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5章
8話
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『病状の話以外は特に色々と踏み込んだ話はしなかったが、お母さんはやはり君が元気でいるかということは気にしていたよ。そうだな、お父さんは病気をしているから勿論だが、お母さんも前に会ったときのような強い女性のイメージとは随分違って見えたな』
永瀬の話がユキの頭を過る。
診察の結果、なるべく早いうちにオペを行うことになったらしい。
ユキは仕事が終わった後に外科の入院病棟に来たので、白衣の裾を靡かせながら病院の冷たい印象の廊下を行ったり来たりしていた。ドアに手を掛けたり、引っ込めたりもしていた。
どうしても父の病室を見舞うことができず、今日も迷子のように病室の前をうろついているユキ。
ユキの実家の病院は、ユキと西園寺との縁談が破談してから元々芳しくなかった経営が、更に右肩下がりに傾いているらしい。
もちろん、強引な政略結婚を拒み愛する人を選ぶことは倫理的には何ら問題はないことでユキは自分に非は無いと思っている。
だが、家族はどう思っているのだろうか?医師としても家を大きくするための駒としても役に立たなかった自分を憎んでさえもいるかもしれないと思うと、このドアを開ける勇気が出なかった。
「あら?ユキ先生、お父さんのお見舞いですか?」
永瀬の属する脳外科の看護師がにこやかに声をかけてきて、ユキはぎくりと固まった。
「今さっきお母さんは帰られたんですよー」
なんて呑気に言いながら、彼女はスライド式のドアをさっと開けてしまった。
「綾川さーん、ユキ先生……っと息子さんお見えになりましたよー」
ベッドの回りに掛けてあるカーテンを開けて看護師はユキの父親に声を掛けた。
「意識は混濁してるようなのですが、声を掛けると反応するので、お声掛けしてあげてくださいね…ってユキ先生の方が詳しいですよね」
それじゃあごゆっくり、と看護師は出て行ってしまった。
看護師は気が付かなかったが、ベッドに横たわる父を見てユキは固まった。
ベッドには記憶にある父とは似ても似付かない男が横たわっていた。倒れてから直ぐに処置を施したお陰で一命をとりとめはしたが、その処置が完璧ではなかったため、倒れてからずっと寝たきりの状況である父。倒れてから日にちは然程経過していないはずなのに、記憶より一回りほど小さくなり、痩せこけ、土気色の顔。沢山の管に繋がれた父。いつでも完璧なるアルファそのもので、とても美しかった面影は何処にもなかった。一気に何十年も年を取ってしまったようだ。
その姿を見て、ユキは呆然と立ち尽くしていた。驚きなのか、悲しみなのか。それとも他の何かなのか。わからなかったけれども、涙が溢れて止まらなかった。
ぐずぐずとしゃくりあげるほど泣いていると、扉が開いた。慌てて涙を拭って振り返ると、其処には愛する美しい人が立っていたものだから、余計に涙が溢れてしまった。
「……っ和真さんっ……」
永瀬はあっという間に二人のあいだにあった距離を詰めると腕の中に抱き締めた。
「おねが……っお願いします……僕のお父さんを……っ」
助けて……っ
音ににならない言葉は永瀬の胸の中に、ユキの涙と共に滲んだ。大きな掌がユキの背中をそっと擦る。
「大丈夫だ、と言ったろう?俺が大丈夫だと言ったら絶対大丈夫だ。安心して待っててくれ。お父さんを助けるよ」
ユキの父親はユキに言わなければならない言葉が沢山あるはずだ。それを言わせないまま逝かせはしないよ……
永瀬が心で密やかに誓うとベッドの上に横たわる男が、ぴくり、と動いたような気がした。
永瀬の話がユキの頭を過る。
診察の結果、なるべく早いうちにオペを行うことになったらしい。
ユキは仕事が終わった後に外科の入院病棟に来たので、白衣の裾を靡かせながら病院の冷たい印象の廊下を行ったり来たりしていた。ドアに手を掛けたり、引っ込めたりもしていた。
どうしても父の病室を見舞うことができず、今日も迷子のように病室の前をうろついているユキ。
ユキの実家の病院は、ユキと西園寺との縁談が破談してから元々芳しくなかった経営が、更に右肩下がりに傾いているらしい。
もちろん、強引な政略結婚を拒み愛する人を選ぶことは倫理的には何ら問題はないことでユキは自分に非は無いと思っている。
だが、家族はどう思っているのだろうか?医師としても家を大きくするための駒としても役に立たなかった自分を憎んでさえもいるかもしれないと思うと、このドアを開ける勇気が出なかった。
「あら?ユキ先生、お父さんのお見舞いですか?」
永瀬の属する脳外科の看護師がにこやかに声をかけてきて、ユキはぎくりと固まった。
「今さっきお母さんは帰られたんですよー」
なんて呑気に言いながら、彼女はスライド式のドアをさっと開けてしまった。
「綾川さーん、ユキ先生……っと息子さんお見えになりましたよー」
ベッドの回りに掛けてあるカーテンを開けて看護師はユキの父親に声を掛けた。
「意識は混濁してるようなのですが、声を掛けると反応するので、お声掛けしてあげてくださいね…ってユキ先生の方が詳しいですよね」
それじゃあごゆっくり、と看護師は出て行ってしまった。
看護師は気が付かなかったが、ベッドに横たわる父を見てユキは固まった。
ベッドには記憶にある父とは似ても似付かない男が横たわっていた。倒れてから直ぐに処置を施したお陰で一命をとりとめはしたが、その処置が完璧ではなかったため、倒れてからずっと寝たきりの状況である父。倒れてから日にちは然程経過していないはずなのに、記憶より一回りほど小さくなり、痩せこけ、土気色の顔。沢山の管に繋がれた父。いつでも完璧なるアルファそのもので、とても美しかった面影は何処にもなかった。一気に何十年も年を取ってしまったようだ。
その姿を見て、ユキは呆然と立ち尽くしていた。驚きなのか、悲しみなのか。それとも他の何かなのか。わからなかったけれども、涙が溢れて止まらなかった。
ぐずぐずとしゃくりあげるほど泣いていると、扉が開いた。慌てて涙を拭って振り返ると、其処には愛する美しい人が立っていたものだから、余計に涙が溢れてしまった。
「……っ和真さんっ……」
永瀬はあっという間に二人のあいだにあった距離を詰めると腕の中に抱き締めた。
「おねが……っお願いします……僕のお父さんを……っ」
助けて……っ
音ににならない言葉は永瀬の胸の中に、ユキの涙と共に滲んだ。大きな掌がユキの背中をそっと擦る。
「大丈夫だ、と言ったろう?俺が大丈夫だと言ったら絶対大丈夫だ。安心して待っててくれ。お父さんを助けるよ」
ユキの父親はユキに言わなければならない言葉が沢山あるはずだ。それを言わせないまま逝かせはしないよ……
永瀬が心で密やかに誓うとベッドの上に横たわる男が、ぴくり、と動いたような気がした。
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