そうだ課長、俺と結婚してください

藤吉めぐみ

文字の大きさ
4 / 41

2-2

しおりを挟む
「何したいの? お前。あんなメッセ寄越して」
「何って……別に」
 ちょっと興味があっただけです、とも言えず、匡史は安藤に笑って見せた。けれど安藤は眇めた目でため息をつくだけだった。
「そんなに金丸を責めるなよ、安藤。金丸にとってはこれまで守って来た玉座を奪われたようなもんなんだから。それに、安藤だって女の子の人気集めてる課長さん、見ててイライラしねえの?」
 今の職場でアルファは数えるほどしかいない。しかも未婚なのは匡史だけのはずだ。そういう意味でも匡史は一目置かれる存在だったし、社内イチモテるイコール玉座みたいなことを言われていることも知っていた。やっかまれることも多いが、金丸はモテるための努力もしてきているし、当然といった態度でいるため、次第にやっかむ方がバカらしくなるようで、同僚との関係は意外と良好だった。だからこそこうして匡史の誘いに乗るのだろう。
「別に。俺は一人いればいいから」
「彼女もいないくせに」
 匡史が反撃すると、うるせーよ、と丸めたおしぼりで安藤が匡史の頭を叩いた。匡史はそんな安藤のビールジョッキに箸を入れると、そのまま思い切りぐるぐるとかき混ぜた。
「あ、ばか! 炭酸消えるだろ」
「消してんだよ」
 やめろって、やだよ、と揉める匡史と安藤を見ていた同僚が小さくため息を吐いてから、でもさ、とこちらに口を開いた。
「気にならね? 異動希望出したって、アレ」
「訳ありっぽいよな。東京離れたくないとか」
「そのへん、つついてみる?」
 そうだな、と今後の作戦が決まったような同僚たちの様子に匡史は思わず、すごいな、と呟いてしまった。
「何を言う、言いだしっぺが」
「でも、俺はそこまで追及しようとかそういうのはなかったし……」
「ここまで来たらお前だって、一蓮托生だ」
 同僚の言葉に、まあそうだけど、と匡史は呟いた。確かに池上がこちらに来てから、匡史の周りは変化した。声を掛ければ必ず誘いにのっていた女の子たちも今は池上に夢中だし、出会いのルートも少なくなった。池上がいなくなれば、きっと元に戻る――そう思うこともある。きっと同僚たちは、匡史がそういう意図でこの会を開いたと思っているのだろう。今更、池上からする香りが気になったから、なんて言えるわけがない。
「ここまで熱くなると思ってなかったんだろ、金丸」
 安藤が匡史の表情を読み、聞く。匡史は素直に頷いた。
「あのな、オレたちがこんな機会、無駄にするわけないだろうが」
「どうして?」
 不思議そうに同僚たちの顔を見つめる匡史に、全員が大きなため息をつく。
「こいつらみんな、狙ってた女の子、池上課長のファンになっちゃったんだって」
 安藤は泡の消えたビールジョッキを持ち上げながら澄ました顔で匡史に言った。その気持ちは匡史にもよくわかる。さとみにも、そう言われたばかりだ。
「……ご愁傷さま」
「――じゃねえっての。アルファであのルックスは詐欺だろ。女の子全員食おうとしてるとしか思えねえよ。しかも金丸と違って全然興味ありませんみたいな顔して……そういうのが一番腹立つ」
 同僚が言い切ってため息を吐く。その言葉を黙って聞いていた匡史だが、胸の奥にいつもあるささくれみたいなものにその言葉が引っかかり、我慢しきれなくて口を開いた。
「別に、俺は女の子全員に興味があるわけじゃないよ」
「何を今更……女なら誰でもいいみたいな付き合いしてるくせに……ああ、アルファだから、オメガなら男でもいいんだよな。さすが、顔のいいアルファ様は守備範囲広くていいね」
 同僚の言葉に匡史が、がたりと席を立った。隣の安藤が、金丸、と小さく呼び、匡史の袖を引いた。抑えろ、と言われているのは分かる。けれど、誰でもいいと言われるのは嫌だった。匡史は、ただ一人、運命の番と出会いたいだけなのだ。それを否定されるのは本意ではない。
「何か、もめてる?」
 今にもぷつん、と切れてしまいそうな張り詰めた空気に飛び込んできたのは、そんな穏やかな声だった。匡史はゆっくりと背後を振り返る。池上が不思議そうな顔でそれを見ていた。
「……そのへんにしとけ、金丸」
 袖を握っていた安藤の手がぐいとそれを引く。匡史は、軽く頷いて座ると、目の前の同僚に、悪い飲みすぎた、と呟くように言った。
「オレも飲みすぎた、かな」
 同僚は匡史に合わせるように呟いて視線を落とした。それを見ていた安藤がふいに振り返る。
「すみません、課長。子供のケンカでした」
「そう、若い証拠だね」
 安藤の言葉に頷いて微笑む池上が、席に着こうとしたその時だった。匡史の目の前のスマホが震えだした。誰のかわからないままそのスマホを手に取り、画面を覗く。『瑛蒔えいじ』と表示されているのを確認してから、これ誰の? と聞こうとした瞬間、手の中のスマホはすばやく掠め取られていた。
「――もしもし……瑛蒔、ごめん。うん、分かってる。すぐ行くから、待ってて。ちゃんと時間には間に合うから」
 スマホを取り、話し始めたのは池上だった。一度も見たことがなかった慌てた様子に、匡史は呆然と池上を見つめてしまっていた。他の同僚も同じで、池上が電話を切るまでテーブルは静かだった。
「悪いけど、今日はこれで」
 電話を切った池上はそれだけ言うと上着とカバンを手に取り歩き出した。匡史は咄嗟に立ち上がり池上の後を追う。
「すみませんでした、用事があるところに無理矢理つき合わせてしまって」
「いや。二時間ならいいって言ったのは僕だから」
 店を出てエレベーターの前で立ち止まった池上は匡史の言葉に首を振って答えた。そうは言っても、その表情は焦りの一色になっている。
 瑛蒔、と見えた名前は、おそらく男性だろう。池上はアルファだから相手がオメガなら恋人でも不思議はない。なにより、今の池上の焦りようは恋人のような大事な人との約束を違えそうになっているからなのだと、匡史にも分かった。
「待ち合わせだったんですよね、さっきの電話の人と。謝っておいてください」
「――そうだな。君のことは話してみるよ」
 エレベーターのドアが開き中に乗り込むと、池上は笑顔で、ここでいいよ、と言って閉ボタンを押した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

