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匡史が席に戻ると安藤以外の同僚は帰り支度をしていた。ターゲットの池上がいない今、ここにいるのも気まずいのだろう。匡史はその気持ちを理解して、お疲れ、とだけ言って彼らを見送った。それから何も言わずに安藤の向かいに座る。
「ちょっと悪戯がすぎたんじゃねえの?」
何事もなかったようにビールを傾ける安藤が静かに言った。
「俺もあいつらと変わんないからな。課長の存在が怖いんだ」
「結婚したい男アンケートでもやられたら困るから?」
「俺が欲しいのは人気じゃないって知ってるくせに」
鼻を鳴らして匡史が答えると安藤は、まあな、と頷いた。
「『たった一人』に気づいてもらえるように目立ってたいんだっけ?」
安藤の問いかけに匡史が目顔で頷きながらグラスを傾けた。
運命の番に出会ったら、理由も分からず惹かれるし、何より感じるフェロモンが違うんだよ、と祖父たちからは聞いていた。
幼い匡史は、それを自分もいつか迎える幸せな結末だと思っていたが、実際はそうではなかった。アルファはその存在が貴重で、将来も重要なポストに就く存在のため、ほとんどがアルファ専門の学校へと通わされる。匡史も親の勧めで中学からそういった学校、しかも全寮制のところに行かされていた。
大学は辛うじて普通のところに行けたものの、オメガの学ぶ権利を守るため、とアルファとオメガは接触しないカリキュラムが組まれていた。
だから今まで匡史は祖父以外のオメガと直接関わったことはない。そんな人生を歩んできたので、安藤の言う通りの理由で目立つ努力をしているのだ。
「ホントは芸能人にでもなりたかったんだけど、将来会社継ぐために、こっちの業界に入れってうるさく言われて、仕方なく」
「金丸建設の未来の社長様だもんな。イージーモード確定でいいな」
「そんないいものじゃないよ。恋人も満足に作れないんだから」
匡史が苦く笑うと、安藤はそれに優しく笑んでから、でもさ、と話題を変えた。
「金丸がどうしてそんな一人に拘るのか、聞いたことなかったよな?」
「話してなかったっけ?」
頷く安藤に、匡史は過去の傷へ触れるように表情を鈍らせる。それから傷跡をなぞるようにゆっくり口を開いた。
「中学の時、好きな人がいたんだ。美人で年上で……向こうも好きになってくれて、付き合い始めて、どんどん俺はのめりこんでもっと近づきたいって思って、親とケンカもしたし、認めて欲しくてたくさんのことも頑張った。でも、言われたんだ……匡史は顔がいいし、アルファだから信用できないって。匡史の本当の相手は自分じゃないから、どこかにいる運命の人を探した方がきっと幸せになれるよって――その後、向こうに実は新しい恋人が居たことを知ったんだけど……そいつと比べて俺はどんどん魅力がなくなってたってことなんだろうけどな」
「まあ、いくら金丸でも中学生じゃまだ子どもだしなあ……それで、むかつくから誰より幸せになってやるって運命の番っていう話にたどり着くわけだ」
安藤は話を聞いて、そう問いかけた。匡史が大きく頷く。
「と、同時に俺の外見だけで判断する人も好きじゃないんだ。それもトラウマなのかな」
「金丸、その人好きだったんだな」
「今は、もう分かんない。ベータっていう存在が羨ましくて惹かれてたのかも」
「じゃあ、どうして今になってもまだ運命の一人なんて、乙女も真っ青なモノ探してるわけ? その人に言われたから、だろ?」
安藤の言葉に匡史は短く唸った。確かに忘れられない人ではあった。匡史をふった、最初で最後の人だし、恋という感情を教えてくれたのもその人だ。
なにもかもを教え込んでおいてさっと居なくなった彼女を憎く思うこともあったが、自分にそれだけの魅力がなかったのだろうと今では思う。それと、彼女の言うとおり運命の一人ではなかったから、と。
「あとは、祖父さんたちが幸せそうだから、かな」
「いいんじゃねえの? 運命の番。アルファとオメガにだけ許されるおとぎ話だ」
「当ても、途方もないけどな」
「来週、合コンでもするか?」
