亡国の王弟は女好きの騎士に溺愛される

コムギ

文字の大きさ
23 / 32

23【地下室の闇】

しおりを挟む
 建物に入ってすぐ、目に付くところに、魔法陣が刺繍された壁掛けがかかっていた。織物でできた端は黒く焼け焦げている。

 どうしてか、見たことがないはずなのに、胸の辺りを掴まれたような感じがした。ため息を吐きたくなるほど、懐かしく感じるのはなぜだろうか。

 ルカーシュは片手を伸ばそうとしたが、手枷のせいで両手を伸ばすことになった。織り目の表面を撫でると、ざらついている。

「火事で唯一残った壁掛けです」

 ゾルターンは自由な手で、その壁掛けに触れる。特に心のこもった触れ方ではなかった。

「他のものは、すべて炭にされました」

 アラバンドの者たちが魔女の集落を襲撃し、人や、その文化をも燃やし尽くした。そんな話は知らなかった。母は一言も言わなかった。何も知らず、ルカーシュはアラバンドの城に囚われていただけだ。

 ――知っていたら、こんな自分であっても、兄王や父王を許せなかっただろうか。

 いや、自分の性格では、手をかけるほどの度胸はなかった。何もできないくせに、憎しみだけは人並みに持っていたかもしれない。しかしもう、その憎しみをぶつける相手はこの世に残っていない。

 両開きの扉を開けると、下りの階段の一段目が浮かんだ。先は炭を塗りたくったかのように暗闇でできている。

 ゾルターンは松明を掲げた。炎が上がると共に、松脂の燃える臭いがする。壁掛けの松明に火を移しながら、下へ下へと降りていった。

 靴音が止まり、目的地に着いたことを知る。ゾルターンの持っていた松明が壁掛けに固定されると、部屋は照らされた。

 地下室には日差しはなく、通気口があるだけだった。牢屋ではないにしても、人を閉じ込めるための部屋だというのはわかる。寝台と頭側の飾り板を支える柱には鎖がついていた。

 ――ここに居てはいけない。

 本能が叫ぶように、身体中の血が騒ぐ。

 一歩退くと、手枷の間の鎖を引っ張られた。避けようとした身体が行き場を無くして、ゾルターンの胸板にぶつかる。筋肉質な腕がルカーシュの腰を抱いた。服の上から触れられたとしても、背中から項にかけて寒気が走る。

「無駄です」

 腕から逃げ出そうともがくが、手枷の鎖を掴まれて、自由に動けない。鎖が手枷の輪に通されて、柱に繋がれた。

 奥歯を噛み締めて、引っ張っても鎖は外れない。ゾルターンはルカーシュの身体を寝台に突き飛ばした。

「無駄だと言ったはずですが」

「嫌だ」身体をひねって抵抗するが、ゾルターンは呆れたようにため息を吐いた。

「ここを出ても、別の場所で幽閉されるだけでしょう」

 否定はできない。実際、ルカーシュはどこへ行っても幽閉される身だ。護衛がいつも控えていて、自由は一切ないように見えるだろう。

 それでも、シモンがいれば、小さな自由はある。

 自分の足で歩き、頬に風を感じられる。水に指を浸せば、冷たさを知り、花の匂いを肺いっぱいに取り込むこともできる。穏やかな日差しの下で昼寝をすることも、釣りをすることも。

 シモンと一緒なら、もっと楽しいことが見つかるかもしれない。

 それは叶わない夢でしかなかった。暗く囚われた世界では、ルカーシュの希望を失わせ、逃げようとする手足をもいでいく。ゾルターンの言葉もそうだった。

「これはアラバンドに渡った際に調べたのですが、あなたの母親はアラバンドでの使用人ではなく――奴隷です。しかも王の正妃にも妾にもなれない、慰めものでした。つまりあなたは望まれて生まれてきたわけではない」

 嘘だ、違うと否定したいのに、話のつじつまは合った。魔女の集落が襲撃された話をすれば、母親が奴隷にされたことも話さなければならなくなる。母は話さなかったのではなく、幼い自分にはまだ話せなかったのだろう。死ぬ間際まで言わないでいてくれた。

 涙が溢れてきて、息をするのが苦しい。

「あなたは感謝するべきでしょう。殺さずに育ててくれた自分の母親に。あなたは初めから生まれてはいけなかったのですよ」

 決定的に闇を植え付けられて、ルカーシュは絶望で呻くしかできない。そんな様子を眺めながら、ゾルターンの勝ち誇ったような声は止まらない。

「しかも最近では、あなたを巡って、ふたつの組織ができたそうです。旧アラバンド派と新アラバンド派だとか」

 初めて聞いた話だった。自分を巡ってということは、未だに王弟という立場が争いの元になっているのか。

「アラバンドという国は亡くなったのに、王弟だったあなたがいる限り、争いは絶えない。それを制圧するためにシモンも王都に帰ったのですよ。あなたがいる限り、穏やかな生活は訪れない。シモンのことを考えるなら、あなたはここでひっそり暮らしたほうがいいのではないですか?」

