願いの代償

らがまふぃん

文字の大きさ
14 / 20

14.新たなる門出

しおりを挟む
 「やられましたわ」
 馬車の座席に深く座る。
 学園の図書館に公爵家にはない本があったはずなので、暇潰しがてら足を運んだが、その目的を果たすことなく馬車に戻り、彼女は苦々しく溜め息をく。
 “おまえは上に立つには優しすぎるの。”
 死者の世界で、彼女は“神に相応しくない”とそう言外に言った。
 けれど。 
 あの創造主は、やはり神であった。
 「姫様」
 案じるような声音の執事に、彼女は素直に負けを認めた。神の思惑に踊らされたと。深く思考しなかった自身の落ち度であると。

 『ボクの、ミスで、あの子は、は、ただ理不尽に、命を摘まれてしまう存在に、なってしまったんだ。このままでは、確実に、あの子は死んでしまう。何の幸せも、ないままに』
 ピクリと眉が動く。
 「わたくしが頷いたら、その娘を助けるためにわたくしが動かなくてはならないの?」
 『いや、メルナーゼの魂は、今までのつらい思いを浄化させ、新しい生へと生まれ変わらせる。キミは、彼女の体と記憶を引き継いで生きて欲しい』
 と言う。それは、結局娘は死ぬではないか。肉体が生きていることが“助ける”ことになるということだろうか。それとも、娘が死ぬことは確定だが、もう少し先の話であり、ならば少しでも早くつらいことから解放してあげたいということなのだろうか。
 そこまで考え、あの時彼女は考えることをやめていた。自分には関係ないことだから。

 「そうね、を選んだのですものね」
 ひとりを取り戻すために。
 そして、そのひとりを蔑ろにした者たちに鉄槌を下すために。
 たったひとりのために、大勢が犠牲になることなど何とも思わない、無慈悲な神。

 “その結果、世界が壊れたとしても、わたくしのせいではなくてよ”

 言われるまでもないことだった、ということだ。
 “メルナーゼ”になる前の過去を見たと言っていたのだ。
 どれだけの人間が、彼女の気まぐれ、思いつきで、理不尽に命を散らしたことだろう。尤も彼女は、理不尽などとは微塵も思っていないが。

 かつての彼女は、メディテラーネと呼ばれていた。
 メディテラーネは、人の心を持って生まれてこなかった。強大な帝国の第一皇女として生まれ、あまりの非道に家族からも恐れられるほど。
 “その非情さこそ至高”、と言う者もあれば、“それは偽り。本当は民を慈しんでおられるのだ”と言う者もあった。メディテラーネは、そのどちらにも思うことはなかった。他人の評価など、不要だからだ。その評価によって、十六まで生きながらえたということは理解しているが、ただそれだけ。感謝も良心の呵責ももちろん謝罪の念も、何一つない。すべてはただの事象にすぎなかった。
 生まれた者は必ず死ぬ。
 メディテラーネにとって、それだけが確定したものだった。
 けれど、創造主によって、それは覆された。
 かつての肉体はなくなったが、魂が残り、舞い戻った。
 死は絶対ではない、ということが、メディテラーネに衝撃を与えた。
 それは、死を超越した喜びか、確固たるものが覆された悲しみか、神たるに相応しくないと思っていた者からもたらされたことによる怒りか。
 わからない。
 けれど、あれほど淡々としていたが、確かに衝撃だったのだ。
 メディテラーネは、人の心がないのではない。

 誰よりも何よりも、自分が一番だっただけ。それ以外は、石ころの価値すらない。
 ただ、それだけ。

 結果、僅か十六でその生涯を閉じることとなった。
 そんなメディテラーネが創造主の頼みを引き受けたのは、魔法というもので遊んでみてもいいかと思ったこともあるのだが。

 「いいでしょう。魔法とやらがどのようなものか。楽しんできましょう」
 『引き受けてくれるか!ありがとう!』
 「その結果、世界が壊れたとしても、わたくしのせいではなくてよ」
 『う、お、おぅ?』
 「一人を救うために、世界が壊れる。カタルシスですわ」

 自身の名前に、ほんの少し似ている少女がバカにされていることにも、苛立ちを覚えたからだった。
 そう、崩壊に、カタルシスを感じる程度には。

 「宰相」
 男は恭しく頭を下げる。
 「折角ですもの。今度はどこまで出来るのか、試してみるのもいいわね」
 生前出来なかったことは、まだまだたくさんある。魔法という幅も増えた。
 「姫様の、望みのままに」
 平伏した男は、その尊い足下にくちづけをした。



*つづく*
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

(完)そんなに妹が大事なの?と彼に言おうとしたら・・・

青空一夏
恋愛
デートのたびに、病弱な妹を優先する彼に文句を言おうとしたけれど・・・

婚約者に心変わりされた私は、悪女が巣食う学園から姿を消す事にします──。

Nao*
恋愛
ある役目を終え、学園に戻ったシルビア。 すると友人から、自分が居ない間に婚約者のライオスが別の女に心変わりしたと教えられる。 その相手は元平民のナナリーで、可愛く可憐な彼女はライオスだけでなく友人の婚約者や他の男達をも虜にして居るらしい。 事情を知ったシルビアはライオスに会いに行くが、やがて婚約破棄を言い渡される。 しかしその後、ナナリーのある驚きの行動を目にして──? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

無価値な私はいらないでしょう?

火野村志紀
恋愛
いっそのこと、手放してくださった方が楽でした。 だから、私から離れようと思うのです。

(完結)私が貴方から卒業する時

青空一夏
恋愛
私はペシオ公爵家のソレンヌ。ランディ・ヴァレリアン第2王子は私の婚約者だ。彼に幼い頃慰めてもらった思い出がある私はずっと恋をしていたわ。 だから、ランディ様に相応しくなれるよう努力してきたの。でもね、彼は・・・・・・ ※なんちゃって西洋風異世界。現代的な表現や機器、お料理などでてくる可能性あり。史実には全く基づいておりません。

(完)イケメン侯爵嫡男様は、妹と間違えて私に告白したらしいー婚約解消ですか?嬉しいです!

青空一夏
恋愛
私は学園でも女生徒に憧れられているアール・シュトン候爵嫡男様に告白されました。 図書館でいきなり『愛している』と言われた私ですが、妹と勘違いされたようです? 全5話。ゆるふわ。

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

処理中です...