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しおりを挟む「あ、金丸くん」
救急センターの待合室の片隅に、長椅子で横になる瑛蒔の頭を膝に乗せている池上を見つけた。それに気づいた池上が、ばつの悪そうな顔で匡史を見上げる。
「どうですか、瑛蒔の体調」
「夜になって戻したりしてて、熱も上がってきたし……でも、軽い風邪らしいよ」
池上の隣に腰を下ろすと、瑛蒔が頭を軽く持ち上げた。
「全然平気だよ、オレ」
ソウジが大げさなんだ、と力なく言う瑛蒔に匡史は、いいから寝てろ、と笑う。
「とりあえず大きな病気じゃなくてよかったですね」
「うん。ありがとう……ホントに」
池上がそう言うと、カウンターから本田瑛蒔さん、という声が響いた。池上が腰を上げようとする。
「瑛蒔のこと? 俺行ってきますね」
匡史が言うと、悪いな、と池上が座りなおす。匡史は、瑛蒔の苗字が池上と違うことに訝しがりながら、それでも気に留めなかったことにしてカウンターへと向かった。
途中、瑛蒔の強いリクエストでコンビニに寄って例のアイスを買い、池上の家へと戻ってきた。その頃には瑛蒔はすっかり眠ってしまっていた。
仕方なく勝手に開けた冷凍庫にアイスを片付けていると、瑛蒔の部屋から池上がゆっくりと出てキッチンに向かってきた。
「悪かったね、ホントに」
「いえ。元々、ここに来る予定でしたし」
「少し休んでいって。お茶淹れるから」
池上はリビングのソファを指差して言うと、紅茶の缶に手をかけた。匡史はそれに素直に従ってリビングへと向かう。白いソファはまだ真新しく、部屋の隅には畳まれたダンボールが立てかけられていた。
「まだ片付いてないんだ」
匡史の視線に気づいたのか、カップを二つ運んできた池上が小さな声で言った。
「まだひと月も経ってないですもんね。でもウチよりキレイですよ」
寝に帰るだけなのにどうして散らかるんだろう、と匡史が笑うと、池上も小さく笑んだ。
「今日はホントにありがとう。医者には軽い風邪だって言われたけど、多分、慣れない土地で疲れが出てきたんだと思う。初めはもうずっと空元気だってのがわかるくらいで……でも、金丸くんに会ってからは少しずつよくなってたんだよ。保育園も楽しいって言ってくれるし……君のお陰だ」
ありがとう、と池上が隣で頭を下げる。匡史はそれにかぶりを振った。
「全然。俺は無理言って瑛蒔と友達やらせてもらってたんだし……でも、今日課長が瑛蒔を庇おうとした理由がわかりました」
「何?」
「他人、なんですね、ホントに。苗字さえ違う」
匡史が言うと、気づいてたか、と池上が浅く息を吐いた。
「あの子は俺がワガママで連れてきた、他人の子なんだ。だから親でもない僕が一人であの子を真っ当に育てられるのか――正直不安だし、責任も感じる。時々、間違ってたんじゃないかって思うこともあるよ」
池上はそう言って少し目を伏せた。憂いを帯びた目元が女性のそれよりも何倍もキレイで、匡史は息を呑んだ。
これまで自分が出会って来たアルファは女性を含めても『カッコいい』という形容詞が似合う人ばかりだった。こんなふうに儚く見える人には会ったことがない。まるでオメガのようだ――そこまで考えて、匡史は、いやいや、とその考えを否定する。
「……金丸くん?」
匡史が見つめ過ぎてしまったのだろう。池上にそう呼ばれ、匡史は、いえ、と曖昧に頭を振ってから口を開いた。
「でも、課長と一緒にいたいから、あの子はここに居るんじゃないんですか?」
「そうあってほしいとは思ってるけど」
「ホントの親……本田さん、でしたか? その方は、なんて?」
匡史がそう聞くと、うん、とひとつ頷いて言葉を切った。しばらく沈黙が流れる。
「――瑛蒔の親は僕の恋人だったんだ。彼は瑛蒔がそうしたいならって、賛成してくれたよ」
静かで穏やかな言葉だったのに、匡史の中にとてつもなく大きな衝撃が落ちてきた。動揺をできるだけ隠して、恋人? と聞き返す。
「元、だよ」
「まだ、好きなんですか?」
「好きなら別れてないよ」
当然じゃないか、と微笑む池上の顔に憂いはなくて、本心なのだろうとわかる。それでも、やっぱり気になった。いくら元だと言っても、一度は恋人関係にあった人の子供を預かり育てるなんて普通じゃない。口では終わったことと言っていても、瑛蒔という繋がりが欲しくてこんなことをしているのではないだろうか……そう思うと、匡史の中にどす黒い感情が湧き出してきた。
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