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終焉①
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「ルイか…」
床に伏した父上がこちらに目を向けた。
「ルイよ、お前痩せたな…」
自分こそ命の灯火が消えようとしている父上がそう言った。
「父上こそ…」声が詰まる。
「何故食事をとらないのですか?」
あんなに美しかった父上は今はもう見る影もない。
「…誰かに毒を盛られてはたまらないからな。」
「っそれは!ちが…」
言い訳しようとして、口を閉じた。
いや違わない。
間接的に父上の大事な方を殺めてしまった。
そんな私を見て、父上は何でもなさそうに言った。
「…よい、わかっておる。マリーであろう。」
私は目を見張った。
「…何故?」
私の疑問を父上は鼻で笑った。
「一応夫婦だからな。アレのやりそうなきたない手口よ。」
父上はそこまで言うと、身体を起こそうとした。慌てて背を支える。
(…軽い…)
私はわかってしまった。
父上はもう逝こうとしている。
侍従の話では、アニェスが死んで以来ほとんど何も口にしていないらしい。
医者はよく3ヶ月持ったものだ。と言っていた。
「ルイよ。」
父上は湖の底のような澄んだ瞳で私を見つめた。
私も父上の目をじっと見つめる。
母を苦しめる父上は憎い存在だった。
反乱を起こしたこともある。
でも、父上は私の王太子の座を奪うことはなかった。
「ルイよ、お前はアレが欲しかったのであろう?」
「…アレ?」
と言って、背筋が凍った。
アニェスへの劣情がばれていたのか?
「…よい、責はせぬ。もうアニェスはおらぬしな。」
「…ち、父上…」
「アレには可哀想なことをした。今となれば、アレ自身を愛していたのか、わからぬものよ。」
父上は目を瞑った。
「…ジャネット…」
父上は呟いた。
「ジャネットの生き写しのアニェスをジャネットの形代として愛していたのやもしれぬ。アレは聡かった。我の気持ちに気付いておったかもな…あれほどの美しさ聡明さなら、どのような若い凛々しい男でも手に入ったであろうものを…我の欲望に幼き頃から付き合わせ、最期は死なせてしもうた。
ルイよ…我はもう自身の気持ちがわからぬのよ…そちの母が憎いという気持ち以外にな。」
私は返事ができなかった。
ジャネットとは、ジャンヌ・ダルクのことであろう。
ジャンヌの面影を求めて、ジャンヌの姪を叔父上に預けて囲ったとはお祖母様から聞いていた。
「ルイよ、そなたにも罪は負ってもらう。」
私は身体を硬くした。
「…御意」
その場に跪き頭を垂れる。
「ああ、よいよい、楽にせよ。」
父上の言葉に顔を上げる。
「ルイ、そちは甘い。このまま王となってもまたしてもイングランドに付け入る隙を与えかねん。
して…」
父上は言葉を切った。
…廃太子か…それも仕方あるまい。
父上の最愛を殺め、父上も死に追いやろうとしている。
「今回のアニェス毒殺はそちということにしておる。」
「はい。」
「にも関わらず、そちが即位すれば、諸国はそちをただならぬ人間と見るであろう。冷酷な人間と噂は立つが、ま、それくらいは罰として甘んじて受けよ。」
「…は?」
私はぽかんとして父上の顔を見た。冗談を言っているようには見えない。
「ジャネットが命を賭けて守った国だ。心して治めよ。」
「わ、わたしでよろしいので?」
父上は顔を顰めた。
「…他にマシなのがおらんのだ。」
あ、そういうことか…
「そちには愛情はない。」
「はあ…」
はっきり言ってくれるな。
「…だが、期待はしておる。」
「はい。父上。私が命を賭してこの国を守り抜きます!」
「…はは…」
父上は力なく笑って背もたれに背を預けた。
「それと…もう一つ守ってもらいたいものがある…」
「…?もう一つとは?」
