「役立たず」と婚約破棄されたけれど、私の価値に気づいたのは国中であなた一人だけでしたね?

ゆっこ

文字の大きさ
5 / 6

5

しおりを挟む
 馬車が激しく横に揺れ、車輪がきしむ。
 護衛の騎士たちの怒号、金属音、魔力の炸裂する気配が次々と響き渡る。

「フェリシア、こっちへ!」

 レオンハルトは私の体を抱き寄せ、馬車の端へと庇うように移動した。
 彼の腕は震えている。恐怖ではない。怒りと焦りだ。

「外に出るな。絶対にだ」

 扉の向こうから、冷たい笑い声が響く。

「殿下は相変わらず“優等生”ですね。そんなに彼女が大事?」

 エドワードの声。
 しかしその声には、以前のような弱さも迷いもなかった。
 まるで別人のような、底冷えのする響きだけがあった。

 レオンハルトの眉が険しく寄る。

「エドワード。お前、正気なのか」

「正気ですよ。ようやくね」

 低く笑いながら、エドワードが続ける。

「フェリシアを返してもらいに来ただけです。
 だって彼女は“僕のもの”でしょう?」

 ぞくりと背筋を凍らせる言葉。

「役立たず”と追い出したのは誰だったの……?」

 私が呟いた瞬間、エドワードの声が一瞬だけ固まる。

 だがすぐに、ゆっくりと歪んだ笑みを含んだ声に戻った。

「誤解させたのは悪かった。でも……“役立たず”じゃなかったんだ。
 むしろ──国で一番“使える”女だった」

「……!」

 私の心臓が大きく跳ねた。

 レオンハルトが怒りで息を呑む。

「エドワード!! それ以上口を開くな!」

「どうして? 本当のことなのに」

 エドワードの声が、馬車の外から近づく。

「フェリシアの魔力は特異なんですよ。
 魔力を吸収し、変質し、そして増幅する性質……
 王族の血と組み合わされば、“新たな系譜”が生まれる」

「──っ!」

 レオンハルトの喉から怒りの音が漏れた。

「お前……それを誰から聞いた」

「王宮の中にいる人ですよ。
 あなたも知っているはずだ。
 僕の“後ろ盾”になってくれた、あの方が──」

 その瞬間、馬車全体が黒い魔力に覆われた。

 空気が、重く、押し潰されるような圧力を帯びる。

(これ……エドワードの魔力じゃない)

 エドワードはこんな濃度の魔力を扱えない。
 もっと大きく、深い……まるで闇そのもののようだ。

 ──黒幕は、すぐそばにいる。

「レオンさま、外は危険です……!」

「分かっている。しかし、ここに閉じこもればフェリシアが狙い撃ちにされる」

 レオンハルトは剣を抜き、馬車の扉を少しだけ開けて外を確認した。

 その瞬間、黒い魔力弾が馬車をかすめ、木々が一瞬で消し飛ぶ。

「っ……!」

「フェリシア、後ろへ!」

「は、はい!」

 馬車の中が黒い煙に包まれ、視界が揺れる。

(誰が……こんなことを……)

 すると、外から別の声が響いた。

「エドワード王子、その程度で時間をかけすぎです」

 低く、静かで、それでいて圧倒的な威圧感を持つ声。

 私は息を呑んだ。

 その声は──どこかで聞いたことがある。

「君は……まさか……!」

 レオンハルトが目を見開く。

 黒い気配の主人が姿を現した。

「やっと気づきましたね。
 殿下──私はもともと“あなたの側”にいたのですよ」

 そいつは、黒いローブに身を包みながらゆっくりとフードを外す。

 現れた顔は――

 レオンハルトの側近・第一補佐官、ダリウス。

「ダ、ダリウス……? どうしてあなたが……!」

 私の声は震えていた。

 レオンハルトは信じられないというように、名を叫ぶ。

「ダリウス、貴様……裏切ったのか」

「裏切り? いいえ。
 私は“正しい王”に仕えるだけ。
 力のある王に、ね」

 ダリウスはエドワードの後ろに立つ。

 その姿は不気味なほど自然で……
 まるで以前からずっと、そこが本来の位置だったかのように。

「エドワード王子は弱いですが……
 あなたのように無駄に冷静すぎるよりは扱いやすい。
 そして何より──彼は魔力の器としての“才能”がありますから」

 レオンハルトが剣を構えた。

「お前がエドワードを……操っているのか」

「操っている? いいえ。
 “導いている”だけです。
 彼には、素質がある。
 王家の血に眠る“闇の系譜”のね」

 エドワードの目が黒い光に染まっていく。

「僕は……僕はようやく分かったんだ。
 誰も僕を認めてくれなかったけど……
 ダリウスだけが僕の“価値”を教えてくれた」

「エドワード……!」

 私は思わず手を伸ばした。

「フェリシア。
 君も僕が必要だって分かるはずだよ。
 だって──」

 黒い魔力がエドワードの掌で渦巻く。

「君は“僕のもの”なんだから」

 その瞬間、レオンハルトが叫んだ。

「フェリシアから離れろ!」

 レオンハルトが馬車から飛び出す。
 馬車の外で、激しい衝突音と光が弾けた。

「レオンさま!」

 私も思わず扉を開けて外に出てしまった。

 ──その瞬間だった。

「ようやく出てきたか。
 さて、君には“覚醒”してもらいますよ、フェリシア嬢」

 ダリウスが指を弾く。

 黒い魔力が一直線に私の胸へ迫る。

(きゃっ──!)

