25 / 41
10-1
しおりを挟むそれから池上と一度も顔を合わせることなく、匡史は東京へと旅立った。朝十時からの会議に間に合わせるため、七時台の飛行機に乗ることになった匡史は、ぼんやりとしながら空港のロビーにあるソファに座り込んでいた。
「ねむ……安藤、何時起き?」
「五時」
「眠くないの? すげー元気だけど」
座ってるのもやっとの匡史と違い、安藤はいつも通り、ぴしりとスーツを着こなし、膝に置いたタブレットPCで朝の仕事を始めている。
「お前と違って、準備は怠らないんだ。逆算して、昨夜は十時にベッドに入ったからな」
ああそう、と匡史はあくびをかみ殺す。匡史はいつも通り、だらだらと深夜二時頃まで起きていた。
「どうせ俺たち会議終わったら夕方の会場設営まで暇なんだろ? その間にできるじゃん、仕事」
「暇だといいけどな。まあ、最悪ホテルでやればいい」
安藤はキーを叩きながら言う。匡史はその言葉に嫌な予感を覚え、安藤に倣って、そっとカバンからタブレットPCを取り出した。
本社に着くと、すぐに会議が始まった。今回展示する建具や収納の確認や搬入の流れなどを聞き、どうやら自分たちは接客に廻ることになったらしいことは分かった。
「営業だからな、当然だろう」
会議が終わり、接客かー、とぼやきながら椅子の背もたれにだらりともたれかかると、安藤が当たり前だろうと主張する目で匡史を見やった。
「だよなー。俺、安藤みたいに口から生まれたわけじゃないからさ」
「よく言うよ」
安藤は貰った資料を机の上で揃えながらため息をついた。
「だってー、安藤クンみたいに腰の曲がったおばあさんに、お嬢さん、なんて言えないもーん、俺」
匡史がけらけらと笑っていると、助っ人って君たち? という声が飛んできた。
「はい。札幌支社の金丸です」
表情を戻し、匡史が立ち上がる。並んだ安藤が同じように挨拶をした。
「主任の本田です。今回の展示会の責任者です。何かあったら私までお願いしますね」
一応こちらを、と渡された名刺には、本田勇と印字されている。
「本田、さんですか?」
「はい。何か?」
「い、いえ……別に。よろしくお願いします」
頭を下げると、こちらこそ、と本田が爽やかに笑んだ。浅黒の肌に、高い身長、誰もが好感を抱きそうな笑顔、絞まった体にちょうどよく誂えてある三つ揃えのスーツ――モテるだろうことは、よくわかった。そして、この人が瑛蒔の父親であり、池上の元恋人であることも、すぐにわかった。瑛蒔は断然父親似だ。
全然俺とは似てない。俺の方が絶対いい男だ――匡史は心のうちでそう思った。
「で、二人は午後からフリーだよね? 悪いんだけど昼食が済んだら現地で搬入の手伝いしてくれないかな?」
「はい、もちろん」
安藤が頷く。匡史の顔をちらりと見て、ほらやっぱりという視線を送った。確かに暇にはならないようだ。
「じゃあ、移動はタクシー使っていいから。頼んだよ。営業部長さんからは、トクハンで一番売り上げてる二人だって聞いたから、期待してるよ」
本田は、にこにこと笑いながら、会議室を後にした。
「すげープレッシャーかけてくのな、あのおっさん」
「まあ、売り上げは事実だから仕方ないんじゃない? 俺は三橋、お前は滝上――営業力以外のところで獲っちまったんだから」
安藤は揃えた資料を抱えると会議室のドアへと向かった。匡史もそれについていく。
「そういえば、お前……あのお嬢さんとは、どうなったんだ?」
「ああ、ちゃんとあの日に断ったよ。好きな人が居るからって」
「安藤、好きな人いるの?」
目を丸くして聞き返すと、不機嫌極まりない顔で安藤がこちらを見やる。
「俺に好きなヤツがいたらダメか?」
「いや、だって……安藤、合コンいっぱいしてるし、てっきり一人に絞らないタイプかと……」
「俺は、合コンで一人も持って帰ったことはないよ。それは知ってるだろ」
「ああ、まあ……」
いつもやんわりと断って、一人で家路についているのは知っていた。それでも匡史には、好みの子が居ないんだろうくらいにしか思ってなかったのだ。
「好きな奴じゃなきゃ、抱いたってつまんないよ。疲れるだけだ」
うわー大人ー、強気ー、と匡史が囃すと、煩い、と資料で頭を叩かれてしまった。けれど、そうでもしないと安藤の口からこんな真面目な言葉が出るなんて、なんだか恥ずかしかったのだ。お互い女の話はするけれど、こんな真剣めいた話はほとんどしたことがない。
「少し早いけど、メシ行くか。何食いたい? 金丸」
その話題を早く切り捨てようと思ったのか、ふいに安藤がそんなことを聞く。匡史は、せっかくの出張だしな、と考え始める。
「うーん……江戸前寿司?」
「えび、蒸してあるぞ?」
「えびは安藤にくれてやる」
そりゃどーも、と安藤は言いながらスマホで店探しを始めた。その様子を見ながら、こんなマメなヤツなんだから安藤が好きな人って幸せだよな、と思う。なんにせよ、誰かにちゃんと想われているのは羨ましい。誰かの代わりではなくて、ちゃんと自分を見てもらえているのだから……そう考えると、匡史のみぞおち辺りは、キリキリと痛みを覚えた。
85
あなたにおすすめの小説
泡にはならない/泡にはさせない
玲
BL
