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「何したいの? お前。あんなメッセ寄越して」
「何って……別に」
ちょっと興味があっただけです、とも言えず、匡史は安藤に笑って見せた。けれど安藤は眇めた目でため息をつくだけだった。
「そんなに金丸を責めるなよ、安藤。金丸にとってはこれまで守って来た玉座を奪われたようなもんなんだから。それに、安藤だって女の子の人気集めてる課長さん、見ててイライラしねえの?」
今の職場でアルファは数えるほどしかいない。しかも未婚なのは匡史だけのはずだ。そういう意味でも匡史は一目置かれる存在だったし、社内イチモテるイコール玉座みたいなことを言われていることも知っていた。やっかまれることも多いが、金丸はモテるための努力もしてきているし、当然といった態度でいるため、次第にやっかむ方がバカらしくなるようで、同僚との関係は意外と良好だった。だからこそこうして匡史の誘いに乗るのだろう。
「別に。俺は一人いればいいから」
「彼女もいないくせに」
匡史が反撃すると、うるせーよ、と丸めたおしぼりで安藤が匡史の頭を叩いた。匡史はそんな安藤のビールジョッキに箸を入れると、そのまま思い切りぐるぐるとかき混ぜた。
「あ、ばか! 炭酸消えるだろ」
「消してんだよ」
やめろって、やだよ、と揉める匡史と安藤を見ていた同僚が小さくため息を吐いてから、でもさ、とこちらに口を開いた。
「気にならね? 異動希望出したって、アレ」
「訳ありっぽいよな。東京離れたくないとか」
「そのへん、つついてみる?」
そうだな、と今後の作戦が決まったような同僚たちの様子に匡史は思わず、すごいな、と呟いてしまった。
「何を言う、言いだしっぺが」
「でも、俺はそこまで追及しようとかそういうのはなかったし……」
「ここまで来たらお前だって、一蓮托生だ」
同僚の言葉に、まあそうだけど、と匡史は呟いた。確かに池上がこちらに来てから、匡史の周りは変化した。声を掛ければ必ず誘いにのっていた女の子たちも今は池上に夢中だし、出会いのルートも少なくなった。池上がいなくなれば、きっと元に戻る――そう思うこともある。きっと同僚たちは、匡史がそういう意図でこの会を開いたと思っているのだろう。今更、池上からする香りが気になったから、なんて言えるわけがない。
「ここまで熱くなると思ってなかったんだろ、金丸」
安藤が匡史の表情を読み、聞く。匡史は素直に頷いた。
「あのな、オレたちがこんな機会、無駄にするわけないだろうが」
「どうして?」
不思議そうに同僚たちの顔を見つめる匡史に、全員が大きなため息をつく。
「こいつらみんな、狙ってた女の子、池上課長のファンになっちゃったんだって」
安藤は泡の消えたビールジョッキを持ち上げながら澄ました顔で匡史に言った。その気持ちは匡史にもよくわかる。さとみにも、そう言われたばかりだ。
「……ご愁傷さま」
「――じゃねえっての。アルファであのルックスは詐欺だろ。女の子全員食おうとしてるとしか思えねえよ。しかも金丸と違って全然興味ありませんみたいな顔して……そういうのが一番腹立つ」
同僚が言い切ってため息を吐く。その言葉を黙って聞いていた匡史だが、胸の奥にいつもあるささくれみたいなものにその言葉が引っかかり、我慢しきれなくて口を開いた。
「別に、俺は女の子全員に興味があるわけじゃないよ」
「何を今更……女なら誰でもいいみたいな付き合いしてるくせに……ああ、アルファだから、オメガなら男でもいいんだよな。さすが、顔のいいアルファ様は守備範囲広くていいね」
同僚の言葉に匡史が、がたりと席を立った。隣の安藤が、金丸、と小さく呼び、匡史の袖を引いた。抑えろ、と言われているのは分かる。けれど、誰でもいいと言われるのは嫌だった。匡史は、ただ一人、運命の番と出会いたいだけなのだ。それを否定されるのは本意ではない。
「何か、もめてる?」