安藤はグラスを差し出して匡史に笑いかけた。それを見て匡史も、賛成、と笑ってグラスを安藤のそれに軽くぶつけた。
「ちょっと悪戯がすぎたんじゃねえの?」
何事もなかったようにビールを傾ける安藤が静かに言った。
「俺もあいつらと変わんないからな。課長の存在が怖いんだ」
「結婚したい男アンケートでもやられたら困るから?」
「俺が欲しいのは人気じゃないって知ってるくせに」
鼻を鳴らして匡史が答えると安藤は、まあな、と頷いた。
「『たった一人』に気づいてもらえるように目立ってたいんだっけ?」
安藤の問いかけに匡史が目顔で頷きながらグラスを傾けた。
運命の番に出会ったら、理由も分からず惹かれるし、何より感じるフェロモンが違うんだよ、と祖父たちからは聞いていた。
幼い匡史は、それを自分もいつか迎える幸せな結末だと思っていたが、実際はそうではなかった。アルファはその存在が貴重で、将来も重要なポストに就く存在のため、ほとんどがアルファ専門の学校へと通わされる。匡史も親の勧めで中学からそういった学校、しかも全寮制のところに行かされていた。
大学は辛うじて普通のところに行けたものの、オメガの学ぶ権利を守るため、とアルファとオメガは接触しないカリキュラムが組まれていた。
だから今まで匡史は祖父以外のオメガと直接関わったことはない。そんな人生を歩んできたので、安藤の言う通りの理由で目立つ努力をしているのだ。
「ホントは芸能人にでもなりたかったんだけど、将来会社継ぐために、こっちの業界に入れってうるさく言われて、仕方なく」
「金丸建設の未来の社長様だもんな。イージーモード確定でいいな」
「そんないいものじゃないよ。恋人も満足に作れないんだから」
匡史が苦く笑うと、安藤はそれに優しく笑んでから、でもさ、と話題を変えた。
「金丸がどうしてそんな一人に拘るのか、聞いたことなかったよな?」
「話してなかったっけ?」
頷く安藤に、匡史は過去の傷へ触れるように表情を鈍らせる。それから傷跡をなぞるようにゆっくり口を開いた。
「中学の時、好きな人がいたんだ。美人で年上で……向こうも好きになってくれて、付き合い始めて、どんどん俺はのめりこんでもっと近づきたいって思って、親とケンカもしたし、認めて欲しくてたくさんのことも頑張った。でも、言われたんだ……匡史は顔がいいし、アルファだから信用できないって。匡史の本当の相手は自分じゃないから、どこかにいる運命の人を探した方がきっと幸せになれるよって――その後、向こうに実は新しい恋人が居たことを知ったんだけど……そいつと比べて俺はどんどん魅力がなくなってたってことなんだろうけどな」
「まあ、いくら金丸でも中学生じゃまだ子どもだしなあ……それで、むかつくから誰より幸せになってやるって運命の番っていう話にたどり着くわけだ」
安藤は話を聞いて、そう問いかけた。匡史が大きく頷く。
「と、同時に俺の外見だけで判断する人も好きじゃないんだ。それもトラウマなのかな」
「金丸、その人好きだったんだな」
「今は、もう分かんない。ベータっていう存在が羨ましくて惹かれてたのかも」
「じゃあ、どうして今になってもまだ運命の一人なんて、乙女も真っ青なモノ探してるわけ? その人に言われたから、だろ?」
安藤の言葉に匡史は短く唸った。確かに忘れられない人ではあった。匡史をふった、最初で最後の人だし、恋という感情を教えてくれたのもその人だ。
なにもかもを教え込んでおいてさっと居なくなった彼女を憎く思うこともあったが、自分にそれだけの魅力がなかったのだろうと今では思う。それと、彼女の言うとおり運命の一人ではなかったから、と。
「あとは、祖父さんたちが幸せそうだから、かな」
「いいんじゃねえの? 運命の番。アルファとオメガにだけ許されるおとぎ話だ」
「当ても、途方もないけどな」
「来週、合コンでもするか?」
安藤はグラスを差し出して匡史に笑いかけた。それを見て匡史も、賛成、と笑ってグラスを安藤のそれに軽くぶつけた。
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