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柔太郎と清次郎
ナイショ話
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「さすが兄上、行き届いておりますなぁ」
清次郎は柄樽の風呂敷包みを引き寄せて膝に抱き上げた。愛おしげですらあるその様子を見て、柔太郎は少しばかり厳しめの声で言う。
「おはぎは小豆餡と胡桃餡が四つずつ入っている。くれぐれも言うが、八つ全部がお前の分なのではない。家族四人に二つずつの勘定であるからな。ちゃんと、赤松のお父上と女衆……お母上と、お前の嫁御にも取り分けて、各々召し上がって頂くように」
清次郎が眉をほんの少し曇らせた。
この清次郎の顔つきを、柔太郎は、
『好物の甘味の摂取量を制限されたため』
と見てとった。だから、
「赤松のお父上がご酒を上がることに専念なさるようであれば、残ったおはぎの処分については、そちらの家中で決めることだ。私はお前に『喰うな』と言える筋合いではない」
笑いかけた。
清次郎は薄い困り顔のままスイと起ち上がった。
座っている柔太郎が弟を見上げる格好だ。
清次郎は腰をかがめて、柔太郎の耳元に口を寄せる。
「これはまだ、正式な話ではないんですが……」
ようやっと聞き取れる程のささやき声で清次郎が言う。
なんの内証事であろうか……柔太郎は耳をそばだてた。
「赤松の父の嫡女の、鷹女殿でありますが……」
「うむ、お前の嫁女殿……ああまだ婚礼前であるから、厳密には許嫁殿ということになる、のか。しかしいつ杯事をやる予定なのだ。お前が江戸に戻る日取りは知らぬが、その前には済まさねばなるまい」
柔太郎の声も、清次郎の声音に引きずられるようにして小さくなる。
清次郎がこくりとうなづいた。
「そうそう、その件なんですよ。その鷹女殿にですね……このおれが、ですね……」
言いづらそうな清次郎のこそこそ声に、柔太郎は一層神経を集中させた。
その時。
「フられ申したっ!」
巨大な音が、柔太郎の鼓膜を貫いた。
金属がかち合ったときの耳障りな音を数倍不快にさせたような高音が、頭蓋骨の中で反響する。
頭を抱え込み、床板に転げ廻る柔太郎に対して、清次郎は深々と頭を下げた。
「兄上より斯様な良きものを頂戴いたし、赤松清次郎恐悦にござる。然らば本日はこれにてお暇させて頂きます。ごめんくだされましょう」
殊更丁寧に口上を述べると、赤松清次郎は内玄関に続く戸板をやや乱暴に開けた。
框に脱ぎおかれていた草履を引っかけて、風呂敷包みをしっかりと抱きしめ、ばたばたと門外へ出、あっという間に駆け去って行った。
「あやつ、私の草履を履いて行きおった」
ようやく起き上がった柔太郎は、しばらくの間、片耳を抑えたままで板戸の隙間から弟の見える筈のない後ろ姿を眺めていた。
ふわりと味噌の匂いがする。
「あ、あの若先生……今の大声は一体?」
しわがれた老下男の声が聞こえた。
彦六である。
柔太郎が昌平黌に遊学中、清次郎と一緒に浦賀の港に黒船の大きさを測量しに行った折りに、供をしてくれた上田藩江戸藩邸の下働きの男だ。
清次郎は柄樽の風呂敷包みを引き寄せて膝に抱き上げた。愛おしげですらあるその様子を見て、柔太郎は少しばかり厳しめの声で言う。
「おはぎは小豆餡と胡桃餡が四つずつ入っている。くれぐれも言うが、八つ全部がお前の分なのではない。家族四人に二つずつの勘定であるからな。ちゃんと、赤松のお父上と女衆……お母上と、お前の嫁御にも取り分けて、各々召し上がって頂くように」
清次郎が眉をほんの少し曇らせた。
この清次郎の顔つきを、柔太郎は、
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と見てとった。だから、
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笑いかけた。
清次郎は薄い困り顔のままスイと起ち上がった。
座っている柔太郎が弟を見上げる格好だ。
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「これはまだ、正式な話ではないんですが……」
ようやっと聞き取れる程のささやき声で清次郎が言う。
なんの内証事であろうか……柔太郎は耳をそばだてた。
「赤松の父の嫡女の、鷹女殿でありますが……」
「うむ、お前の嫁女殿……ああまだ婚礼前であるから、厳密には許嫁殿ということになる、のか。しかしいつ杯事をやる予定なのだ。お前が江戸に戻る日取りは知らぬが、その前には済まさねばなるまい」
柔太郎の声も、清次郎の声音に引きずられるようにして小さくなる。
清次郎がこくりとうなづいた。
「そうそう、その件なんですよ。その鷹女殿にですね……このおれが、ですね……」
言いづらそうな清次郎のこそこそ声に、柔太郎は一層神経を集中させた。
その時。
「フられ申したっ!」
巨大な音が、柔太郎の鼓膜を貫いた。
金属がかち合ったときの耳障りな音を数倍不快にさせたような高音が、頭蓋骨の中で反響する。
頭を抱え込み、床板に転げ廻る柔太郎に対して、清次郎は深々と頭を下げた。
「兄上より斯様な良きものを頂戴いたし、赤松清次郎恐悦にござる。然らば本日はこれにてお暇させて頂きます。ごめんくだされましょう」
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框に脱ぎおかれていた草履を引っかけて、風呂敷包みをしっかりと抱きしめ、ばたばたと門外へ出、あっという間に駆け去って行った。
「あやつ、私の草履を履いて行きおった」
ようやく起き上がった柔太郎は、しばらくの間、片耳を抑えたままで板戸の隙間から弟の見える筈のない後ろ姿を眺めていた。
ふわりと味噌の匂いがする。
「あ、あの若先生……今の大声は一体?」
しわがれた老下男の声が聞こえた。
彦六である。
柔太郎が昌平黌に遊学中、清次郎と一緒に浦賀の港に黒船の大きさを測量しに行った折りに、供をしてくれた上田藩江戸藩邸の下働きの男だ。
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