい。これ以上は無理だ。必ず明朝までには連れて帰る。そう伝えてくれ。」
侍女は渋々といった感じで、道を開けてくれた。
ルドルフは一妃と話しを付けてきたのかもしれない。
「…行ってくる。かならず戻るから。」
「どうかご無事で。」
すれ違い様に声を掛けると、侍女はそう言って見送ってくれた。
少しだけユリウスに会いに行くだけなのに、なんだか仰々しい雰囲気だ。
触れ合うことはなかったけど、母さんや母様たちだけでなく、あそこにいた侍女たちもずっと見守っていてくれたんだ。
俺はきっと恵まれているんだな。
深い森の中を進むと、急に視界がぱっと開け、きらきらとした美しい湖が広がっていた。
「…この場所は…」
後ろにいたシオンの呟きが聞こえる。
…ユリウスに会うために此処へ来たのに、何故かシオンが付き添ってくれた。
確かに面識のある騎士は、ユリウスの他にシオンしかいないけど…。
婚約解消を申し出たばかりなのに、申し訳ない。
ばたばたと急いで此処まで来たから、シオンとはまともに話せていない。
「…こんな所まで、すまなかったなシオン。なんか…その、申し訳ない。」
ここが目的地なのか、馬を止めたルドルフの大きな身体を避けるようにして後ろを振り向く。
シオンは俺の言葉なんて聞こえていないかのように、湖に釘付けだ。
確かに、綺麗な湖だ。
日が落ちて、月の光に照らされた水面には辺りの木々が映り込み、合わせ鏡のように見えるその景色は幻想的だった。
暫くの間見惚れていると、森の中から一匹の狼がゆっくりと現れ出てくる。
初めて見る野生の生き物なのに、不思議と恐怖はない。
後ろのシオンが警戒して前に立ち塞がろうとしたが、ルドルフはそれを制した。
二匹の馬も狼を目前にしているのに、驚いて暴れる様子はない。
ここはなんだか、とても不思議な場所だ。
それでいて、とても懐かしい。
馬から降りたルドルフが、俺をそっと下ろしてくれる。
その間、狼はただじっと俺のことを見ていた。
硬そうに見えていた銀色の毛並は、月光に照らされて、よく見るとふわふわとしている。
「…ノア様、ユリウスはあそこに。」
狼に見惚れていた俺に、ルドルフが示した先には、小さな建物があった。
狼はくるりと向きを返ると、ぶんぶんともふもふの尻尾を振り回している。
「…ついて来いと、そう申しております。」
「え!お前、狼と話せるのか!?」
「話せるというか、まあ、この話しをしている時間もないので…。とりあえず、早くユリウスの元へ。わたしとシオンはここまでのようです。」
馬から降りたシオンは、まだ呆然としている。
シオンもきっと、此処へ来たのは初めてなんだろう。
「ユリウスが、あそこにいるんだな…。ありがとうルドルフ。シオンも。俺、行ってくる!」
狼の後を追うように歩き出すと、狼は尻尾で何かを伝えようとしてくる。
ぶんぶん、ぶんぶん、と。
「…え、何?」
ぶんぶん、ぶんぶん、ぶん。
「…俺、早くユリウスに会いたいんだけど。」
ぶんぶん……
目には見えるが、ここからその建物まではそれなりに距離がある。
「…え、まさか、乗れってこと?」
尻尾が一段と大きく振り回された。
「えええ!いいの!?」
ぶんぶん!
背中にそっと跨ると、銀色の毛並みはやっぱりふわふわとしていて、とても肌触りがいい。
あっという間に、建物の入り口まで辿り着いた。名残り惜しいが、狼から降りて扉の前に立つ。
ユリウスが、此処にいる。
ふーっと、大きく息を吐く。
時間はあまりない。
ちゃんと、言いたいことを話さないと。
ノアールと、俺と、二人分の…。
「…戻ってきたのか?」
低く響く、あの声だ。
胸が一つ高なる。
中から扉が開かれる。
俺からユリウスの元を訪ねるのは初めてのことだ。
ユリウスは嫌がったりしないだろうか。
今更そんなことを考えて、緊張してしまう。
開かれた扉の隙間から、狼はするりと中へ入ってしまった。
「……ノア、様?」
ユリウスの姿を目にして、俺の胸はもう一度大きく音を立てて、高まった。
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