 衝撃が来ると思った……が。

 胸の奥で、何かが反応した。

(え……?)

 黒い魔力が触れた瞬間、
 私の内側から“光”が爆ぜるように溢れた。

「なっ……!」

 ダリウスが驚愕で後ずさる。

 黒い魔力は吸い込まれるように私の体に入り──
 次の瞬間、白い光となって周囲に放たれた。

 周囲の闇が一瞬で晴れる。

 レオンハルトもエドワードも、その光に目を見開いていた。

「これが……フェリシアの……力……?」

 レオンハルトが呆然と呟く。

 ダリウスの笑みが歪む。

「やはり……“適合者”か。
 これは……利用価値が高い」

 背筋がぞくりとした。

 ダリウスが手を伸ばす。

「さあ、フェリシア嬢。こちらへ来なさい。
 君は──我々の“鍵”だ」

「絶対に行かせない!」

 レオンハルトが私の前に立ちふさがる。

 剣を構えながら、その背中が震えているのがわかった。

「フェリシアは……俺が守る」

 その声は、今までのどんな言葉よりも強くて、
 そして何より“個人的”だった。

(レオンさま……)

 しかしダリウスは微笑んだままだ。

「殿下。あなたは“王”ではない。
 だから守れない。
 彼女を守れるのは、本物の“王”だけだ」

「黙れ!」

 レオンハルトが怒号と共に踏み込む。

 だがダリウスの黒い魔力の壁が剣を弾き返す。

「レオンさま!!」

 私は思わず叫び、手を伸ばした。

 その瞬間──また胸の奥から光があふれ出し、
 レオンハルトの背中を包むように広がった。

「……っ!? フェリシア……!」

 レオンハルトの剣が光を帯びる。

 次の瞬間──

 彼の一撃が、ダリウスの黒い壁を打ち砕いた。

「ぐっ……!」

 ダリウスが初めて表情を歪める。

「光の……増幅……!?
 これは……想定外──」

 だがその瞬間、ダリウスの影が揺れ、黒い霧となって消えた。

「逃げた……!」

 レオンハルトは息を荒げ、私を抱きしめた。

「フェリシア……! 無事か!?
 どこか痛いところは……!」

「れ、レオンさま……息が……」

「あ……すまない……!」

 ようやく離れた彼は、私の頬に触れ、震える声で言った。

「本当に……よかった……!」

 その目には、涙に似た光が宿っていた。

(レオンさま……どうしてここまで……)

 でも、今は聞けなかった。

 暗闇のどこかで、ダリウスの声が響く。

「……次は逃がしませんよ。
 フェリシア嬢。あなたは──必ず“彼”のもとへ連れていく」

 黒幕はまだ姿を見せていない。

 そして私はまだ、自分の力の意味を知らない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたけれど、どうぞ勝手に没落してくださいませ。私は辺境で第二の人生を満喫しますわ

鍛高譚
恋愛
「白い結婚でいい。 平凡で、静かな生活が送れれば――それだけで幸せでしたのに。」 婚約破棄され、行き場を失った伯爵令嬢アナスタシア。 彼女を救ったのは“冷徹”と噂される公爵・ルキウスだった。 二人の結婚は、互いに干渉しない 『白い結婚』――ただの契約のはずだった。 ……はずなのに。 邸内で起きる不可解な襲撃。 操られた侍女が放つ言葉。 浮かび上がる“白の一族”の血――そしてアナスタシアの身体に眠る 浄化の魔力。 「白の娘よ。いずれ迎えに行く」 影の王から届いた脅迫状が、運命の刻を告げる。 守るために剣を握る公爵。 守られるだけで終わらせないと誓う令嬢。 契約から始まったはずの二人の関係は、 いつしか互いに手放せない 真実の愛 へと変わってゆく。 「君を奪わせはしない」 「わたくしも……あなたを守りたいのです」 これは―― 白い結婚から始まり、影の王を巡る大いなる戦いへ踏み出す、 覚醒令嬢と冷徹公爵の“運命の恋と陰謀”の物語。 ---

