6 / 41
3-1
しおりを挟む「金丸、今日滝上建設行くだろ?」
翌日、いつも通り出勤時間ギリギリにオフィスに着いた匡史の耳に、一番に飛び込んできたのは主任の声だった。匡史は、はい行きます、と言葉を返し、近づいてくる主任を確認する。
「アポ何時だ?」
「十一時ですけど」
「だったら会議と被らないな。池上課長と一緒に行ってくれないか。向こうの専務と知り合いらしいから――デカイ現場、とれるかも」
ぽん、と肩を叩かれ匡史は、はあ、と気のない返事をする。滝上は取引先ではあるが大きな会社ほどいくつもの建材屋と契約している。大きな現場を獲るにはやはりその度に営業に出なきゃいけないのが現状だ。じゃあ後は課長と話して、と楽しそうに主任が去っていく。その向こうに、ファイルを抱えた池上を見つけた。匡史がようやく出社のこの時間に、池上は既に作業を始めているらしい。匡史はカバンをデスクに置くと、池上の元へと歩き出した。
「おはようございます、昨日は大丈夫でしたか?」
しおらしい顔で匡史が声をかけると、池上は、おはよう、と微笑んでデスクにファイルを下ろした。
「心配ないよ。それより今日だけど、武田主任から話を聞いたか?」
「はい。朝、一件行くところがあるので滝上前に十分前でもいいですか?」
「構わないよ」
「じゃあ、これ……プライベートの番号です。営業用はたまに電源入れ忘れるんで、念のため」
匡史は池上のデスクにあるメモ用紙に十一桁の番号を走り書きする。それを見て池上は、いいのか、と聞いた。
「この番号、僕が知ってもいいのか?」
「なにかあれば番号を変えるだけですから」
匡史が言うと、確かに、と池上は笑って、そのメモを上着のポケットに仕舞い、二枚目の紙にさらさらと番号を書いた。
「僕のだ。持っていなさい」
匡史がそれを受け取ると池上は、じゃあ後で、と一言告げ作業を始めた。それを見て、匡史もデスクへと戻る。
「なんかあったか? 課長と」
席に戻ると安藤がパソコンに向かったまま聞いた。昨日のこともあるので、池上と話している匡史が気になっていたのだろう。
「電話番号、ゲットした」
「……おめでとう、でいいのか?」
「微妙」
席について、手元のメモを眺める。丁寧な数字は走り書きと思えないほどキレイに整っていて、まるで池上そのもののようだった。
「でも、悪くない」
匡史が答えると、そうか、と安藤は頷くだけで作業は止めなかった。とりあえず揉めたわけではないと分かり、安心したのだろう。
「あ、それから十一時からデートだって。滝上建設で」
「へえ、大進展だな。番号交換してデート。羨ましいね」
「だろ。来週は安藤と三橋ホームでデートしてやるから、妬くなよ」
「あー、来週だったか。初回ミーティング」
面倒だな、と呟く安藤は、初めから三橋が苦手だった。というのも、そこの社長秘書に気に入られ、更にその秘書は社長の孫娘だというから話がややこしい。ややこしいのが大嫌いな安藤は、匡史を担当に引っ張り込むことでその煩わしさからなんとか抜け出そうとしているのだ。ベータの安藤とアルファの匡史を並べた時に、選ばれるのは匡史だろうと踏んだらしいのだが、そう上手くいくとは思えないし、匡史も選ばれたとしても彼女を選ぶつもりはない。
「超逆玉だろ。頑張れー」
他人事だからと軽口を叩く匡史に、安藤はデスクに載っていたファイルを匡史へと乱暴に寄越した。
「お前も担当だろ。その現場の図面、倉庫にデータで送って」
じゃあ俺は出かけるから、と安藤は勝ち誇ったような目を向けて席を立った。
「嘘だろ……なんだよ、この数! つーか、なんで紙?」
「社長秘書のお嬢さんはパソコンに疎いんだってさ」
それだけ言うと安藤はさっさとオフィスを出て行った。
「それって、そこまでしてでも安藤に会いたかったんじゃねえの? その子……」
担当社員がデータで送ればいいだけなのに、わざわざ紙焼きでおそらく手渡ししたのだろう。安藤の背中を見送りながら匡史は、羨ましいヤツ、と呟いた。
「でもせめてメディアで欲しかったよ、お嬢さん……」
匡史は紙の束を見つめながらスキャナーへと向かうべく立ち上がった。
108
あなたにおすすめの小説
泡にはならない/泡にはさせない
玲
BL
――やっと見つけた、オレの『運命』……のはずなのに秒でフラれました。――
明るくてお調子者、だけど憎めない。そんなアルファの大学生・加原 夏樹(かはらなつき)が、ふとした瞬間に嗅いだ香り。今までに経験したことのない、心の奥底をかき乱す“それ”に導かれるまま、出会ったのは——まるで人魚のようなスイマーだった。白磁の肌、滴る水、鋭く澄んだ瞳、そしてフェロモンが、理性を吹き飛ばす。出会った瞬間、確信した。
「『運命だ』!オレと『番』になってくれ!」
衝動のままに告げた愛の言葉。けれど……。
「運命論者は、間に合ってますんで。」
返ってきたのは、冷たい拒絶……。