泡にはならない/泡にはさせない

BL
――やっと見つけた、オレの『運命』……のはずなのに秒でフラれました。――  明るくてお調子者、だけど憎めない。そんなアルファの大学生・加原 夏樹(かはらなつき)が、ふとした瞬間に嗅いだ香り。今までに経験したことのない、心の奥底をかき乱す“それ”に導かれるまま、出会ったのは——まるで人魚のようなスイマーだった。白磁の肌、滴る水、鋭く澄んだ瞳、そしてフェロモンが、理性を吹き飛ばす。出会った瞬間、確信した。 「『運命だ』!オレと『番』になってくれ!」  衝動のままに告げた愛の言葉。けれど……。 「運命論者は、間に合ってますんで。」  返ってきたのは、冷たい拒絶……。  これは、『運命』に憧れる一途なアルファと、『運命』なんて信じない冷静なオメガの、正反対なふたりが織りなす、もどかしくて、熱くて、ちょっと切ない恋のはじまり。  オメガバースという世界の中で、「個」として「愛」を選び取るための物語。  彼が彼を選ぶまで。彼が彼を認めるまで。 ——『運命』が、ただの言葉ではなくなるその日まで。

幼馴染は僕を選ばない。

佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。 僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。 僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。 好きだった。 好きだった。 好きだった。 離れることで断ち切った縁。 気付いた時に断ち切られていた縁。 辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。

