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しおりを挟む指定された部屋へ向かうと、いつもの担当と一緒に恰幅のいい男性が待っていた。
「池上くん、久しぶりだね」
その男性は池上の顔を見た途端、嬉しそうに顔を綻ばせた。池上も見知った顔に表情を緩める。おそらくこの男性が部長なのだろう。担当なので滝上建設にはよく来るが、部長に会ったのは初めてだった。
「お久しぶりです。以前はお世話になりました」
池上は匡史に、入社してすぐ営業部に居た頃の担当だったと軽く説明した。
「すぐに部署異動してしまって、寂しく思ったんだよ、あの時は」
本当だよ、と笑う部長の横で、担当社員の石田が匡史に目配せをする。何事かと訝しげに石田を見やると指先だけで手招きされ、ドアまで誘導された。中の二人に声を掛けることもなく、石田は匡史を連れて部屋を出た。
「石田さん? なんですか、いきなり」
廊下に出た匡史は眉根を寄せたまま石田に言葉を掛けた。
「部長からの指示なんで。このまま一時間ここを密室にしとけば、金丸さん六棟マンションの現場獲れると思いますよ」
「……はあ? どういうことですか?」
石田は応接室の鍵を外側から掛けて廊下を歩き出した。匡史もそれに付いていく。
「ウチの部長、キレイな人が好きなんです。今日、お宅の課長さんが来なかったら、今頃中に閉じ込められてるのは金丸さんでしたよ」
石田の言葉に、匡史の頭は混線状態になった。今の状況と石田の言葉が結びつかなくて、こんがらかった糸を丁寧に解くように石田の言葉の意味を探した。
「……あのおっさん、そういう趣味?」
「そ。だからどれだけオイシイプレゼンしても、部長のメガネにかなった容姿でなきゃ契約は取れない。逆にどんなにふっかけてきても、担当が部長好みなら即契約ってわけ」
ばからしいだろ、と石田は笑った。
「ていうことは、つまり……今、応接室で二人は……」
「……まあ、そうなりますね」
「……課長も俺も男でアルファなんですけど……」
「ええ、だからです。部長はされたい方なんです。逆よりマシですよね」
石田のなんでもないことだといった態度に、匡史は喉を鳴らして唾を飲み込んだ。なんだよそれ、と低く呟くと、石田は首を傾げる。
「どうしました?」
「鍵。鍵貸してください。今どき流行んないでしょ、そんなの」
「できませんよ。無理です。それに、金丸さんだって、契約欲しいでしょう?」
「要りません。あんなおっさんにカラダ売って手に入るようなもの、こっちから捨てます」
匡史は石田の手から鍵を奪うと、すぐに応接室へと戻った。ドアの鍵を開け、呼吸を整えてからドアを開ける。
「池上課長、帰りましょう」
窓際に、さっきよりも近距離で立っている二人にぐんぐん近づくと、匡史は池上の腕を引いた。自然と部長と対峙することになる。
「どうした? 君」
「どうもこうも、営業もろくにさせてもらえないのに、課長と二人きりで部屋に鍵だなんて、どうしたはあなたの方でしょう」
匡史は一気に捲くし立てると、じっと部長の顔を見つめた。そんな匡史に、池上は怪訝な顔を向ける。
「金丸くん、鍵って……?」
「今、この部屋に外側から掛けられてたんですよ」
自意識の低さに半ばうんざりしながら匡史が答える。すると、目の前の部長が含むように笑い出した。
「相変わらず鈍いな、池上くん。以前もこんな風に逃げられたな。君の周りには番犬が多いらしい」
「いや、あの、僕にはなんのことだか……」
困惑した顔の池上に匡史は深いため息を吐いて、もういいです、と呟く。それから部長に向き直り、口を開いた。
「ウチの資料は捨てて構いませんので、今後この人に連絡しないようにしてください」
失礼します、と匡史は頭を下げ、池上の腕を引いて応接室を後にした。
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