 すべて図星で、何も返す言葉はなかった。

「アルノシュトもあなたを守るために犠牲になりました。どれだけの人をあなたは被害者にしていくのでしょうね」

 母親のことも、シモンのことも、アルノシュトのことも。自分のせいで、割を食う。本当に、ここにいることが自分だけではなく、あらゆる人のためになるように思えてくる。

 松明の火が消された。一気に暗闇に落とされる。

「この闇の中で、いつまで抵抗できるでしょうかね」

 ゾルターンの冷たい声の後には、階段を上がっていく靴音が響いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

恵方巻を食べてオメガになるはずが、氷の騎士団長様に胃袋を掴まれ溺愛されています

水凪しおん
BL
「俺はベータだ。けれど、クラウス様の隣に立ちたい」 王城の厨房で働く地味な料理人ルエンは、近衛騎士団長のクラウスに叶わぬ恋をしていた。身分も属性も違う自分には、彼との未来などない。そう諦めかけていたある日、ルエンは「伝説の恵方巻を食べればオメガになれる」という噂を耳にする。 一縷の望みをかけ、ルエンは危険な食材探しの旅へ! しかし、なぜかその旅先にはいつもクラウスの姿があって……? 勘違いから始まる、ベータ料理人×氷の騎士団長の胃袋攻略ラブファンタジー!

ヒールオメガは敵騎士の腕の中~平民上がりの癒し手は、王の器に密かに溺愛される

七角@書籍化進行中!
BL
君とどうにかなるつもりはない。わたしはソコロフ家の、君はアナトリエ家の近衛騎士なのだから。 ここは二大貴族が百年にわたり王位争いを繰り広げる国。 平民のオメガにして近衛騎士に登用されたスフェンは、敬愛するアルファの公子レクスに忠誠を誓っている。 しかしレクスから賜った密令により、敵方の騎士でアルファのエリセイと行動を共にする破目になってしまう。 エリセイは腹が立つほど呑気でのらくら。だが密令を果たすため仕方なく一緒に過ごすうち、彼への印象が変わっていく。 さらに、蔑まれるオメガが実は、この百年の戦いに終止符を打てる存在だと判明するも――やはり、剣を向け合う運命だった。 特別な「ヒールオメガ」が鍵を握る、ロミジュリオメガバース。

無愛想な氷の貴公子は臆病な僕だけを逃さない~十年の片想いが溶かされるまで~

たら昆布
BL
執着ヤンデレ攻め×一途受け

無能と捨てられたオメガですが、AI搭載の最強ゴーレムを作ったら、執着溺愛ルートに入りました

水凪しおん
BL
「マスターは私が守ります。……そして、愛します」 現代日本でAI研究者だったカイルは、過労死の末、魔力至上主義の異世界へ転生する。しかし、魔力を持たない「オメガ」と判定され、実家の公爵家から辺境のゴーレム廃棄場へと追放されてしまう。 生き残るため、カイルは前世の知識と特異能力「論理構築」を使い、泥人形のゴーレム・オルトを作成。AIを搭載されたオルトは、やがて自我に目覚め、カイルを溺愛する最強の「アルファ」へと進化していく――。 無機質からの激重感情×内政チート! スパダリ化したゴーレムと共に、荒れ地を楽園に変え、かつての家族を見返す痛快異世界BLファンタジー!

【本編完結】おもてなしに性接待はアリですか?

チョロケロ
BL
旅人など滅多に来ない超ド田舎な村にモンスターが現れた。慌てふためいた村民たちはギルドに依頼し冒険者を手配した。数日後、村にやって来た冒険者があまりにも男前なので度肝を抜かれる村民たち。 モンスターを討伐するには数日かかるらしい。それまで冒険者はこの村に滞在してくれる。 こんなド田舎な村にわざわざ来てくれた冒険者に感謝し、おもてなしがしたいと思った村民たち。 ワシらに出来ることはなにかないだろうか? と考えた。そこで村民たちは、性接待を思い付いたのだ!性接待を行うのは、村で唯一の若者、ネリル。本当は若いおなごの方がよいのかもしれんが、まあ仕方ないな。などと思いながらすぐに実行に移す。はたして冒険者は村民渾身の性接待を喜んでくれるのだろうか? ※不定期更新です。 ※ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。 ※よろしくお願いします。

【本編完結】転生先で断罪された僕は冷酷な騎士団長に囚われる

ゆうきぼし/優輝星
BL
断罪された直後に前世の記憶がよみがえった主人公が、世界を無双するお話。 ・冤罪で断罪された元侯爵子息のルーン・ヴァルトゼーレは、処刑直前に、前世が日本のゲームプログラマーだった相沢唯人(あいざわゆいと)だったことを思い出す。ルーンは魔力を持たない「ノンコード」として家族や貴族社会から虐げられてきた。実は彼の魔力は覚醒前の「コードゼロ」で、世界を書き換えるほどの潜在能力を持つが、転生前の記憶が封印されていたため発現してなかったのだ。 ・間一髪のところで魔力を発動させ騎士団長に救い出される。実は騎士団長は呪われた第三王子だった。ルーンは冤罪を晴らし、騎士団長の呪いを解くために奮闘することを決める。 ・惹かれあう二人。互いの魔力の相性が良いことがわかり、抱き合う事で魔力が循環し活性化されることがわかるが……。

処理中です...