星降る夜に ~これは大人の純愛なのか。臆病者の足踏みか。~

大波小波
BL
 鳴滝 和正(なるたき かずまさ)は、イベント会社に勤めるサラリーマンだ。  彼はある日、打ち合わせ先の空き時間を過ごしたプラネタリウムで、寝入ってしまう。  和正を優しく起こしてくれたのは、そこのナレーターを務める青年・清水 祐也(しみず ゆうや)だった。  祐也を気に入った和正は、頻繁にプラネタリウムに通うようになる。  夕食も共にするほど、親しくなった二人。  しかし祐也は夜のバイトが忙しく、なかなかデートの時間が取れなかった。  それでも彼と過ごした後は、心が晴れる和正だ。  浮かれ気分のまま、彼はボーイズ・バーに立ち寄った。  そしてスタッフメニューの中に、祐也の姿を見つけてしまう。  彼の夜の顔は、風俗店で働く男娼だったのだ……。

あなたの家族にしてください

秋月真鳥
BL
 ヒート事故で番ってしまったサイモンとティエリー。  情報部所属のサイモン・ジュネはアルファで、優秀な警察官だ。  闇オークションでオメガが売りに出されるという情報を得たサイモンは、チームの一員としてオークション会場に潜入捜査に行く。  そこで出会った長身で逞しくも美しいオメガ、ティエリー・クルーゾーのヒートにあてられて、サイモンはティエリーと番ってしまう。  サイモンはオメガのフェロモンに強い体質で、強い抑制剤も服用していたし、緊急用の抑制剤も打っていた。  対するティエリーはフェロモンがほとんど感じられないくらいフェロモンの薄いオメガだった。  それなのに、なぜ。  番にしてしまった責任を取ってサイモンはティエリーと結婚する。  一緒に過ごすうちにサイモンはティエリーの物静かで寂しげな様子に惹かれて愛してしまう。  ティエリーの方も誠実で優しいサイモンを愛してしまう。しかし、サイモンは責任感だけで自分と結婚したとティエリーは思い込んで苦悩する。  すれ違う運命の番が家族になるまでの海外ドラマ風オメガバースBLストーリー。 ※奇数話が攻め視点で、偶数話が受け視点です。 ※エブリスタ、ムーンライトノベルズ、ネオページにも掲載しています。

アルファな彼とオメガな僕。

スメラギ
BL
  ヒエラルキー最上位である特別なアルファの運命であるオメガとそのアルファのお話。  

のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした

こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。

あなたは僕の運命なのだと、

BL
将来を誓いあっているアルファの煌とオメガの唯。仲睦まじく、二人の未来は強固で揺るぎないと思っていた。 ──あの時までは。 すれ違い(?)オメガバース話。

僕がそばにいる理由

腐男子ミルク
BL
佐藤裕貴はΩとして生まれた21歳の男性。αの夫と結婚し、表向きは穏やかな夫婦生活を送っているが、その実態は不完全なものだった。夫は裕貴を愛していると口にしながらも、家事や家庭の負担はすべて裕貴に押し付け、自分は何もしない。それでいて、裕貴が他の誰かと関わることには異常なほど敏感で束縛が激しい。性的な関係もないまま、裕貴は愛情とは何か、本当に満たされるとはどういうことかを見失いつつあった。 そんな中、裕貴の職場に新人看護師・宮野歩夢が配属される。歩夢は裕貴がΩであることを本能的に察しながらも、その事実を意に介さず、ただ一人の人間として接してくれるαだった。歩夢の純粋な優しさと、裕貴をありのまま受け入れる態度に触れた裕貴は、心の奥底にしまい込んでいた孤独と向き合わざるを得なくなる。歩夢と過ごす時間を重ねるうちに、彼の存在が裕貴にとって特別なものとなっていくのを感じていた。 しかし、裕貴は既婚者であり、夫との関係や社会的な立場に縛られている。愛情、義務、そしてΩとしての本能――複雑に絡み合う感情の中で、裕貴は自分にとって「真実の幸せ」とは何なのか、そしてその幸せを追い求める覚悟があるのかを問い始める。 束縛の中で見失っていた自分を取り戻し、裕貴が選び取る未来とは――。 愛と本能、自由と束縛が交錯するオメガバースの物語。

処理中です...