そう問い返した時に
「ちちうえ」
鈴を転がしたような可愛らしい声がした。
床に伏した父上がこちらに目を向けた。
「ルイよ、お前痩せたな…」
自分こそ命の灯火が消えようとしている父上がそう言った。
「父上こそ…」声が詰まる。
「何故食事をとらないのですか?」
あんなに美しかった父上は今はもう見る影もない。
「…誰かに毒を盛られてはたまらないからな。」
「っそれは!ちが…」
言い訳しようとして、口を閉じた。
いや違わない。
間接的に父上の大事な方を殺めてしまった。
そんな私を見て、父上は何でもなさそうに言った。
「…よい、わかっておる。マリーであろう。」
私は目を見張った。
「…何故?」
私の疑問を父上は鼻で笑った。
「一応夫婦だからな。アレのやりそうなきたない手口よ。」
父上はそこまで言うと、身体を起こそうとした。慌てて背を支える。
(…軽い…)
私はわかってしまった。
父上はもう逝こうとしている。
侍従の話では、アニェスが死んで以来ほとんど何も口にしていないらしい。
医者はよく3ヶ月持ったものだ。と言っていた。
「ルイよ。」
父上は湖の底のような澄んだ瞳で私を見つめた。
私も父上の目をじっと見つめる。
母を苦しめる父上は憎い存在だった。
反乱を起こしたこともある。
でも、父上は私の王太子の座を奪うことはなかった。
「ルイよ、お前はアレが欲しかったのであろう?」
「…アレ?」
と言って、背筋が凍った。
アニェスへの劣情がばれていたのか?
「…よい、責はせぬ。もうアニェスはおらぬしな。」
「…ち、父上…」
「アレには可哀想なことをした。今となれば、アレ自身を愛していたのか、わからぬものよ。」
父上は目を瞑った。
「…ジャネット…」
父上は呟いた。
「ジャネットの生き写しのアニェスをジャネットの形代として愛していたのやもしれぬ。アレは聡かった。我の気持ちに気付いておったかもな…あれほどの美しさ聡明さなら、どのような若い凛々しい男でも手に入ったであろうものを…我の欲望に幼き頃から付き合わせ、最期は死なせてしもうた。
ルイよ…我はもう自身の気持ちがわからぬのよ…そちの母が憎いという気持ち以外にな。」
私は返事ができなかった。
ジャネットとは、ジャンヌ・ダルクのことであろう。
ジャンヌの面影を求めて、ジャンヌの姪を叔父上に預けて囲ったとはお祖母様から聞いていた。
「ルイよ、そなたにも罪は負ってもらう。」
私は身体を硬くした。
「…御意」
その場に跪き頭を垂れる。
「ああ、よいよい、楽にせよ。」
父上の言葉に顔を上げる。
「ルイ、そちは甘い。このまま王となってもまたしてもイングランドに付け入る隙を与えかねん。
して…」
父上は言葉を切った。
…廃太子か…それも仕方あるまい。
父上の最愛を殺め、父上も死に追いやろうとしている。
「今回のアニェス毒殺はそちということにしておる。」
「はい。」
「にも関わらず、そちが即位すれば、諸国はそちをただならぬ人間と見るであろう。冷酷な人間と噂は立つが、ま、それくらいは罰として甘んじて受けよ。」
「…は?」
私はぽかんとして父上の顔を見た。冗談を言っているようには見えない。
「ジャネットが命を賭けて守った国だ。心して治めよ。」
「わ、わたしでよろしいので?」
父上は顔を顰めた。
「…他にマシなのがおらんのだ。」
あ、そういうことか…
「そちには愛情はない。」
「はあ…」
はっきり言ってくれるな。
「…だが、期待はしておる。」
「はい。父上。私が命を賭してこの国を守り抜きます!」
「…はは…」
父上は力なく笑って背もたれに背を預けた。
「それと…もう一つ守ってもらいたいものがある…」
「…?もう一つとは?」
そう問い返した時に
「ちちうえ」
鈴を転がしたような可愛らしい声がした。
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