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14.新たなる門出
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「やられましたわ」
馬車の座席に深く座る。
学園の図書館に公爵家にはない本があったはずなので、暇潰しがてら足を運んだが、その目的を果たすことなく馬車に戻り、彼女は苦々しく溜め息を吐く。
“おまえは上に立つには優しすぎるの。”
死者の世界で、彼女は“神に相応しくない”とそう言外に言った。
けれど。
あの創造主は、やはり神であった。
「姫様」
案じるような声音の執事に、彼女は素直に負けを認めた。神の思惑に踊らされたと。深く思考しなかった自身の落ち度であると。
『ボクの、ミスで、あの子は、メルナーゼは、ただ理不尽に、命を摘まれてしまう存在に、なってしまったんだ。このままでは、確実に、あの子は死んでしまう。何の幸せも、ないままに』
ピクリと眉が動く。
「わたくしが頷いたら、その娘を助けるためにわたくしが動かなくてはならないの?」
『いや、メルナーゼの魂は、今までのつらい思いを浄化させ、新しい生へと生まれ変わらせる。キミは、彼女の体と記憶を引き継いで生きて欲しい』
と言う。それは、結局娘は死ぬではないか。肉体が生きていることが“助ける”ことになるということだろうか。それとも、娘が死ぬことは確定だが、もう少し先の話であり、ならば少しでも早くつらいことから解放してあげたいということなのだろうか。
そこまで考え、あの時彼女は考えることをやめていた。自分には関係ないことだから。
「そうね、わたくしを選んだのですものね」
ひとりを取り戻すために。
そして、そのひとりを蔑ろにした者たちに鉄槌を下すために。
たったひとりのために、大勢が犠牲になることなど何とも思わない、無慈悲な神。
“その結果、世界が壊れたとしても、わたくしのせいではなくてよ”
言われるまでもないことだった、ということだ。
“メルナーゼ”になる前の過去を見たと言っていたのだ。
どれだけの人間が、彼女の気まぐれ、思いつきで、理不尽に命を散らしたことだろう。尤も彼女は、理不尽などとは微塵も思っていないが。
かつての彼女は、メディテラーネと呼ばれていた。
メディテラーネは、人の心を持って生まれてこなかった。強大な帝国の第一皇女として生まれ、あまりの非道に家族からも恐れられるほど。
“その非情さこそ至高”、と言う者もあれば、“それは偽り。本当は民を慈しんでおられるのだ”と言う者もあった。メディテラーネは、そのどちらにも思うことはなかった。他人の評価など、不要だからだ。その評価によって、十六まで生き存えたということは理解しているが、ただそれだけ。感謝も良心の呵責ももちろん謝罪の念も、何一つない。すべてはただの事象にすぎなかった。
生まれた者は必ず死ぬ。
メディテラーネにとって、それだけが確定したものだった。
けれど、創造主によって、それは覆された。
かつての肉体はなくなったが、魂が残り、舞い戻った。
死は絶対ではない、ということが、メディテラーネに衝撃を与えた。
それは、死を超越した喜びか、確固たるものが覆された悲しみか、神たるに相応しくないと思っていた者からもたらされたことによる怒りか。
わからない。
けれど、あれほど淡々としていたが、確かに衝撃だったのだ。
メディテラーネは、人の心がないのではない。
誰よりも何よりも、自分が一番だっただけ。それ以外は、石ころの価値すらない。
ただ、それだけ。
結果、僅か十六でその生涯を閉じることとなった。
そんなメディテラーネが創造主の頼みを引き受けたのは、魔法というもので遊んでみてもいいかと思ったこともあるのだが。
「いいでしょう。魔法とやらがどのようなものか。楽しんできましょう」
『引き受けてくれるか!ありがとう!』
「その結果、世界が壊れたとしても、わたくしのせいではなくてよ」
『う、お、おぅ?』
「一人を救うために、世界が壊れる。カタルシスですわ」
自身の名前に、ほんの少し似ている少女がバカにされていることにも、苛立ちを覚えたからだった。
そう、崩壊に、カタルシスを感じる程度には。
「宰相」
男は恭しく頭を下げる。
「折角ですもの。今度はどこまで出来るのか、試してみるのもいいわね」
生前出来なかったことは、まだまだたくさんある。魔法という幅も増えた。