これは、『運命』に憧れる一途なアルファと、『運命』なんて信じない冷静なオメガの、正反対なふたりが織りなす、もどかしくて、熱くて、ちょっと切ない恋のはじまり。
オメガバースという世界の中で、「個」として「愛」を選び取るための物語。
彼が彼を選ぶまで。彼が彼を認めるまで。
——『運命』が、ただの言葉ではなくなるその日まで。
幼馴染は僕を選ばない。
佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。
僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。
僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。
好きだった。
好きだった。
好きだった。
離れることで断ち切った縁。
気付いた時に断ち切られていた縁。
辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。
星降る夜に ~これは大人の純愛なのか。臆病者の足踏みか。~
大波小波
BL
鳴滝 和正(なるたき かずまさ)は、イベント会社に勤めるサラリーマンだ。
彼はある日、打ち合わせ先の空き時間を過ごしたプラネタリウムで、寝入ってしまう。
和正を優しく起こしてくれたのは、そこのナレーターを務める青年・清水 祐也(しみず ゆうや)だった。
祐也を気に入った和正は、頻繁にプラネタリウムに通うようになる。
夕食も共にするほど、親しくなった二人。
しかし祐也は夜のバイトが忙しく、なかなかデートの時間が取れなかった。
それでも彼と過ごした後は、心が晴れる和正だ。
浮かれ気分のまま、彼はボーイズ・バーに立ち寄った。
そしてスタッフメニューの中に、祐也の姿を見つけてしまう。
彼の夜の顔は、風俗店で働く男娼だったのだ……。
あなたの家族にしてください
秋月真鳥
BL
ヒート事故で番ってしまったサイモンとティエリー。
情報部所属のサイモン・ジュネはアルファで、優秀な警察官だ。
闇オークションでオメガが売りに出されるという情報を得たサイモンは、チームの一員としてオークション会場に潜入捜査に行く。
そこで出会った長身で逞しくも美しいオメガ、ティエリー・クルーゾーのヒートにあてられて、サイモンはティエリーと番ってしまう。
サイモンはオメガのフェロモンに強い体質で、強い抑制剤も服用していたし、緊急用の抑制剤も打っていた。
対するティエリーはフェロモンがほとんど感じられないくらいフェロモンの薄いオメガだった。
それなのに、なぜ。
番にしてしまった責任を取ってサイモンはティエリーと結婚する。
一緒に過ごすうちにサイモンはティエリーの物静かで寂しげな様子に惹かれて愛してしまう。
ティエリーの方も誠実で優しいサイモンを愛してしまう。しかし、サイモンは責任感だけで自分と結婚したとティエリーは思い込んで苦悩する。
すれ違う運命の番が家族になるまでの海外ドラマ風オメガバースBLストーリー。
※奇数話が攻め視点で、偶数話が受け視点です。
※エブリスタ、ムーンライトノベルズ、ネオページにも掲載しています。
のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした
こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。
僕がそばにいる理由
腐男子ミルク
BL
佐藤裕貴はΩとして生まれた21歳の男性。αの夫と結婚し、表向きは穏やかな夫婦生活を送っているが、その実態は不完全なものだった。夫は裕貴を愛していると口にしながらも、家事や家庭の負担はすべて裕貴に押し付け、自分は何もしない。それでいて、裕貴が他の誰かと関わることには異常なほど敏感で束縛が激しい。性的な関係もないまま、裕貴は愛情とは何か、本当に満たされるとはどういうことかを見失いつつあった。
そんな中、裕貴の職場に新人看護師・宮野歩夢が配属される。歩夢は裕貴がΩであることを本能的に察しながらも、その事実を意に介さず、ただ一人の人間として接してくれるαだった。歩夢の純粋な優しさと、裕貴をありのまま受け入れる態度に触れた裕貴は、心の奥底にしまい込んでいた孤独と向き合わざるを得なくなる。歩夢と過ごす時間を重ねるうちに、彼の存在が裕貴にとって特別なものとなっていくのを感じていた。
しかし、裕貴は既婚者であり、夫との関係や社会的な立場に縛られている。愛情、義務、そしてΩとしての本能――複雑に絡み合う感情の中で、裕貴は自分にとって「真実の幸せ」とは何なのか、そしてその幸せを追い求める覚悟があるのかを問い始める。
束縛の中で見失っていた自分を取り戻し、裕貴が選び取る未来とは――。
愛と本能、自由と束縛が交錯するオメガバースの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる