そうだ課長、俺と結婚してください

藤吉めぐみ

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 昼食後は、まさに戦争だった。まるで会場自体が現場なのではと錯覚するほどに大掛かりなもので、会場の規模から札幌でやる展示会とはスケールが違う。
「とはいえ、今回は合同展示会だから。単独だともっと大変だよ」
 会場設営が終わった午後八時、お疲れ様、と声をかけた本田が笑って言った。
 今回は水回り機器を販売する会社との合同展示会なので、スペースとしては半分なのだが、それでもイベントスペースはかなりの広さがあるので、やはり圧巻だ。
「今日はホテルに戻って休んで。明日は九時にここ集合で構わないよ」
 じゃあ明日もよろしく、と本田は爽やかに笑んで、走り去っていった。あちこちに声をかけては作業員や社員を労っているらしい。
「上司にしたい理想の人って感じだな、本田さんって」
 安藤が本田の姿をその目に捉えながら呟いた。確かに気遣いはよく出来るし、頭の回転も速そうだ。瑛蒔を池上に預けているなら体はフリーなんだから、仕事だって遊びだって自由だろう。
「環境がいいんだろ、多分」
 そう言って歩き出した匡史に、安藤は並んで歩きながら、つっかかるねえ、と笑った。
「本田さん、いい男だもんな。アルファっぽいし……ライバル心?」
「うーん……そうなのかなあ?」
「あれ、池上課長の時とは違う反応」
 安藤はまた、俺のほうがいい男だ、という言葉を言うと思っていたらしい。予想とは違う反応に首を傾げた。
「あの人、瑛蒔の親父さんだと思うんだよ……多分。いや、絶対ってくらい瑛蒔が似てて」
「へえ……ってか、なんであの人の子供を池上課長が預かってるわけ?」
「詳しいところは知らないよ。さ、飯にしようぜー。どっか飲みに出よう」
 新宿あたりでいいんじゃね? と匡史が提言すると、そうだな、と安藤はスマホを取り出した。その様子を眺めながら匡史は、メシの美味いトコな、と注文をつける。安藤が一瞬眇めた目をこちらに向けたので、調子に乗るなと怒られるかと思った。けれど、その目がスマホの画面に戻った時には、わかったよ、とだけ言った。
「なんか、こっち来てからお前、マメさに磨きがかかってねえ?」
 匡史が眉根を寄せながら聞くと、さらに眉間を狭めた安藤が、はあ? と聞き返す。
「いや、こんな優しかったかなー、安藤クンってー、とか思って」
「別に。遠足先で大人が子供を引率するのは当然の義務だろ」
 涼しい顔で言われ匡史は、あのなあ、と安藤に噛み付く。
「出張だし! 俺子供じゃねえし!」
「はいはい。ほら、匡史クンこの店どうかな? 君の大好きな地酒も揃ってるって」
 安藤が幼稚園教諭のような口調で金丸にスマホを差し出してくる。雰囲気のよさそうな店は、匡史好みだった。匡史は、長いため息を零してから口を開いた。
「安藤センセー、ボクそこがいいでーす。連れて行ってくださーい」
 安藤のフリにのっかるように返すと、安藤は微笑んで、はぐれないで歩いて、とスマホを仕舞った。



 翌日は朝から接客に追われ、慣れない仕事だということもあいまって展示会場からタクシーでホテルに戻るとそのまま倒れるように眠り込んでしまった。二日目は、少し慣れてきたということ、今日が終われば明日はほぼフリーだということで、匡史は笑顔を張り付かせたまま接客に応じた。
 午後五時、全ての客が会場を後にして、展示会は終了した。
「お疲れ様、金丸くん。手伝ってもらってよかったよ。何件か大きなパイプができそうだ」
 ヘトヘトになって歩いていた匡史に本田が近寄り、ぽんと肩を叩いた。
「それは、なによりです」
「今日は七時から打ち上げだよ。もちろん、参加してくれるよね?」
「あ、はい」
「それはよかった。ウチの女子社員から誘えとせっつかれててね。モテるな、金丸くん」
 本田は口角を引き上げて笑うと、安藤くんにも伝えて、と打ち上げの場所を書いたメモを渡して会場の奥へと消えていった。これから撤去や搬出の打ち合わせなんかもあるのだろう。
「お疲れ、金丸」
 本田の姿を見送っていると、ふいに背中を叩かれた。安藤が横に立ち細く笑む。
「おう、お疲れ。七時から打ち上げだって」
「打ち上げ? バラシは?」
 匡史からメモを渡された安藤はそれを見ながら聞く。
「専門の業者だって、さっき作業の人が話してた」
 匡史が答えると、そうか、と安藤が首から提げていたIDをスーツのポケットに仕舞いこんだ。
「じゃ、とりあえずコーヒーでも飲みにいかね? 煙草吸いたくて」
「賛成」
「駅中になんか店あったよな?」
「俺、缶でもいいけど」
 てっきり会場内の自販機で缶コーヒーを買い、喫煙所に行くのかと思っていた匡史は、きょとんと返す。
「会場出よう。今のうちに」
「今のうち?」
「いや、これ以上仕事押し付けられる前にだよ。奢ってやるから」
 最後の一言に弱い匡史は、見えないしっぽを振って、やった、と頷いた。そうとなれば、すぐに行こうとばかりに会場出口へと元気に歩き出す。
「現金なやつ」
 含むように笑う安藤に、うるさいよ、と一言告げて匡史は歩いた。
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