――やっと見つけた、オレの『運命』……のはずなのに秒でフラれました。――
明るくてお調子者、だけど憎めない。そんなアルファの大学生・加原 夏樹(かはらなつき)が、ふとした瞬間に嗅いだ香り。今までに経験したことのない、心の奥底をかき乱す“それ”に導かれるまま、出会ったのは——まるで人魚のようなスイマーだった。白磁の肌、滴る水、鋭く澄んだ瞳、そしてフェロモンが、理性を吹き飛ばす。出会った瞬間、確信した。
「『運命だ』!オレと『番』になってくれ!」
衝動のままに告げた愛の言葉。けれど……。
「運命論者は、間に合ってますんで。」
返ってきたのは、冷たい拒絶……。
これは、『運命』に憧れる一途なアルファと、『運命』なんて信じない冷静なオメガの、正反対なふたりが織りなす、もどかしくて、熱くて、ちょっと切ない恋のはじまり。
オメガバースという世界の中で、「個」として「愛」を選び取るための物語。
彼が彼を選ぶまで。彼が彼を認めるまで。
——『運命』が、ただの言葉ではなくなるその日まで。
白い結婚だと思っていたら、(溺愛)夫にガブガブされて、番になっていたようです
まんまる
BL
フレア王国の第3王子シルティ(18歳.Ω)は、王宮騎士団の団長を務める、キーファ侯爵家現当主のアリウス(29歳.α)に、ずっと片想いをしている。
そんなシルティは、Ωの成人王族の務めとして、自分は隣国のαの王族に輿入れするのだろうと、人生を半ば諦めていた。
だが、ある日突然、父である国王から、アリウスとの婚姻を勧められる。
二つ返事でアリウスとの婚姻を受けたシルティだったが、何もできない自分の事を、アリウスは迷惑に思っていないだろうかと心配になる。
─が、そんなシルティの心配をよそに、アリウスは天にも登る気持ち(無表情)で、いそいそと婚姻の準備を進めていた。
受けを好きすぎて、発情期にしか触れる事ができない攻めと、発情期の記憶が一切ない受けのお話です。
拗らせ両片想いの大人の恋(?)
オメガバースの設定をお借りしています。ぼんやり設定です。
Rシーンは※つけます。
1話1,000~2,000字程度です。
幼馴染は僕を選ばない。
佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。
僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。
僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。
好きだった。
好きだった。
好きだった。
離れることで断ち切った縁。
気付いた時に断ち切られていた縁。
辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。
星降る夜に ~これは大人の純愛なのか。臆病者の足踏みか。~
大波小波
BL
鳴滝 和正(なるたき かずまさ)は、イベント会社に勤めるサラリーマンだ。
彼はある日、打ち合わせ先の空き時間を過ごしたプラネタリウムで、寝入ってしまう。
和正を優しく起こしてくれたのは、そこのナレーターを務める青年・清水 祐也(しみず ゆうや)だった。
祐也を気に入った和正は、頻繁にプラネタリウムに通うようになる。
夕食も共にするほど、親しくなった二人。
しかし祐也は夜のバイトが忙しく、なかなかデートの時間が取れなかった。
それでも彼と過ごした後は、心が晴れる和正だ。
浮かれ気分のまま、彼はボーイズ・バーに立ち寄った。
そしてスタッフメニューの中に、祐也の姿を見つけてしまう。
彼の夜の顔は、風俗店で働く男娼だったのだ……。
あなたの家族にしてください
秋月真鳥
BL
ヒート事故で番ってしまったサイモンとティエリー。
情報部所属のサイモン・ジュネはアルファで、優秀な警察官だ。
闇オークションでオメガが売りに出されるという情報を得たサイモンは、チームの一員としてオークション会場に潜入捜査に行く。
そこで出会った長身で逞しくも美しいオメガ、ティエリー・クルーゾーのヒートにあてられて、サイモンはティエリーと番ってしまう。
サイモンはオメガのフェロモンに強い体質で、強い抑制剤も服用していたし、緊急用の抑制剤も打っていた。
対するティエリーはフェロモンがほとんど感じられないくらいフェロモンの薄いオメガだった。
それなのに、なぜ。
番にしてしまった責任を取ってサイモンはティエリーと結婚する。
一緒に過ごすうちにサイモンはティエリーの物静かで寂しげな様子に惹かれて愛してしまう。
ティエリーの方も誠実で優しいサイモンを愛してしまう。しかし、サイモンは責任感だけで自分と結婚したとティエリーは思い込んで苦悩する。
すれ違う運命の番が家族になるまでの海外ドラマ風オメガバースBLストーリー。
※奇数話が攻め視点で、偶数話が受け視点です。
※エブリスタ、ムーンライトノベルズ、ネオページにも掲載しています。
のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした
こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる