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しおりを挟む風呂から出ると、一時間もしないうちに瑛蒔は自室に引っ込んでしまった。たしかに早く寝ろなんて冗談は言ったが、まさかここまで早いとは、としばらく申し訳ない気分で居たが、池上が匡史の気持ちを悟ったのか、いつもこうだよ、君に気を遣ったわけじゃない、と笑った。
静かになった家で、風呂上りの池上の隣でビールを飲む匡史の鼓動は恐ろしく早くなっていた。ちらりとその横顔を覗けば、いつもはきちんとセットされている前髪が無造作に揺れている。意外に長くてさらさらと細いそれは、華奢な池上によく似合っていた。
「課長、いつもそうやって髪おろせばいいのに」
ぽつりと呟くと、え、と池上が驚き、ダメダメ、と笑った。
「子供っぽく見えるだろ? なんだか、情けなくて」
「確かに若く見えますけど、俺は好きです、その髪」
そっと前髪の先に触れると、まだしっとりと濡れたそれが匡史の指に吸い付くようだった。そのまま指を離し、池上の頬に触れる。
「だったら……君だけに見せればいい話だ」
真っ直ぐに見つめる池上の目と、その言葉に、匡史はくらくらと目眩を覚えた。ごくり、と唾を飲み込むと、その様子に気づいた池上が細く笑う。すっかり動揺を悟られてしまったらしい。匡史は小さく咳払いをしてから口を開いた。
「だったら、俺もここに住もうかな。そうすれば、毎日見られる」
池上の言葉に対抗したつもりだった。毎日一緒なんて気が早いだろと同じように動揺してくれればいいと思っていた。けれど池上は、いいね、と微笑む。
「金丸くんは料理上手だし、瑛蒔も懐いてるから家事も育児も分担できそうだ」
池上がそんなことを言うので、匡史は池上から手を離し、可笑しくて笑い出す。それはまるで主婦のような言葉で、色気の欠片もなかったからだ。
「金丸くん?」
首を傾げ覗き込む池上に、すみません、と謝って大丈夫だというように、手で制する。
「俺、やっぱり池上課長が好きです。そういうとこ、ホント敵わない」
ただ甘いだけの今までの女の子たちとは全然違う。夢みたいなデートに現実味のない夜は、その先の想像がつかなかった。けれど、池上となら、スーパーで買い物をして手を繋いで帰ってくるようなささやかだけどかけがえのない日常がすぐに想像できる。どんな時だってきっと笑っていられるのだろうと胸を張って言える。
「そういうって、どういうとこだよ?」
不満げな池上が眉根を寄せる。匡史はなんでもないです、とかぶりを振った。
「ちゃんと言いなさい。上司命令だ」
「こんなとこで、職権乱用ですか」
「いいから。公私混同、上等だ」
そう言い切った池上に、小さくため息を吐いてから、匡史は答えた。
「あなたは、俺の運命の人だってことです。きっと、ずっと好きでいられるって、思ったんです」
「それなら、僕も同じだ」
池上は、そう呟くと匡史の唇に自分のそれを寄せた。軽く啄ばまれ、それをスイッチに今度は匡史が深く唇を合わせる。
次第にあたりに池上の香りが立ち込める。以前よりも随分濃い気がして、匡史にも池上が興奮しているのだと分かる。
「……こんなことしてからでなんなんですが、こんな早くからいいんですか?」
時間はまだ九時前だ。瑛蒔が寝たとはいえ、大人の時間にするには少し早い。
「来客の予定はない。瑛蒔は寝た。僕に用事もない。あとは、君がどうしたいかだけだよ」
誘うような、濃艶な眼差しに匡史が傾かないわけがない。匡史は、池上の体を抱え上げ、答えた。
「恋人になりたい。家事も育児も分担するような家族じゃなくて、恋人に」
匡史の言葉に、寝室はあっちだよ、と池上が指を差した。
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