そうだ課長、俺と結婚してください

藤吉めぐみ

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 三橋でのミーティングはいわゆる顔合わせだった。ミーティングは一時間ほどで終わり、後は匡史たちの具体的な仕事はほとんどなくなったと言っていい。資材はほとんど倉庫からの直送になるし、取引先とはいえ、どの現場も必ずウチを使ってくれるという保障はない。担当でもない匡史が三橋に来ることは多分ないだろう。
「お疲れさん」
 ミーティングが終わって匡史は、安藤の背中を叩いた。これで安藤は、例のお嬢さんとしばらくは会うことがない。安藤が匡史を振り仰ぎ、そうだな、と言いかけた時、安藤の動きが止まった。
「まだ、その言葉は早いみたいだ」
 まばらに散っていくスーツの集団の中で一人こちらに歩いてくる女性が居た。まっすぐにこちらに向かい、にこやかに微笑むと、安藤さん、と嬉しそうにその名を呼んだ。
「……どうも」
 安藤が無表情のままに答えると、匡史はそっとその場を離れようと歩き出した。が、三歩も進まないところで何かに引かれ立ち止まる。振り返るとスーツの裾を安藤がしっかり握っていた。仕方なく進んだ分戻る。
「安藤、俺邪魔だろーが」
 小声で言うと安藤は、居ろ、とだけ言った。しっかり掴んで離してくれないスーツの裾を確認した匡史は仕方なく安藤の傍らに立ったまま、社長秘書のお嬢さんと対峙することとなってしまった。
「お疲れ様でした」
 可憐に微笑む彼女に安藤は、お疲れ様、とだけ返す。みるからに不機嫌そうな安藤と、それに気づいているのかいないのかニコニコと安藤を見つめている彼女に挟まれ、匡史はいたたまれない気分で曖昧な笑顔を浮かべていた。
「これから帰社なさるんですか?」
「はい。その後今日は合コンです。なかなかいい人に巡りあえないので。なあ、金丸」
「え、あ、そ、そうだ、な」
 なんともぎこちない返事を必死にして、匡史は頷いた。目の前に未婚の女性が居るのに、いい人に巡り会えないなんて、眼中にないことをあからさまに告げているようなものだ。けれど彼女は、そうなんですか、と笑顔で頷いた。
「みなさんで食事に行かれるんですか? いいですね、私もご一緒したい」
 どこまですっとぼけてるんだ、このお嬢さんは、と匡史は思った。安藤ではなくとも、ため息をつきたくなる気持ちがよくわかった。
「いいですよ。ご一緒しますか?」
 これはきっぱりと断るチャンスだと踏んだのだろう。安藤は人好きのする笑顔で聞く。当然彼女は、いいんですか、と嬉しそうだ。なんなんだこの展開は、と一人慌てる匡史に安藤は、いいだろう、と柔らかな声で聞く。が、向けられている目は、いいよな勿論、と力強く物語っている。
「ああ、うん。もちろん……美人は歓迎だ、よ」
 言うと、嬉しい、と彼女が頬を染める。安藤は、詳しいことが決まったら連絡します、と言って席を立って歩き出した。匡史も慌ててそれについていく。
「なんだよ、あれ! おつかれさまー、さよならーでよかったんじゃないの?」
 廊下で安藤の腕を捕まえ、匡史が訴える。安藤は涼しい顔をしたまま、いや、と答えた。
「そんな曖昧じゃ、いつ会社に押しかけてくるかわからない。だったらいっそ別の男に目を向けてもらった方がお互いいいだろう」
 安藤は三橋の社屋を出るなりスマホをいじり始めた。車にたどり着くまでにあちこちに電話を掛け、メンバーを集めだしたようだ。五分足らずの間に数人は確保したらしい。
「金丸、運転」
 安藤が鍵を投げて寄越す。自分はこのまま助手席でスマホをいじるつもりでいるらしい。仕方なく鍵を受け取った匡史は、りょーかい、とため息をついて運転席に乗り込んだ。
「なあ、その合コンって俺も頭数に入ってんの?」
「当然だ」
「俺、行くところあるんだけど……」
 瑛蒔の見舞いに行くと約束をしている。子供との約束を反故にするわけにはいかない。あの子に嫌われたら、池上の信頼も失う――そう考えたところで、池上は関係ないだろう、と自分で突っ込んだ。さっき安藤から変なことを言われてから、なんだか思考がおかしい方向に行っている気がする。
 匡史はぶるる、と軽く首を振るとエンジンスタートボタンを押し、ギアを入れ、車を出した。
「緊急事態だ。またにしろよ」
「……一次会だけ付き合う。九時には帰る」
 瑛蒔起きてないだろうな、とため息をついて道を曲がると、じゃあ行くなよ、と安藤が答える。
「熱出してる子供が待ってるのに、そんなこと出来ないだろ」
「……それって、課長に嫌われたくない、からか?」
「俺が用あんのは、瑛蒔。課長じゃないよ」
「そう言いながら、課長にも会うんだろ。家族みたいに団欒とかして」
 羨ましいねえ、と毒づく安藤を横目に匡史は、どうした、と聞いた。安藤が目顔で、何が、と聞く。
「妙にお前、つっかかってこねえ? 俺と課長のこととやかく言ってみたり、かと思えば瑛蒔の見舞い行くって知ってて合コンするとか言い出すし」
「別に。金丸からかってると面白いだけ」
 悠然と微笑まれ、匡史は、あっそう、と答えて乱暴に交差点を曲がった。
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