ジャンヌ・ダルクがいなくなった後

碧流

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絶望

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 赤青黄、様々な色の薔薇が咲き誇る王宮の庭。

 そこで私は夫シャルルの見舞いのための花を選んでいた。

「王妃さま、こんな感じでどうでしょうか?」
 侍女が花束を見せた。

「まあ、美しいわ。陛下もお喜びになるでしょう。」
 私は鷹揚に頷く。

「お元気になられるようもっと選びましょう。」
 花園を歩きながら次々に花を選ぶ。

 夫シャルルの忌々しい寵姫アニェスが3ヶ月。
 シャルルは未だに公に姿を現そうとはしなかった。

 すぐに私に泣きついてくると思いきや、手紙の一通すら送って来ない。

「…本当に困ったお人だこと。」

 私は独り言ちて、侍女に花束の指示を出し、部屋に戻った。

「ふぅ…」
 ソファに腰掛け一息ついた。

「…シャルル…」

 美しい私の夫。
 その顔を思いだす
 私は確信していた。
 シャルルは必ず私の下に戻ってくる。
 きっとシャルルは私を待っている。
 謝るタイミングが掴めないだけだ。


 シャルルが傷ついているいるのは確かだ。

 私はそれを聖母のように微笑んで慰め、許してやるのだ。
 そして、シャルルは私に依存する…

 今までのことがあって、私に言い出しにくいのだろう。
 こちらから、水を差し向けてやらねばなるまい。

「…本当に手がかかる…」
 言葉とは裏腹に私の心は弾んでいた。
 久方ぶりにシャルルに会える。
 そのことが私を浮かれさせた。
 そうだ、シャルルから抱かれるかもしれない。
 より一層粧わねば。私はうきうきと鏡に向かった。
 その時、

 …ちりーん

 いつかの鈴の音が聞こえた。

「…何の音?」

 くすくす、くすくす

 久しぶりにが聞こえてきた。

『愚かなマリー、本当にそう思う?本当に?』
『愛する女性を殺した女にシャルルが会うとでも?』

「会うわよ!シャルルには私が必要なの!」

 空に向かって叫ぶ。

「…それに殺したのは…ルイよ!」

『幸せなマリー。自分の都合の良いようにしか解釈しない、お頭おつむの持ち主。』

『シャルルはお前を許さない。最愛のジャンヌとジャンヌの再来を殺めたお前を決して許さない。』

 相変わらず鈴の音のような声ながら、ゾッとする冷たい響きに、私は指先が冷たくなった。

「…何なの…わ、わたくしは何もしていないわ!あなた達は一体何者なの?」

 声が私の周りをぐるぐる周り始めた。

『私たちはあなたの中にある数少ない良心。』
『あなたの残虐性を止めるため、あのお方が声を授けてくださった。』
『でも、もう終わり。』
『最愛が死んで悲しむシャルルに赤い薔薇を贈るとか、人ではないもの。』
『あなたは修羅の道に足を踏み入れた。』
『あなたを止めるものはもう誰もいない。』
『あなたの愛するシャルルも、あなたの息子ルイも同じ。』
『みな修羅の道を歩む。』

 ぐるぐるぐるぐる回る声は私の頭の中に直接話しかけてくる。

「うるさい!」
 叫ぶと声は静かになった。

『さようなら、愚かなマリー』

『あなたに少しでも幸あらんことを』
 最後に一言残して声は消えた。

 それはとても穏やかな声だった。

 そして、胸の中で「ことり」と音がして、私の中から何かが消えた…


「あ…」
 気づくとソファーだった。
 どうやらうたた寝していたようだ。

(わたくしは、何を…?確かお見舞いの花を摘んで…)

 それから何をしていたか、思い出せない。

(大事なことだった気がするけど…)
 言葉には言い表せない不安が胸の中に広がる。

「…夢でも見たのかしら…?それよりも、早くシャルルのお見舞いに行かなくては。」

 私はシャルルが引きこもっているロシュ城に赴く準備を始めた。
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