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ユリウスの呼ぶ名
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寝台に横たわるユリウスの姿は見ていられないぐらい痛々しい。
身体中痣だらけで、赤黒く腫れ上がっているし、胸と肩に受けた刺し傷からの出血は夥しい。
ユリウスをこんなになるまで痛めつけた相手は、かつてユリウスの部下でもあった騎士の男だ。
少し遅れて駆け付けたルドルフとシオンが取り押さえたが、同じ騎士の犯したこの出来事に驚きを隠せないようだった。
騎士団では今回の件を深刻に受け止めている。
あの騎士の他に関わっていた者達の特定、その動機について詳しく調査している最中だ。
苦しそうに顔を歪めるユリウスの額を拭う。なかなか熱が下がらない。
「…ユリウス、早く目を覚ませ。母さんは山場を超えたから、後は意識を取り戻すだけだって言っているぞ。」
小さく呻き声を上げたユリウスの額には、小さな汗が浮かび上がる。
冷えた水で布巾を濡らすと、俺はまたその額をそっと拭った。
血だらけのユリウスを狼に乗せ上げ、明け方の王都を人目も気にせず駆け抜けた。
狼は馬よりも早かったし、気のせいか振動も少なく、乗り心地は悪くなかった。
まばらではあるが、俺たちの姿を見た者たちは悲鳴や感嘆の声をあげていたが、顔を覆っていたマントが翻るのを気にする余裕なんてなかった。
ルドルフとシオン、もう一人の騎士に連れられたマホと宿の主人、縛り上げられた裏切り者の騎士が王宮に辿り着くと、明け方にも関わらずそこは蜂の巣を突いたような大騒ぎになった。
狼まで現れたんだから、尚更か。
騒ぎの中、俺が急いで向かったのは母さんの元だ。
後宮の門番は狼に腰を抜かし、全く門番としての機能を果たさなかったが、そのおかげで、すんなりと中へ入ることができた。
すぐに現れた侍女たちに、母さんを呼ぶよう伝えると、状況を察したのかすぐに手筈を整えてくれた。
彼女たちは狼の姿にも、ユリウスの姿にも全く動じることはなかった。いつも通りのその淡々とした動きに、興奮していた身体は少しだけ冷静を取り戻せたと思う。
母さんが現れ、続いて一妃、他の妃達が目を擦りながら現れ、ずっと俺が過ごしていたあの部屋へと通された。
母さんも、母様達も、大袈裟に騒ぎ立てるような事はなかった。
六妃だけは、少し顔を紅潮させもふもふの狼に興味深々な様子を隠しきれていなかったような気がする。
いずれにせよ、腰を抜かした門番達と違って、後宮内にいる女たちの方がよっぽど肝が据わっていた。
俺がいつも使っていた寝台へユリウスを寝かせると、母さんは急いで治療に取り掛かってくれた。
血だらけの服を脱がせると、首にかかった鎖の先には、真っ二つに割れたメッキのメダルがぶら下がったままだった。
「へえ、偶然かもしれないけど、これのおかげでユリウスは命拾いしたね。だいぶ年季が入っているようだけど、肌身離さず身に付けていたのかな。」
悪いけど治療の妨げになるからと、母さんが鎖を切って、その先のメダルを取り外した。
こんながらくた、まだ持っていたのか…
剣術大会のあったあの日のことを思い出す。
侍女と共に、母さんの手伝いをする後ろには母様たちが心配そうに控えていた。
ぎりぎり致命傷を免れたことと、元々鍛え上げているユリウスの身体のおかげで、治療はなんとか無事に終えることができた。
ふと後ろを振り返ると、蹲って目を閉じている狼の周りを、もふもふに興味深々の母様たちが取り囲んでいた。
六妃は始めその尻尾に遠慮がちに触れて、狼が拒否しないと分かると、大胆にもふもふし始めた。
それを見ていた他の母様たちも、始めは恐る恐る、その後は大胆にもふもふし始め、意外なことに、一妃までもふもふを堪能していたようだった。
やっぱり、此処に連れてきて良かった。
此処にユリウスを連れて来たのは、無意識の内だったが、此処は一番安全で安心できる場所だ。
母さんはユリウスの治療が終わった後、俺の身体にも怪我がないか診てくれた。
その時初めて、両手がずっとぶるぶると震えていた事に気がついた。
怪我がないことを確認すると、母さんは静かに頭を撫ででくれた。
「ノアよくやったね。ユリウスは大丈夫だよ。…だけど、もうこんな危険な真似はしないで欲しい。分かったね。」
他の母様たちにも一人ずつ抱きしめられ、少しずつ手の震えはおさまっていった。
後はユリウスの意識が戻れば、本当にもう大丈夫だ。
そう信じてその日からずっと、片時もユリウスの側を離れずにこうして看病し続けている。
時折、ユリウスは声にならない呻き声を発する。
ノア……
それが、ノアールを呼ぶ声なのか、俺を呼ぶ声なのか、わからない。
身体は回復しているはずなのに、熱だけは上がったり下がったりの繰り返しで、一向に目を覚ます気配がない。
こんな状態のまま、もう十日も経ってしまった。
考えなくないのに、考えてしまう。
ユリウスが目を覚まさないのは、このままノアールの元へ逝ってしまいたいからじゃないのかって。
俺がしたことは、ユリウスにとっては余計なお世話だったんじゃないかって。
ノアールは助けて欲しいって言っていたけど、ユリウスはそんなこと思ってもいなかったんじゃないか。
だって、ユリウスは最後に意識を手放す前に、すごく穏やかな表情をしていた。