今にもぷつん、と切れてしまいそうな張り詰めた空気に飛び込んできたのは、そんな穏やかな声だった。匡史はゆっくりと背後を振り返る。池上が不思議そうな顔でそれを見ていた。
「……そのへんにしとけ、金丸」
袖を握っていた安藤の手がぐいとそれを引く。匡史は、軽く頷いて座ると、目の前の同僚に、悪い飲みすぎた、と呟くように言った。
「オレも飲みすぎた、かな」
同僚は匡史に合わせるように呟いて視線を落とした。それを見ていた安藤がふいに振り返る。
「すみません、課長。子供のケンカでした」
「そう、若い証拠だね」
安藤の言葉に頷いて微笑む池上が、席に着こうとしたその時だった。匡史の目の前のスマホが震えだした。誰のかわからないままそのスマホを手に取り、画面を覗く。『瑛蒔』と表示されているのを確認してから、これ誰の? と聞こうとした瞬間、手の中のスマホはすばやく掠め取られていた。
「――もしもし……瑛蒔、ごめん。うん、分かってる。すぐ行くから、待ってて。ちゃんと時間には間に合うから」
スマホを取り、話し始めたのは池上だった。一度も見たことがなかった慌てた様子に、匡史は呆然と池上を見つめてしまっていた。他の同僚も同じで、池上が電話を切るまでテーブルは静かだった。
「悪いけど、今日はこれで」
電話を切った池上はそれだけ言うと上着とカバンを手に取り歩き出した。匡史は咄嗟に立ち上がり池上の後を追う。
「すみませんでした、用事があるところに無理矢理つき合わせてしまって」
「いや。二時間ならいいって言ったのは僕だから」
店を出てエレベーターの前で立ち止まった池上は匡史の言葉に首を振って答えた。そうは言っても、その表情は焦りの一色になっている。
瑛蒔、と見えた名前は、おそらく男性だろう。池上はアルファだから相手がオメガなら恋人でも不思議はない。なにより、今の池上の焦りようは恋人のような大事な人との約束を違えそうになっているからなのだと、匡史にも分かった。
「待ち合わせだったんですよね、さっきの電話の人と。謝っておいてください」
「――そうだな。君のことは話してみるよ」
エレベーターのドアが開き中に乗り込むと、池上は笑顔で、ここでいいよ、と言って閉ボタンを押した。
「何って……別に」
ちょっと興味があっただけです、とも言えず、匡史は安藤に笑って見せた。けれど安藤は眇めた目でため息をつくだけだった。
「そんなに金丸を責めるなよ、安藤。金丸にとってはこれまで守って来た玉座を奪われたようなもんなんだから。それに、安藤だって女の子の人気集めてる課長さん、見ててイライラしねえの?」
今の職場でアルファは数えるほどしかいない。しかも未婚なのは匡史だけのはずだ。そういう意味でも匡史は一目置かれる存在だったし、社内イチモテるイコール玉座みたいなことを言われていることも知っていた。やっかまれることも多いが、金丸はモテるための努力もしてきているし、当然といった態度でいるため、次第にやっかむ方がバカらしくなるようで、同僚との関係は意外と良好だった。だからこそこうして匡史の誘いに乗るのだろう。
「別に。俺は一人いればいいから」
「彼女もいないくせに」
匡史が反撃すると、うるせーよ、と丸めたおしぼりで安藤が匡史の頭を叩いた。匡史はそんな安藤のビールジョッキに箸を入れると、そのまま思い切りぐるぐるとかき混ぜた。
「あ、ばか! 炭酸消えるだろ」
「消してんだよ」
やめろって、やだよ、と揉める匡史と安藤を見ていた同僚が小さくため息を吐いてから、でもさ、とこちらに口を開いた。
「気にならね? 異動希望出したって、アレ」
「訳ありっぽいよな。東京離れたくないとか」
「そのへん、つついてみる?」
そうだな、と今後の作戦が決まったような同僚たちの様子に匡史は思わず、すごいな、と呟いてしまった。
「何を言う、言いだしっぺが」
「でも、俺はそこまで追及しようとかそういうのはなかったし……」
「ここまで来たらお前だって、一蓮托生だ」
