秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ

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ユリウスの呼ぶ名

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身体の傷は回復しているのに、ユリウスが目覚めることのないまま、一月が過ぎようとしていた。

「ノア様、陛下から数日以内にユリウスをここから移動させるよう命じられて来ました。」

この一月で数年分の年を重ねたように見えるルドルフが、憔悴し切った様子で訪れた。

「…父さんに無理を言っているのは分かってる。だからって、こんな状態で、どこに行かせるつもりだよ!」

「…うちで引き取るつもりです。ですから、どうかご安心下さい。」

ルドルフは相当な責任を感じているようだ。

あの日、無理を通してあの宿に向かっていなければ、ユリウスとマホ、一人の騎士は確実に命を落としていただろう。

「…もう少しだけ、その後は必ず父さんの言うことに何でも従うから、そう伝えて欲しい。」

「ノア様…。承知しました。」

そうは言っても、確かにもう限界だろう。母様たちにも、だいぶ無理を通させてしまった。

父さんの静かな怒りが、母様たちを疲弊させていることは間違いない。

「マホは今、どうしているんだ?」

重い扉に手をかけるルドルフの背に、もう一度声を掛ける。

城へ急ぎ向かう途中で、マホたちと合流した。

マホはユリウスの姿を見て、ずっと言葉を失ったままだった。

マホは被害者ではあるが、マホ自身の行動が今回の事件の引き金になったことも否めない。

「大人しく取り調べに協力しています。ユリウスの容体については何度も訊ねられますが、会いに行こうとする様子は見られません。」

「…そうか。」

がちゃんと扉が閉まるが、もう厳重な鍵を掛けられることはない。





「まだお眠りになりますか?もうそろそろ昼時ですが…」

閉じられていたカーテンが開かれたせいで、差し込む光に目を背ける。

「…ん、もう少し…ねむ」

なんだかとても長い夢を見ていたような気がする。身体が重いし、なかなか瞼を開くことができない。

ふわっと描け布を整えられ、もう一度その中に身を丸める。

懐かしい匂い。

この匂いが好きで、いつもくんくんしてたな。

この匂いは、確か…

「…ユリウス?」

ぱっと目が覚めると、そこは寝慣れた俺の寝台で、隣の部屋からはかたかたと物音が聞こえてくる。

あれ?ここに横たわっていたのは、確かユリウスで…

「ノア様、起きたのですか?食事の用意をしてあります。召し上がりますか?」

顔を覗かせたのは、見慣れた騎士服に身を包んだユリウスだ。

そう言われれば、ひどく腹が減っているような気がする。

「…ん。食べる。」

起きあがろうとして、ぐらりとした身体をそっと支えてくれるユリウスは、いつものユリウスだ。

いつもの…???

「ノア様、怪我はございませんでしたか?」

「…ん?」

「ノア様にお助け頂く日が来るとは思ってもいませんでした。…本当に、無茶苦茶なお方です。」

「………???」

「もうこれからは、絶対にあのような無理はなさらないで下さい。分かりましたね。」

切れ長の涼しげな目に見据えらると、ぼんやりとしていた頭の中が次第に鮮明になっていく。

ユリウスの顔や首筋には、まだあの晩の傷跡が生々しく垣間見える。

「ユリウス!お前、目覚めたのか!?」

「ええ、今朝方。」

「なんでそんな格好してるんだ!まだ横になってなきゃ駄目だろ!」

毎日身体を拭いていたのは俺だ。

まだ完全に治り切っていないことは、よく知っている。

「もう大丈夫です。いつまでもノア様の寝台を占領している訳にはいきません。」

ユリウスの看病をするために、簡易な寝台を用意してもらい、そこでずっと寝起きをしていた。それなのに、いつの間に。

「本当に、もう大丈夫です。」

寝台の脇に跪くと、ユリウスは膝をついて頭を下げた。

「ノア様、ありがとうございました。ずっと鍛錬を続けていらしたのですね。」

「…ユリウス、ほんとに、」

堪えていた何かが堰を切ったように溢れ出す。

ぽろぽろと溢れ出す涙と鼻水が止まらない。

ユリウスはそんな俺の背中を、何も言わずに落ち着くまで、とんとんとして宥めてくれた。

泣き止む頃には、すっかりお腹が空いていて、二人向かい合って、以前のように食卓についた。

俺だけでなく、ユリウスもよく食べた。黙々と食べ進め、それからあの晩の出来事と、今の状況を伝えると、ユリウスは黙ってそれに頷いた。

「…マホも、無事だぞ。今は取り調べを受けているらしい。その、どうなるか分からないけど、そんなに重い罰は受けないと思うから、だから、、、」

マホの話しを始めると、ユリウスは食べていた手を止めた。

「…そうですか。真帆も取るべき責任を負わねばならないでしょう。こうなったのも、自業自得ですから。」

「…だけど、悪いのは、ユリウスを襲ったあの騎士たちで、他にももっと絡んでいる奴らがいたみたいで、ルドルフとシオンが調べている。」

シオンの名を出すと、わずかにぴくりと、ユリウスが反応した。

「シオンとの婚約は…」

「前にも話しただろう。お互いに納得の上で解消したんだ。父さんにも伝えた。今頃次の相手を探しているかもしれないな。」

「シオンは本当に納得したのですか?」

「ん?ああ、大丈夫だ。他に想い合う相手がいるようだしな。」

流石にその相手が第一王子だとはまだ言い出せない。当人たちからも、はっきりと聞いた訳じゃないからな。

「他に、想い合う?」

「ああ、そうだ。だから、」

がたんと音を立てて、急にユリウスが立ち上がった。

その振動でテーブルの上の紅茶が波打つ。

「ど、どうした?急に。身体に障るぞ。」

「シオンに会いに行きます。ノア様というお相手がいながら、他に、」

ユリウスから漂う殺気に、背筋が凍る。

「いや、違う、そういうんじゃない!落ち着け、ユリウス!違うから!」

シオンの元へ向かおうとするユリウスを止めようとするが、ユリウスは聞く耳を持ってくれない。

「だから、違うんだって!」







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