ノア…
ユリウス、お前は一体誰の名を呼んでいるんだろうな。
身体中痣だらけで、赤黒く腫れ上がっているし、胸と肩に受けた刺し傷からの出血は夥しい。
ユリウスをこんなになるまで痛めつけた相手は、かつてユリウスの部下でもあった騎士の男だ。
少し遅れて駆け付けたルドルフとシオンが取り押さえたが、同じ騎士の犯したこの出来事に驚きを隠せないようだった。
騎士団では今回の件を深刻に受け止めている。
あの騎士の他に関わっていた者達の特定、その動機について詳しく調査している最中だ。
苦しそうに顔を歪めるユリウスの額を拭う。なかなか熱が下がらない。
「…ユリウス、早く目を覚ませ。母さんは山場を超えたから、後は意識を取り戻すだけだって言っているぞ。」
小さく呻き声を上げたユリウスの額には、小さな汗が浮かび上がる。
冷えた水で布巾を濡らすと、俺はまたその額をそっと拭った。
血だらけのユリウスを狼に乗せ上げ、明け方の王都を人目も気にせず駆け抜けた。
狼は馬よりも早かったし、気のせいか振動も少なく、乗り心地は悪くなかった。
まばらではあるが、俺たちの姿を見た者たちは悲鳴や感嘆の声をあげていたが、顔を覆っていたマントが翻るのを気にする余裕なんてなかった。
ルドルフとシオン、もう一人の騎士に連れられたマホと宿の主人、縛り上げられた裏切り者の騎士が王宮に辿り着くと、明け方にも関わらずそこは蜂の巣を突いたような大騒ぎになった。
狼まで現れたんだから、尚更か。
騒ぎの中、俺が急いで向かったのは母さんの元だ。
後宮の門番は狼に腰を抜かし、全く門番としての機能を果たさなかったが、そのおかげで、すんなりと中へ入ることができた。
すぐに現れた侍女たちに、母さんを呼ぶよう伝えると、状況を察したのかすぐに手筈を整えてくれた。
彼女たちは狼の姿にも、ユリウスの姿にも全く動じることはなかった。いつも通りのその淡々とした動きに、興奮していた身体は少しだけ冷静を取り戻せたと思う。
母さんが現れ、続いて一妃、他の妃達が目を擦りながら現れ、ずっと俺が過ごしていたあの部屋へと通された。
母さんも、母様達も、大袈裟に騒ぎ立てるような事はなかった。
六妃だけは、少し顔を紅潮させもふもふの狼に興味深々な様子を隠しきれていなかったような気がする。
いずれにせよ、腰を抜かした門番達と違って、後宮内にいる女たちの方がよっぽど肝が据わっていた。
俺がいつも使っていた寝台へユリウスを寝かせると、母さんは急いで治療に取り掛かってくれた。
血だらけの服を脱がせると、首にかかった鎖の先には、真っ二つに割れたメッキのメダルがぶら下がったままだった。
「へえ、偶然かもしれないけど、これのおかげでユリウスは命拾いしたね。だいぶ年季が入っているようだけど、肌身離さず身に付けていたのかな。」
悪いけど治療の妨げになるからと、母さんが鎖を切って、その先のメダルを取り外した。
こんながらくた、まだ持っていたのか…
剣術大会のあったあの日のことを思い出す。
侍女と共に、母さんの手伝いをする後ろには母様たちが心配そうに控えていた。
ぎりぎり致命傷を免れたことと、元々鍛え上げているユリウスの身体のおかげで、治療はなんとか無事に終えることができた。
ふと後ろを振り返ると、蹲って目を閉じている狼の周りを、もふもふに興味深々の母様たちが取り囲んでいた。
六妃は始めその尻尾に遠慮がちに触れて、狼が拒否しないと分かると、大胆にもふもふし始めた。
それを見ていた他の母様たちも、始めは恐る恐る、その後は大胆にもふもふし始め、意外なことに、一妃までもふもふを堪能していたようだった。
やっぱり、此処に連れてきて良かった。
此処にユリウスを連れて来たのは、無意識の内だったが、此処は一番安全で安心できる場所だ。
母さんはユリウスの治療が終わった後、俺の身体にも怪我がないか診てくれた。
その時初めて、両手がずっとぶるぶると震えていた事に気がついた。
怪我がないことを確認すると、母さんは静かに頭を撫ででくれた。
「ノアよくやったね。ユリウスは大丈夫だよ。…だけど、もうこんな危険な真似はしないで欲しい。分かったね。」
他の母様たちにも一人ずつ抱きしめられ、少しずつ手の震えはおさまっていった。
後はユリウスの意識が戻れば、本当にもう大丈夫だ。
そう信じてその日からずっと、片時もユリウスの側を離れずにこうして看病し続けている。
時折、ユリウスは声にならない呻き声を発する。
ノア……
それが、ノアールを呼ぶ声なのか、俺を呼ぶ声なのか、わからない。
身体は回復しているはずなのに、熱だけは上がったり下がったりの繰り返しで、一向に目を覚ます気配がない。
こんな状態のまま、もう十日も経ってしまった。
考えなくないのに、考えてしまう。
ユリウスが目を覚まさないのは、このままノアールの元へ逝ってしまいたいからじゃないのかって。
俺がしたことは、ユリウスにとっては余計なお世話だったんじゃないかって。
ノアールは助けて欲しいって言っていたけど、ユリウスはそんなこと思ってもいなかったんじゃないか。
だって、ユリウスは最後に意識を手放す前に、すごく穏やかな表情をしていた。
ノア…
ユリウス、お前は一体誰の名を呼んでいるんだろうな。
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