「姫様の、望みのままに」
平伏した男は、その尊い足下にくちづけをした。
*つづく*
馬車の座席に深く座る。
学園の図書館に公爵家にはない本があったはずなので、暇潰しがてら足を運んだが、その目的を果たすことなく馬車に戻り、彼女は苦々しく溜め息を吐く。
“おまえは上に立つには優しすぎるの。”
死者の世界で、彼女は“神に相応しくない”とそう言外に言った。
けれど。
あの創造主は、やはり神であった。
「姫様」
案じるような声音の執事に、彼女は素直に負けを認めた。神の思惑に踊らされたと。深く思考しなかった自身の落ち度であると。
『ボクの、ミスで、あの子は、メルナーゼは、ただ理不尽に、命を摘まれてしまう存在に、なってしまったんだ。このままでは、確実に、あの子は死んでしまう。何の幸せも、ないままに』
ピクリと眉が動く。
「わたくしが頷いたら、その娘を助けるためにわたくしが動かなくてはならないの?」
『いや、メルナーゼの魂は、今までのつらい思いを浄化させ、新しい生へと生まれ変わらせる。キミは、彼女の体と記憶を引き継いで生きて欲しい』
と言う。それは、結局娘は死ぬではないか。肉体が生きていることが“助ける”ことになるということだろうか。それとも、娘が死ぬことは確定だが、もう少し先の話であり、ならば少しでも早くつらいことから解放してあげたいということなのだろうか。
そこまで考え、あの時彼女は考えることをやめていた。自分には関係ないことだから。
「そうね、わたくしを選んだのですものね」
ひとりを取り戻すために。
そして、そのひとりを蔑ろにした者たちに鉄槌を下すために。
たったひとりのために、大勢が犠牲になることなど何とも思わない、無慈悲な神。
“その結果、世界が壊れたとしても、わたくしのせいではなくてよ”
言われるまでもないことだった、ということだ。
“メルナーゼ”になる前の過去を見たと言っていたのだ。
どれだけの人間が、彼女の気まぐれ、思いつきで、理不尽に命を散らしたことだろう。尤も彼女は、理不尽などとは微塵も思っていないが。
かつての彼女は、メディテラーネと呼ばれていた。
メディテラーネは、人の心を持って生まれてこなかった。強大な帝国の第一皇女として生まれ、あまりの非道に家族からも恐れられるほど。
“その非情さこそ至高”、と言う者もあれば、“それは偽り。本当は民を慈しんでおられるのだ”と言う者もあった。メディテラーネは、そのどちらにも思うことはなかった。他人の評価など、不要だからだ。その評価によって、十六まで生き存えたということは理解しているが、ただそれだけ。感謝も良心の呵責ももちろん謝罪の念も、何一つない。すべてはただの事象にすぎなかった。
生まれた者は必ず死ぬ。
メディテラーネにとって、それだけが確定したものだった。
けれど、創造主によって、それは覆された。
かつての肉体はなくなったが、魂が残り、舞い戻った。
死は絶対ではない、ということが、メディテラーネに衝撃を与えた。
それは、死を超越した喜びか、確固たるものが覆された悲しみか、神たるに相応しくないと思っていた者からもたらされたことによる怒りか。
わからない。
けれど、あれほど淡々としていたが、確かに衝撃だったのだ。
メディテラーネは、人の心がないのではない。
誰よりも何よりも、自分が一番だっただけ。それ以外は、石ころの価値すらない。
ただ、それだけ。
結果、僅か十六でその生涯を閉じることとなった。
そんなメディテラーネが創造主の頼みを引き受けたのは、魔法というもので遊んでみてもいいかと思ったこともあるのだが。
「いいでしょう。魔法とやらがどのようなものか。楽しんできましょう」
『引き受けてくれるか!ありがとう!』
「その結果、世界が壊れたとしても、わたくしのせいではなくてよ」
『う、お、おぅ?』
「一人を救うために、世界が壊れる。カタルシスですわ」
自身の名前に、ほんの少し似ている少女がバカにされていることにも、苛立ちを覚えたからだった。
そう、崩壊に、カタルシスを感じる程度には。
「宰相」
男は恭しく頭を下げる。
「折角ですもの。今度はどこまで出来るのか、試してみるのもいいわね」
生前出来なかったことは、まだまだたくさんある。魔法という幅も増えた。
「姫様の、望みのままに」
平伏した男は、その尊い足下にくちづけをした。
*つづく*
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