そうだ課長、俺と結婚してください

藤吉めぐみ

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「ホントに金丸くんって彼女いないの? 嘘でしょ?」
「もしかして、見てるだけで癒されるーっていうアイドル並みの存在になっちゃってる?」
    本日の合コンの店である洒落たカフェバーの個室、両隣を女の子に囲まれた匡史は苦く笑いながら、俺なんて全然、と首を振った。他人よりは見目がいいと自負している匡史でも、さすがに自ら肯定したりはしない。
「でも同じ職場とか羨ましいー。金丸くんに、安藤くんでしょ? 休日でも出勤したいくらい」
 ねえ、とユニゾンされて、匡史は笑いながらテーブルの端を見やる。安藤と、その隣に安藤の友人だという経理課の若い男、そしてその向かいには例のお嬢さんだ。安藤はどうやら、この男を生贄に差し出して逃げる手はずでいるらしい。確かに彼も爽やかな好青年だ。
「あ、俺煙草切らしたから、表で買ってくるね。すぐ戻る」
 匡史は手元の煙草の箱が空になっているのを確かめて立ちあがった。入り口のところに確か自販機があったと思い出したのだ。
「あ、じゃああたしも」
 そう言って隣の女が立ち上がる。匡史は、それを制して、銘柄は? と聞いたが、その日の気分で変える方なの、と一緒に行くことを譲らなかったので匡史は彼女と一緒に混み合う店内を歩き出した。
「金丸くんってアルファなんでしょ? ホントに彼女いないの?」
「いないよ」
「好きな人も?」
 彼女の言葉に、匡史はふと池上を思い出した。どうしてこのタイミングで、と彼の姿を打ち消して、匡史は頷く。
「いないよ、今は」
「だったら……今日、このあと二人で飲みなおすとか、どうかな?」
 自販機の前で、彼女は俯きながら呟く。匡史はいつもの銘柄のボタンを押しながら、ごめんね、とさらりと口にしていた。
「行くところがあるんだ、この後。ちょっと外せない、大事な用で」
「だったら、いつでもいいの。連絡くれないかな?」
 受け取り口に落ちてきた煙草を拾いながら匡史は、そうだな、と呟いた。
「魅力的な誘いなんだけど、多分無理だと思うんだ。時間、作れそうにない」
「そう……別に来月でも再来月でも構わないんだけど、それでも? 金丸くん、誘いは断らないって聞いたんだけど、それってやっぱり嘘なのかな?」
 彼女の必死な言葉に、匡史は柔らかな笑みを浮かべ、うん、と頷いた。ごめんね、と謝る言葉は優しいけれど、婉曲的に彼女自身を拒否しているようなものだ。彼女もそれを察するだけの頭脳はあるらしく、うん、と頷くと匡史に寂しそうな笑みを向けて、銘柄選ぶの時間かかるから先に戻って、と言って自販機に向き合った。匡史はそれを見て、すぐにそこを離れた。
 この間から、自分が変なのは気づいていた。女の子の誘いならなんでも嬉しくて、もしかしたらこの人が自分の運命かとか、色々期待もしたのに、今はそんなことも思わなくなってしまった。もちろん、今でも運命の番は探している。けれど、前のように必死になっていた自分はどこかにナリを潜めてしまっていた。
 記憶を辿れば、全ては池上にキスをした、あの日へと遡る。あの日から、何かが変わっていた。それほどまでに自分にとって重要な何かだとは思えない。けれど、やはり自分にとって訳もわからず行動してしまったというのは、特異なことだ。
 気になる。
 それが一番正しい表現だった。池上が気になるのだ。
 匡史は席へと戻りながら腕時計を確かめた。八時を過ぎたころだった。もう抜けたところで安藤にもどうこう言われることはないだろう。抜けて池上の家に向かおう――そう決めて匡史は安藤の後姿を目指して歩き出した。けれど席に戻る直前、匡史のスマホが着信を告げた。その音に傍にいた安藤も振り返る。
 その安藤に目顔で、ごめん、と言って電話に出る。相手は池上だった。
『金丸くん? 瑛蒔の熱が下がらなくてこれから救急に行くから、今日は……』
 見舞いに来てくれても在宅していないかも、という連絡だった。普段は絶対に聞かない、少し上擦ったような声は焦りの表れだろう。
「あ、じゃあ俺も病院行きますよ。救急センターですか?」
『いや、でも……』
「人手は多いほうがいいでしょう?」
『助かる』
 匡史は、じゃあ行きます、と言ってから電話を切った。その様子を眺めていた安藤が珍しいものを見る目でこちらを窺っていた。
「……何?」
「いや、変わったなと思って。『めんどくせえ』ばっかり言ってた金丸が、わざわざ合コン抜けてまで馳せ参じようなんて。これ、夢?」
「うるさいな。子供の熱か下がんないって言うんじゃ行くだろ、普通」
「行くかな、普通……他人の子だよ?」
 安藤が意味深な目でこちらを見るので、気まずくなった匡史は、上着のポケットから財布を取り出して会費を安藤に預けた。
「行くよ、普通!」
「……そ。じゃあ行ってらっしゃい。その後の報告よろしくな。あ、もちろんガキの病気についてじゃないよ」
「報告するようなことなんかないよ」
 バカか、と安藤の背中をひとつ叩いてから、匡史は店を出て地下鉄駅へと向かった。今居るススキノから救急センターならタクシーよりも地下鉄の方が早いだろう。
 匡史は、池上の焦りと心配の混ざった声を思い出しながら、地下へ伸びる階段を駆け下りていった。
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