そうだ課長、俺と結婚してください

藤吉めぐみ

文字の大きさ
7 / 41

3-2

しおりを挟む
 匡史が滝上建設へたどり着いたのは、約束の五分前だった。正面玄関前には既に池上が待っていた。匡史の姿を見つけ、軽く片手を上げる池上に、匡史は小走りで近づく。
「すみません、朝からちょっと押してて」
 例の図面のお陰で匡史は珍しく忙しかった。いつもなら担当に会う前に、必ず受付嬢と雑談をしていくので、大抵アポイントの二十分前にはたどり着くというのに、今日はその余裕もなかった。
「いや。アポまではまだ時間あるから大丈夫だよ」
 池上は言うと、匡史に手を伸ばした。ふわりとまた、香りが届く。とても微かだけれど、あの日に感じたものと同じ香りだ。
その香りに気を取られていると、池上の手がいつの間にかネクタイのノットを掴んでいた。それからそれをまっすぐに整える。近くで見る池上の指先は、長くて男のくせに真っ直ぐでキレイだった。整えられた爪の先は、女性的にすら見える。その手が離れるまで、匡史は柄にもなく男の手をじっと見つめてしまっていた。
「すみません……」
 ネクタイを直してもらったことに対してか、じっと凝視してしまったことに対してか自分でもよくわからないまま、匡史が呟くと、池上は、いや、と首を振ってから、行こうか、と微笑んだ。
 陽に照らされたその顔に眩しさを覚えながら、匡史は歩き出した池上に慌てて付いて行った。


「こんにちは」
 受付にたどり着くと、匡史はいつも通りに受付嬢に笑顔で声を掛けた。
「金丸さん、久しぶりですー。最近お誘いないから、彼女でもできたんじゃないかって噂してたんですよ」
 オクターブ上がった声で受付嬢が匡史に笑顔を向ける。それから、隣に立つ池上を見て顔を赤くした。たしかに池上も、びっくりするほど整った顔をしているのでこの反応は当然だ。
「そんなじゃないんだけど、忙しくてね。資材部の石田《いしだ》さんと……あと部長さんにアポ取ってるんだけど」
「はい。確認しますね」
 受付嬢が受話器を取ると、池上は匡史の袖口を軽く引っ張った。匡史が目顔で反応を返すと、池上は小声で耳元に囁いた。
「……僕、どこかおかしい?」
 その言葉に、いや、と答えようとしてから、どうしてこんなことを、と思いそわそわとぎこちない池上を見やった。その視線が辺りを気にしている。匡史も周りを見渡してから一人納得すると、おかしくなってしまって、答える前に笑い出してしまった。
「金丸くん?」
「いや、すみません。全然どこも変じゃないですよ。課長がイイ男だからみんな見てるだけです」
 よく自分を理解している金丸にとって、この視線は慣れたものだが、そこまで自意識がなさそうな池上には居心地の悪いものかもしれない。
「そんな、まさか」
「課長、アルファですよね。今までこんな状況なかったんですか?」
「……ないよ。僕は、総務の資料課だったから、ほとんど出歩かなかったし、普段も……全然で」
 金丸くんと違って目立つ方でもないし、と肩を縮める姿に、匡史が笑う。
「堂々としててください。課長はそこに居るだけでいいらしいですから」
「なんだ、それは」
「女の子の活力になってるみたいですよ、課長の存在自体が。理想の旦那様って言われてるの、知ってましたか?」
「僕が理想……? それは、君の方だろう。立っているだけで様になる男なんて、滅多にいないよ」
 そう言われ微笑まれると、また心臓がピッチを早め、匡史は苦く笑うだけでその言葉を受け流した。その反応が世辞と受け取ったと判断されたのか、池上は、本当だよ、と言葉を足した。
「そういう男は、過去に一人しか知らないな」
 池上の言葉に匡史は、その一人って誰、と聞こうと口を開いた。けれどその瞬間、お待たせしました、と声が掛けられ、結局何も聞けずに受付に向かい合った。
「第二応接室でお待ちしてます、とのことです」
 受付嬢は、社内の案内図を取り出すと、ひとつの部屋を手のひらで指した。
「ありがとう。行きましょう、課長」
 匡史は受付に、またね、と手を振ってから池上と共にエレベーターへと乗り込んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