悪役令嬢の私、計画通り追放されました ~無能な婚約者と傾国の未来を捨てて、隣国で大商人になります~

希羽
恋愛
​「ええ、喜んで国を去りましょう。――全て、私の計算通りですわ」 ​才色兼備と謳われた公爵令嬢セラフィーナは、卒業パーティーの場で、婚約者である王子から婚約破棄を突きつけられる。聖女を虐げた「悪役令嬢」として、満座の中で断罪される彼女。 ​しかし、その顔に悲壮感はない。むしろ、彼女は内心でほくそ笑んでいた――『計画通り』と。 ​無能な婚約者と、沈みゆく国の未来をとうに見限っていた彼女にとって、自ら悪役の汚名を着て国を追われることこそが、完璧なシナリオだったのだ。 ​莫大な手切れ金を手に、自由都市で商人『セーラ』として第二の人生を歩み始めた彼女。その類まれなる才覚は、やがて大陸の経済を揺るがすほどの渦を巻き起こしていく。 ​一方、有能な彼女を失った祖国は坂道を転がるように没落。愚かな元婚約者たちが、彼女の真価に気づき後悔した時、物語は最高のカタルシスを迎える――。

婚約破棄されたので、とりあえず王太子のことは忘れます!

パリパリかぷちーの
恋愛
クライネルト公爵令嬢のリーチュは、王太子ジークフリートから卒業パーティーで大勢の前で婚約破棄を告げられる。しかし、王太子妃教育から解放されることを喜ぶリーチュは全く意に介さず、むしろ祝杯をあげる始末。彼女は領地の離宮に引きこもり、趣味である薬草園作りに没頭する自由な日々を謳歌し始める。

婚約破棄?はい、どうぞお好きに!悪役令嬢は忙しいんです

ほーみ
恋愛
 王国アスティリア最大の劇場──もとい、王立学園の大講堂にて。  本日上演されるのは、わたくしリリアーナ・ヴァレンティアを断罪する、王太子殿下主催の茶番劇である。  壇上には、舞台の主役を気取った王太子アレクシス。その隣には、純白のドレスをひらつかせた侯爵令嬢エリーナ。  そして観客席には、好奇心で目を輝かせる学生たち。ざわめき、ひそひそ声、侮蔑の視線。  ふふ……完璧な舞台準備ね。 「リリアーナ・ヴァレンティア! そなたの悪行はすでに暴かれた!」  王太子の声が響く。

婚約破棄されたけど、どうして王子が泣きながら戻ってくるんですか?

ほーみ
恋愛
「――よって、リリアーヌ・アルフェン嬢との婚約は、ここに破棄とする!」  華やかな夜会の真っ最中。  王子の口から堂々と告げられたその言葉に、場は静まり返った。 「……あ、そうなんですね」  私はにこやかにワイングラスを口元に運ぶ。周囲の貴族たちがどよめく中、口をぽかんと開けたままの王子に、私は笑顔でさらに一言添えた。 「で? 次のご予定は?」 「……は?」

悪役令嬢ですが、今日も元婚約者とヒロインにざまぁされました(なお、全員私を溺愛しています)

ほーみ
恋愛
「レティシア・エルフォード! お前との婚約は破棄する!」  王太子アレクシス・ヴォルフェンがそう宣言した瞬間、広間はざわめいた。私は静かに紅茶を口にしながら、その言葉を聞き流す。どうやら、今日もまた「ざまぁ」される日らしい。  ここは王宮の舞踏会場。華やかな装飾と甘い香りが漂う中、私はまたしても断罪劇の主役に据えられていた。目の前では、王太子が優雅に微笑みながら、私に婚約破棄を突きつけている。その隣には、栗色の髪をふわりと揺らした少女――リリア・エヴァンスが涙ぐんでいた。

ワガママを繰り返してきた次女は

柚木ゆず
恋愛
 姉のヌイグルミの方が可愛いから欲しい、姉の誕生日プレゼントの方がいいから交換して、姉の婚約者を好きになったから代わりに婚約させて欲しい。ロートスアール子爵家の次女アネッサは、幼い頃からワガママを口にしてきました。  そんなアネッサを両親は毎回注意してきましたが聞く耳を持つことはなく、ついにアネッサは自分勝手に我慢の限界を迎えてしまいます。 『わたくしは酷く傷つきました! しばらく何もしたくないから療養をさせてもらいますわ! 認められないならこのお屋敷を出ていきますわよ!!』  その結果そんなことを言い出してしまい、この発言によってアネッサの日常は大きく変化してゆくこととなるのでした。 ※現在体調不良による影響で(すべてにしっかりとお返事をさせていただく余裕がないため)、最新のお話以外の感想欄を閉じさせていただいております。 ※11月23日、本編完結。後日、本編では描き切れなかったエピソードを番外編として投稿させていただく予定でございます。

婚約破棄ありがとう!と笑ったら、元婚約者が泣きながら復縁を迫ってきました

ほーみ
恋愛
「――婚約を破棄する!」  大広間に響いたその宣告は、きっと誰もが予想していたことだったのだろう。  けれど、当事者である私――エリス・ローレンツの胸の内には、不思議なほどの安堵しかなかった。  王太子殿下であるレオンハルト様に、婚約を破棄される。  婚約者として彼に尽くした八年間の努力は、彼のたった一言で終わった。  だが、私の唇からこぼれたのは悲鳴でも涙でもなく――。

処理中です...