同僚の言葉に、まあそうだけど、と匡史は呟いた。確かに池上がこちらに来てから、匡史の周りは変化した。声を掛ければ必ず誘いにのっていた女の子たちも今は池上に夢中だし、出会いのルートも少なくなった。池上がいなくなれば、きっと元に戻る――そう思うこともある。きっと同僚たちは、匡史がそういう意図でこの会を開いたと思っているのだろう。今更、池上からする香りが気になったから、なんて言えるわけがない。
「ここまで熱くなると思ってなかったんだろ、金丸」
安藤が匡史の表情を読み、聞く。匡史は素直に頷いた。
「あのな、オレたちがこんな機会、無駄にするわけないだろうが」
「どうして?」
不思議そうに同僚たちの顔を見つめる匡史に、全員が大きなため息をつく。
「こいつらみんな、狙ってた女の子、池上課長のファンになっちゃったんだって」
安藤は泡の消えたビールジョッキを持ち上げながら澄ました顔で匡史に言った。その気持ちは匡史にもよくわかる。さとみにも、そう言われたばかりだ。
「……ご愁傷さま」
「――じゃねえっての。アルファであのルックスは詐欺だろ。女の子全員食おうとしてるとしか思えねえよ。しかも金丸と違って全然興味ありませんみたいな顔して……そういうのが一番腹立つ」
同僚が言い切ってため息を吐く。その言葉を黙って聞いていた匡史だが、胸の奥にいつもあるささくれみたいなものにその言葉が引っかかり、我慢しきれなくて口を開いた。
「別に、俺は女の子全員に興味があるわけじゃないよ」
「何を今更……女なら誰でもいいみたいな付き合いしてるくせに……ああ、アルファだから、オメガなら男でもいいんだよな。さすが、顔のいいアルファ様は守備範囲広くていいね」
同僚の言葉に匡史が、がたりと席を立った。隣の安藤が、金丸、と小さく呼び、匡史の袖を引いた。抑えろ、と言われているのは分かる。けれど、誰でもいいと言われるのは嫌だった。匡史は、ただ一人、運命の番と出会いたいだけなのだ。それを否定されるのは本意ではない。
「何か、もめてる?」
今にもぷつん、と切れてしまいそうな張り詰めた空気に飛び込んできたのは、そんな穏やかな声だった。匡史はゆっくりと背後を振り返る。池上が不思議そうな顔でそれを見ていた。
「……そのへんにしとけ、金丸」
袖を握っていた安藤の手がぐいとそれを引く。匡史は、軽く頷いて座ると、目の前の同僚に、悪い飲みすぎた、と呟くように言った。
「オレも飲みすぎた、かな」
同僚は匡史に合わせるように呟いて視線を落とした。それを見ていた安藤がふいに振り返る。
「すみません、課長。子供のケンカでした」
「そう、若い証拠だね」
安藤の言葉に頷いて微笑む池上が、席に着こうとしたその時だった。匡史の目の前のスマホが震えだした。誰のかわからないままそのスマホを手に取り、画面を覗く。『瑛蒔』と表示されているのを確認してから、これ誰の? と聞こうとした瞬間、手の中のスマホはすばやく掠め取られていた。
「――もしもし……瑛蒔、ごめん。うん、分かってる。すぐ行くから、待ってて。ちゃんと時間には間に合うから」
スマホを取り、話し始めたのは池上だった。一度も見たことがなかった慌てた様子に、匡史は呆然と池上を見つめてしまっていた。他の同僚も同じで、池上が電話を切るまでテーブルは静かだった。
「悪いけど、今日はこれで」
電話を切った池上はそれだけ言うと上着とカバンを手に取り歩き出した。匡史は咄嗟に立ち上がり池上の後を追う。
「すみませんでした、用事があるところに無理矢理つき合わせてしまって」
「いや。二時間ならいいって言ったのは僕だから」
店を出てエレベーターの前で立ち止まった池上は匡史の言葉に首を振って答えた。そうは言っても、その表情は焦りの一色になっている。
瑛蒔、と見えた名前は、おそらく男性だろう。池上はアルファだから相手がオメガなら恋人でも不思議はない。なにより、今の池上の焦りようは恋人のような大事な人との約束を違えそうになっているからなのだと、匡史にも分かった。
「待ち合わせだったんですよね、さっきの電話の人と。謝っておいてください」
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