ジャンヌ・ダルクがいなくなった後

碧流

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マリーの終焉

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シャルルのところから追い返されたマリーは、馬車の中で急激に老け込んだ。

理由はわからない。

肌は青黒くなり、髪は抜け、歯も抜けた。
何を食べてもお腹を壊し、あらゆるところが腫れた。

「…痛い、痛い…」

マリーは己の身体の変化に恐れ慄き、ひたすら神に祈った。
慈善事業へ金の糸目もつけずに寄付した。
それでも身体が何かに蝕まれていく。

シャルルが危篤という報も入ったが、マリーにはもちろん登城要請はない。
あっても今の状態では行けない。

ルイは駆けつけたらしいが、何も言ってこない。

(ルイはシノンに帰ってきてないのかもしれない…)

マリーは急に不安になり、他の子に連絡を取ったが、知らないと返事があればいい方で、返事すら返さない子がほとんどであった。
シャルルを追いかけるのに必死で、ルイ以外の子に目を向けていなかったが今回ってきた。

いつも影のように付き添ってくれていたマーガレット夫人は職を辞し、あの時馬車に乗っていた侍女も辞めた。

マリーはひとりぼっちだった。

鏡を見ることなく部屋に引きこもるマリーを訪れたのは、母ヨランドであった。

「…マリーよ…」

母ヨランドはもう70を過ぎたのにまだかくしゃくとしている。

変わり果ててベッドに横たわるマリーの姿に臆することなく近づき、手を握った。
「マリー、母を許せ。」
マリーは腫れ上がったまぶたを瞬かせ、同じく腫れ上がった唇からか細い声を出した。
「お母様、何を…?」
「そなたの異常性に気付いていながら、娘かわいさに見逃してきた。母を許せ。」

…異常…

マリーの眦から涙が流れた。

「わたくし…おかしいの…?」
マリーの問いにヨランドは辛そうに頷いた。
「シャルル様をお慕いしていただけなのに…」
そう呟いたマリーに、ヨランドは諭すように語り掛けた。
「お慕いしていただけなら、あんなに人を殺めることはあるまいよ。」
マリーは首を横に振った。

「…わ、わたくしは何もしていないわ…」

ヨランドは憐れむような目で娘を見つめた。可愛い可愛い第一子。大事に大事に育て、初恋すら実らせてやった。
愛情も何もかも人一倍注いできた。一体どこで間違えたのだろうか…

「シャルルも悪かったが…そなたがシャルルの乳母に手を出しさえしなければ、シャルルはそなたに向き合っていた筈じゃ。さすれば、ジャネットとシャルルは出会うことはなかった。すべてそなたの浅慮と嫉妬が招いた結果よ…それを教えなかった母が悪かった。すまぬ、マリー」

マリーは頭を下げる母を見ながら思った。

乳母が死んだのは、実家が受け入れなかったからだ。
シャルルの侍女をいじめたのは、わたくしではなく、他の侍女たちだ。
侍女の腕を切り落としたのは、マリーに心酔していた護衛騎士だ。

…わたくしは何もしていない。

ただ、ため息をついたり、悲しんだりして

それを勝手に解釈して動いたのは周りの人たちだ。
アニェスだって、ルイが殺したそうだったから、お手伝いしただけ。

わたくしは何も悪くない。
そうわたくしは何も悪くない!

シャルルにそう伝えたいが、シャルルは二度とマリーの話に耳を傾けてくれないだろう。
いや、その前に今世ではもう会うこともできない。

「…シャルルさま…」

(なんだい?マリー)

昔優しく微笑んでくれてシャルルの姿が目に浮かぶ。

「そんなにわたくしが厭わしかったのですか…?」

瞼の奥のシャルルが困ったように微笑んだ。

「ただ、貴方様に愛されたかっただけなのに…」

母ヨランドの嗚咽が聞こえた。

マリーは膿に塗れた涙を流し続けた。
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