僕《わたし》は誰でしょう

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第三章

命の証明

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          ◯


 美波はまだ死んでいない。
 少なくともまだ心臓は動いている。

 なのに、周りの誰もが彼女を『死んだ者』として扱っていた。

 脳の機能が完全に停止した場合、いくら延命措置を行っても患者は十日程度で死に至る。
 これがまだ『植物状態』であれば、脳の一部が動いており、意識が戻る可能性もゼロではない。
 けれど『脳死』は、脳が完全に沈黙し、体の働きを維持することができない。ここから回復した例は世界に一つとしてなく、その後の心停止をもってその人の死とするか、あるいは脳死判定によって死を判断するかのどちらかになる。

「おかしいよな……。心臓はまだ動いてるのに。美波はもう、ここにいないってことなのか?」

 彼女の親が病院ここに到着するまでの間、俺は彼女のそばから離れなかった。

 離れたくなかった。
 彼女の心臓はもう、十日程度しかもたない。それを過ぎる頃には、この体だって火葬されて、骨しか残らないのだ。

 彼女の親が到着すれば、俺の父の口からは臓器提供の意思確認がなされる。
 患者が脳死した場合、早い段階で提供の意思が確認されれば、より多くの臓器を提供することができるのだ。

 もともと自らの臓器提供を望んでいた彼女は、すでに意思表示を済ませている。彼女の家族がどういう判断を下すのかはわからないが、本人の意思を尊重するなら、美波は脳死判定をもって死亡と診断され、臓器を摘出されることになるだろう。

「キミはこれを望んでいたのか? だから……わざと車道へ飛び出したのか?」

 俺が尋ねても、彼女は何も答えてはくれない。

 彼女がなぜこんな雨の日に外へ出たのか。一体どこへ行くつもりだったのか。なぜ視界の悪い中、車道へ飛び出したのか。

 これは不慮の事故だったのか。それとも彼女が自ら望んでやったことなのか。
 もしも彼女が自殺を図ったとしたなら、俺との花火大会の約束は何だったのか。

 俺は、彼女にとっての何だったのか?

「戻ってきてくれよ、美波。頼むから……」

 彼女の魂は、思いは、今どこにあるのだろう。

 人の魂はどこに宿るのだろう。

 脳か、心臓か。
 はたまた体の全ての細胞か。それとも……。


          ◯


 その日、病院に駆けつけたのは美波の母親だけだった。父親は仕事で海外におり、どうやっても今日中に帰国することは適わないという。

 数年ぶりに会った母親の顔は疲弊していて、以前見た時よりも何倍にも老けて見えた。病院からの連絡を受けた時点で泣いていたのか、すでに目元が赤く腫れている。

 日頃から娘とぶつかることの多かったらしい彼女だが、だからといって愛情がなかったわけではないのだろう。
 むしろ、その逆。
 普段から何度も口出ししていたということは、それだけ娘のことをいつも気にかけていたということだ。

 その証拠に、彼女は美波の顔を見るなり、その場に泣き崩れた。
 普段からあれだけ人目を気にしていたという彼女が。
 俺たちの前で、病院の真ん中で、まるで子どものように声を上げて、いつまでも泣き叫んでいた。
 
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