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4章
3話
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らしくもなく、深い溜め息を吐くと永瀬は脳外科病棟の医局の並びに用意された自室の革製の椅子に腰掛け深く凭れかかった。
初めの頃は悪阻のせいで元気がないのだと軽く思っていた。脱水症状を起こさないようにユキの食事の様子をしっかり把握して仕事の合間に点滴を永瀬が自ら打ってやった。一緒に過ごすときは日に日に細くなる躯を労ったし、妊娠中でも躯を繋げても差し支えないと言うが、悪阻が重いので控えてもいる。そして、このところは安定期に差し掛かり、大分悪阻は軽くなってきたはずだ。それでも益々ユキの元気は無くなっていくばかりで。産まれてくる子の話でもすれば気分が明るくなるだろうと思ったが、無理に笑顔を作って上っ面ばかりの会話に応じた後はまた暗い面持ちでぼんやりとしている。
妊娠中のホルモンの影響なのか、それとも本人はまだ内密にして欲しいと言っていたにもかかわらず、仕事で無理をするのが心配で小児科の部長に話を通してしまったせいかとも思ったが小児科部長は永瀬の予測どおり、やはりユキがオメガであったことに薄々気が付いており、二人の関係に驚かれたもののユキへの態度は特にこれまでと変わったところはなかったはずだ。思い付く限りの策を講じてもユキは日に日に弱っていくし元気も無くなっていく。永瀬は心配でたまらない。過去に一目見たユキを気に入って是が非でも欲しくて策を練り、籠絡した永瀬だが、共に過ごせば過ごすほどにより愛おしさが益々募っていった。すっかり熱を上げて溺れているのは永瀬の方だと言っても過言は無い。だから今、彼に元気がないことばかりが気になって優秀な永瀬の頭脳の殆どをそのことが占めている。
ユキのあの元気の無さは悪阻のせいだとして片付けてしまって果たして良いのだろうか。強引に口を開かせるのは得意だが、今回はそれをしたくはない。
「相手のことを想って次の一手に迷う日がくるとはな」
手元のカルテを捲る。普段なら考え事をしていてもきちんと頭に内容は収まるのだが、ちっとも頭に入ってこない。
「ちっ……」
苛立ち紛れに軽く舌打ちをすると、自室の扉をノックする音がしてカルテから顔を上げた。
「どうぞ」
返答をすると扉が開いた。
「失礼します」
「君は……小児科の……」
「小児科の看護師の河原です」
永瀬の部屋に現れたのはユキの友人である小児科の看護師である河原奈美子であった。
「あの、ユキのことで話があるんです」
「ユキのことで?」
永瀬が勧めた応接用のソファに奈美子は腰掛けると永瀬の様子を伺うように、話を始めた。
初めの頃は悪阻のせいで元気がないのだと軽く思っていた。脱水症状を起こさないようにユキの食事の様子をしっかり把握して仕事の合間に点滴を永瀬が自ら打ってやった。一緒に過ごすときは日に日に細くなる躯を労ったし、妊娠中でも躯を繋げても差し支えないと言うが、悪阻が重いので控えてもいる。そして、このところは安定期に差し掛かり、大分悪阻は軽くなってきたはずだ。それでも益々ユキの元気は無くなっていくばかりで。産まれてくる子の話でもすれば気分が明るくなるだろうと思ったが、無理に笑顔を作って上っ面ばかりの会話に応じた後はまた暗い面持ちでぼんやりとしている。
妊娠中のホルモンの影響なのか、それとも本人はまだ内密にして欲しいと言っていたにもかかわらず、仕事で無理をするのが心配で小児科の部長に話を通してしまったせいかとも思ったが小児科部長は永瀬の予測どおり、やはりユキがオメガであったことに薄々気が付いており、二人の関係に驚かれたもののユキへの態度は特にこれまでと変わったところはなかったはずだ。思い付く限りの策を講じてもユキは日に日に弱っていくし元気も無くなっていく。永瀬は心配でたまらない。過去に一目見たユキを気に入って是が非でも欲しくて策を練り、籠絡した永瀬だが、共に過ごせば過ごすほどにより愛おしさが益々募っていった。すっかり熱を上げて溺れているのは永瀬の方だと言っても過言は無い。だから今、彼に元気がないことばかりが気になって優秀な永瀬の頭脳の殆どをそのことが占めている。
ユキのあの元気の無さは悪阻のせいだとして片付けてしまって果たして良いのだろうか。強引に口を開かせるのは得意だが、今回はそれをしたくはない。
「相手のことを想って次の一手に迷う日がくるとはな」
手元のカルテを捲る。普段なら考え事をしていてもきちんと頭に内容は収まるのだが、ちっとも頭に入ってこない。
「ちっ……」
苛立ち紛れに軽く舌打ちをすると、自室の扉をノックする音がしてカルテから顔を上げた。
「どうぞ」
返答をすると扉が開いた。
「失礼します」
「君は……小児科の……」
「小児科の看護師の河原です」
永瀬の部屋に現れたのはユキの友人である小児科の看護師である河原奈美子であった。
「あの、ユキのことで話があるんです」
「ユキのことで?」
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