虐げられた氷の聖子は隣国の野獣皇帝に執着(愛)されすぎて溶かされる

たら昆布
BL
暴君皇帝×薄幸の聖子

泡にはならない/泡にはさせない

BL
――やっと見つけた、オレの『運命』……のはずなのに秒でフラれました。――  明るくてお調子者、だけど憎めない。そんなアルファの大学生・加原 夏樹(かはらなつき)が、ふとした瞬間に嗅いだ香り。今までに経験したことのない、心の奥底をかき乱す“それ”に導かれるまま、出会ったのは——まるで人魚のようなスイマーだった。白磁の肌、滴る水、鋭く澄んだ瞳、そしてフェロモンが、理性を吹き飛ばす。出会った瞬間、確信した。 「『運命だ』!オレと『番』になってくれ!」  衝動のままに告げた愛の言葉。けれど……。 「運命論者は、間に合ってますんで。」  返ってきたのは、冷たい拒絶……。  これは、『運命』に憧れる一途なアルファと、『運命』なんて信じない冷静なオメガの、正反対なふたりが織りなす、もどかしくて、熱くて、ちょっと切ない恋のはじまり。  オメガバースという世界の中で、「個」として「愛」を選び取るための物語。  彼が彼を選ぶまで。彼が彼を認めるまで。 ——『運命』が、ただの言葉ではなくなるその日まで。

星降る夜に ~これは大人の純愛なのか。臆病者の足踏みか。~

大波小波
BL
 鳴滝 和正(なるたき かずまさ)は、イベント会社に勤めるサラリーマンだ。  彼はある日、打ち合わせ先の空き時間を過ごしたプラネタリウムで、寝入ってしまう。  和正を優しく起こしてくれたのは、そこのナレーターを務める青年・清水 祐也(しみず ゆうや)だった。  祐也を気に入った和正は、頻繁にプラネタリウムに通うようになる。  夕食も共にするほど、親しくなった二人。  しかし祐也は夜のバイトが忙しく、なかなかデートの時間が取れなかった。  それでも彼と過ごした後は、心が晴れる和正だ。  浮かれ気分のまま、彼はボーイズ・バーに立ち寄った。  そしてスタッフメニューの中に、祐也の姿を見つけてしまう。  彼の夜の顔は、風俗店で働く男娼だったのだ……。

幼馴染は僕を選ばない。

佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。 僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。 僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。 好きだった。 好きだった。 好きだった。 離れることで断ち切った縁。 気付いた時に断ち切られていた縁。 辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。

アルファな彼とオメガな僕。

スメラギ
BL
  ヒエラルキー最上位である特別なアルファの運命であるオメガとそのアルファのお話。  

あなたは僕の運命なのだと、

BL
将来を誓いあっているアルファの煌とオメガの唯。仲睦まじく、二人の未来は強固で揺るぎないと思っていた。 ──あの時までは。 すれ違い(?)オメガバース話。

騎士団長の初恋を実らせるつもりが、うっかり恋に落ちました~心の声が聞こえる第五王子は街で人気の占い師~

まんまる
BL
現王の第五王子として生まれたノア(21)は見た目こそ王族の血を濃く引いているものの、王城では影が薄く、いてもいなくても誰も気付かないような存在だ。 そんなノアは生まれつき他人(ひと)の心の声が聞こえる能力を持っていて、こっそり王城を抜け出しては、それを活かして街で占いをやっていた。 18歳で始めた占いも気付けば3年が経ち、今ではよく当たると評判の人気の占い師になっていた。 そんなある日、ノアが占いをする《金色(こんじき)の占いの館》に第一騎士団の団長、クレイン侯爵家の嫡男アルバート(32)が訪ねてくる。 ノアは能力を使って、アルバートの『初恋の相手に会いたい』と言う願いを叶えるようとするが、アルバートの真面目で優しい人柄に触れいくうちに、ついうっかりアルバートを好きになってしまう。 真面目で一途な騎士団長×前向きに生きる国民思いの第五王子 いろいろツッコミ所があるお話ですが、温かい目で読んでいただけたら嬉しいです。 ( )は心の声です。 Rシーンは※付けます。

Ωの愛なんて幻だ

相音仔
BL
男性オメガの地位が最底辺の世界から、Ωが大事に愛しまれている世界へと迷い込んでしまった青年。 愛されているのは分かるのに、育った世界の常識のせいで、なかなか素直になれない日々。 このひとの愛はホンモノなのだろうか?自分はいったいどうすればいいのだろう。 「Ωの愛なんて幻だ」そう思っていた青年が答えを見つけるまでの物語。 ※この小説はムーンライトノベルズでも投稿しています。向こうでは完結済み。 投稿は基本毎日22時。(休日のみ12時30と22時の2回) ・固定CP α(貴族・穏やか・敬語・年上)×Ω(幸薄・無気力・流されやすい・年下) ・ちょっと不思議な設定がある程度でファンタジー(魔法)割合は低め。 ・オメガバースで本番ありなので、18歳未満の方はNG。そこそこの描写がある回はタイトルまえに※入れてあります。

処理中です...