そうだ課長、俺と結婚してください

藤吉めぐみ

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「金丸、今日滝上建設行くだろ?」
 翌日、いつも通り出勤時間ギリギリにオフィスに着いた匡史の耳に、一番に飛び込んできたのは主任の声だった。匡史は、はい行きます、と言葉を返し、近づいてくる主任を確認する。
「アポ何時だ?」
「十一時ですけど」
「だったら会議と被らないな。池上課長と一緒に行ってくれないか。向こうの専務と知り合いらしいから――デカイ現場、とれるかも」
 ぽん、と肩を叩かれ匡史は、はあ、と気のない返事をする。滝上は取引先ではあるが大きな会社ほどいくつもの建材屋と契約している。大きな現場を獲るにはやはりその度に営業に出なきゃいけないのが現状だ。じゃあ後は課長と話して、と楽しそうに主任が去っていく。その向こうに、ファイルを抱えた池上を見つけた。匡史がようやく出社のこの時間に、池上は既に作業を始めているらしい。匡史はカバンをデスクに置くと、池上の元へと歩き出した。
「おはようございます、昨日は大丈夫でしたか?」
 しおらしい顔で匡史が声をかけると、池上は、おはよう、と微笑んでデスクにファイルを下ろした。
「心配ないよ。それより今日だけど、武田主任から話を聞いたか?」
「はい。朝、一件行くところがあるので滝上前に十分前でもいいですか?」
「構わないよ」
「じゃあ、これ……プライベートの番号です。営業用はたまに電源入れ忘れるんで、念のため」
 匡史は池上のデスクにあるメモ用紙に十一桁の番号を走り書きする。それを見て池上は、いいのか、と聞いた。
「この番号、僕が知ってもいいのか?」
「なにかあれば番号を変えるだけですから」
 匡史が言うと、確かに、と池上は笑って、そのメモを上着のポケットに仕舞い、二枚目の紙にさらさらと番号を書いた。
「僕のだ。持っていなさい」
 匡史がそれを受け取ると池上は、じゃあ後で、と一言告げ作業を始めた。それを見て、匡史もデスクへと戻る。
「なんかあったか? 課長と」
 席に戻ると安藤がパソコンに向かったまま聞いた。昨日のこともあるので、池上と話している匡史が気になっていたのだろう。
「電話番号、ゲットした」
「……おめでとう、でいいのか?」
「微妙」
 席について、手元のメモを眺める。丁寧な数字は走り書きと思えないほどキレイに整っていて、まるで池上そのもののようだった。
「でも、悪くない」
 匡史が答えると、そうか、と安藤は頷くだけで作業は止めなかった。とりあえず揉めたわけではないと分かり、安心したのだろう。
「あ、それから十一時からデートだって。滝上建設で」
「へえ、大進展だな。番号交換してデート。羨ましいね」
「だろ。来週は安藤と三橋ホームでデートしてやるから、妬くなよ」
「あー、来週だったか。初回ミーティング」
 面倒だな、と呟く安藤は、初めから三橋が苦手だった。というのも、そこの社長秘書に気に入られ、更にその秘書は社長の孫娘だというから話がややこしい。ややこしいのが大嫌いな安藤は、匡史を担当に引っ張り込むことでその煩わしさからなんとか抜け出そうとしているのだ。ベータの安藤とアルファの匡史を並べた時に、選ばれるのは匡史だろうと踏んだらしいのだが、そう上手くいくとは思えないし、匡史も選ばれたとしても彼女を選ぶつもりはない。
「超逆玉だろ。頑張れー」
 他人事だからと軽口を叩く匡史に、安藤はデスクに載っていたファイルを匡史へと乱暴に寄越した。
「お前も担当だろ。その現場の図面、倉庫にデータで送って」
 じゃあ俺は出かけるから、と安藤は勝ち誇ったような目を向けて席を立った。
「嘘だろ……なんだよ、この数! つーか、なんで紙?」
「社長秘書のお嬢さんはパソコンに疎いんだってさ」
 それだけ言うと安藤はさっさとオフィスを出て行った。
「それって、そこまでしてでも安藤に会いたかったんじゃねえの? その子……」
 担当社員がデータで送ればいいだけなのに、わざわざ紙焼きでおそらく手渡ししたのだろう。安藤の背中を見送りながら匡史は、羨ましいヤツ、と呟いた。
「でもせめてメディアで欲しかったよ、お嬢さん……」
 匡史は紙の束を見つめながらスキャナーへと向かうべく立ち上がった。
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